第20話 騎士の誇り
謁見の間はいま奇妙な空気に包まれていた。
普段ならば文字通り王へと謁見する物達が来るはずの場所に、あろう事か罪人がやってきていたからだ。
通常の場合、罪人は王と直接顔を合わせるということはない。
罪人にわざわざ王が合う理由がないというのが一つ、もう一つは国王の身体の安全性を確保するためである。
だとしたならばなぜ国王は今回に限って罪人に会いたがったのか。
それは王が手ずから殺してやりたいと願っていた騎士団長が捕まったからに他ならない。
「誰かと思えば、裏切り者がよくもまぁ王都へと顔を出せたものだ。ふぇっふえっふえっ」
ここ数週間、具体的にはリナへの追撃が無駄であったことを報告された一月ほどの間不機嫌さを隠そうともしていなかった国王は、今日久々に笑みを見せていた。
自分自身の命令で今から目の前で憎き相手が死ぬのだ。
これ以上の快楽という物を国王は知らない。
いまや彼の頭の中を埋め尽くしているのは様々な拷問方法であり、公開処刑をするならば顔を傷つけるわけにはいかないのでそれ以外の場所を責め立てることになるが、楽しみは広がるばかりである。
隣にいたよくわからない男も共犯だろうという事でついでに逮捕させたので、騎士団長の目の前で男を殺してやってもいいななどと王は下品な考えで頭の中を埋め尽くすことに必死だ。
そんな王を見て冷たい目線を送るのはまるで自分の方が有利な立場にいるとでも言いたげな視線をしているリナである。
「先に私を裏切ったのは誰だったかな?」
「無礼じゃな。膝を着かせろ」
「ほら早く座れッ!」
隣にいた兵士が無理矢理にリナの事を押さえつけ膝を着かせようとするが、どれだけ力を押してもリナの体はピクリとも動かない。
単純に鍛え方が違うのだ。
どれだけ不利な体勢であったとしても兵士一人の筋肉量ではリナに拮抗するのは不可能である。
必死になって抑え込もうとしている兵士に対して、リナは普段と変わらない様子で言葉をかけた。
「ふむ、貴様私の部隊ではないな?」
「私は栄えある五番隊所属! 貴様のような人間に──」
言葉を続けようとする兵士の脇腹を、リナの足が力を込めて吹き飛ばす。
鎧の上から蹴られたはずの兵士は蹴られた衝撃で口を噛んだのか血を吹き出しながら綺麗な放物線を描くと、部屋の隅に音を立てて崩れ落ちる。
リナが自分の部隊の所属でないと聞いたのは何も慈悲をかけてやろうと考えていたのではなく、自分が指導した人間がこれほどまでに間抜けに育ってしまって居たらどうしようかと本気で悩んだからだ。
だが実際のところ自分は関係ないらしく、だとすればリナとしては彼に対してもはや何の興味もない。
「両腕は拘束されているとは言え、両足は空いているんだ。よくもまぁ私のスペースにそうズカズカと入れたものだな」
「剣を持った兵士100人を前にして、よくまぁそこまで態度をデカくできるものだ。さすが戦姫か」
「誰かと思えば第一騎士団団長か。第4の騎士団長はどうした?」
本当ならばアデルに手を出すなと王国に告げ口をするはずだった人物の事を思い返し、リナは質問を投げかける。
今回に限って言えばこちら側から近寄っているようなものなのでそんな事を言われてもと言われればそれまでだが、部屋の中を見てみれば騎士団長たちが勢ぞろいしていたのでふと気になったのだ。
「白々しいことを口にするな。あいつならお前達を追いかけて帰ってこん」
「逃げたか、まぁそれも賢い判断だろう」
「馬鹿にするなっ! 我々誉ある騎士団が敵から逃げるわけがないだろうッッ!!」
「敵というのはある程度同じ戦力の者同士で戦うからそう言うのだ。道を歩く小さくか弱い羽虫をお前は敵だと認識しているのか?」
怒りをあらわにする騎士団長を前にして、リナは更に言葉を重ねる。
誇りだ誉だと、対して意味もないものの為に言葉を重ねるくらいならばリナなら等の昔に剣を振りかざしているだろう。
それをしないのは相手がリナに戦闘で勝てないと思って居るからの何よりの証拠であり、手を縛られた女一人もまともに相手できない騎士団長とやらの誉には笑いがこみあげてきてしまうのは仕方がないことだろう。
「我らを馬鹿にするのもそこまでだ。死んで償え愚かな女よ」
「おいおい人の女に手を──」
一歩前に出ようとしたアデルをリナは手で止める。
庇ってくれるのはありがたいが、なんでもかんでもアデルに頼っていては何のためにいままで鍛えてきたのか分からなくなってしまうではないか。
「まぁ待てアデル。と言うか私はお前の女じゃない」
「──ええっ!? 嘘でしょ?」
「いつからなったんだ。というよりいいから待ってろ、私も前からこいつらにはイライラしてたんだ」
「ならせめて手の拘束くらいは外したら? 殴るとスッキリするよ」
「ええい! いいからお前らとっととかからんか! その女を殴ってここで嬲ってみせい!」
国王からの指示がなければ何もできない傀儡が三人。
拘束具を付けたままでも必勝の自信があったリナだが、アデルに言われたことも確かにそうだと考えて力を込めて手錠を破壊する。
手首が自由になるというのはそれだけでもなんとなく開放感が得られるものであり、軽く手首を柔軟させながらリナは目の前にいる100人近い男たちに視線を向ける。
武装は完全解除させられ、鎧もどこかに行ってしまったがそれでもまだハンデが足りないくらいだ。
王国最強がいったい誰であったのかを、彼らには思い出してもらうしかないらしい。
「同じ団長だなんだともてはやされているがな……」
「囲めっ! どれほど強かろうが団長が3人、倒せぬはずもない」
「死ねぇぇぇッ!!」
「──私の方がよほど強いんだよ」
勇猛果敢にもとびかかってきた騎士団長たちをリナは殴り、蹴とばし、投げ捨てる。
武器を持てば確かに武器を持たない相手には有利を取れるが、武器を持っていない状況で武器を持った人間を相手にする訓練など騎士団員ならばしていて当たり前の事だ。
……だが誠に残念なことではあるが、これは相手が民間人であることを想定して行っている訓練であり兵士には、ましてや兵士達を統括する立場である騎士団長などには間違っても効くはずのない技である。
「なっ!? 騎士団長達が一撃じゃと!?」
「騎士団長であるとは言え模造刀を常日頃から腰につけ、昼間から酒を煽る貴様ら。一体いつから剣を握っていない?」
聞くまでもないだろう。
かつては騎士団長としての威厳と実力を双肩に乗せ、リナも憧れた騎士団長たちは時代の流れに逆らえず己の利権を守るためだけに立場に固執し、戦争がないことをいいことに胡坐をかいて自らを強く保つという最低限の仕事すら見過ごしてしまっていたのだ。
怒りが胸の内から湧き上がり、気が付けばリナは倒れ伏している騎士団長たちに向かって吠えていた。
「はっきり言って、貴様らに騎士団長の資格はないッ!」
この場にいる誰だって、きっと騎士団長としての資格を持つものはもはやいないだろう。
取り上げられた自分の手ごまの中ならばもしかしたらと思える人材がいなかったわけではないが、既に誰がどこに居るのかも分からないほどに部隊を散り散りにされたリナはこの国の兵士達にまったくと言っていい程期待していない。
現に騎士団長たちが投げ伏せられただけで王からの命令であるリナを押さえつけ嬲るという事すら忘れてしまっている始末であり、こんなのが本気でこの国を守っているのだと考えると頭痛すら覚える。
「一般隊士でもこれくらいの攻撃ならば起き上がってくる。私の隊ならば尚更だ、仮にも騎士団長がこの体たらく。恥だとは思わんのか?」
「……う……ううっ」
「言葉も出せんか……残念だ。すまないアデル、あとは変わってくれ、もう私はほとほと呆れ果ててしまった」
せめて楽しい思い出を胸の内に秘めて、これ以上この国を嫌いにならないでおきたい。
そんな願いからリナは先ほどから何かしたそうなアデルへとバトンを手渡す。
本来ならば名を広めさせないためにもこれ以上アデルに何かを刺せるというのはまずいのだろうが、こんかいに限って言えばこれから何が起きたとしてもそれが外部に漏れることはないだろう。
騎士団長が三人がかりで罪人に負け、あろうことかいまからアデルが何をするのか知らないがおそらく王国にとって致命的なことをされましたなどと触れ込めるのであればそれこそ面の皮が厚すぎるというものだ。
「りょーかい。それじゃあわがままなお姫様に変わっていまからは俺が相手だ」
「打首じゃ! 叛逆者に負ける騎士団長などイランっ! 全員打首じゃぁぁっ!!」
半狂乱で叫ぶ国王は己の目を疑っていた。
同格であるはずの騎士団長同士、三対一などどうにもなるはずがないというのにあろうことか武器すらも持たない女相手に壊滅させられる体たらく。
眼前にいる兵士達は誰も彼もが戦意を失いかけているとなれば、王が怒るのもまあ無理はない。
「全員動くな」
だがそんな王ですら、最強の一言には黙らせられる。
戦意を喪失しかけていた兵士達はたった一言で隔絶した戦力差を理解させられ、ついには武器を手放し完全に武装放棄してしまう。
圧倒的強者を前にして弱者が生存率を上げる唯一の方法は逃げる事ではなく強者の情に訴えかける事だけだ。
「動いたら殺す。家族なりなんなり大切なものがあるやつは絶対に動くな」
「我ら騎士団長が――」
警告を無視し、もはや武というものから離れすぎた余りに力量さも理解できなくなってしまった男の首がすとんと綺麗に地面に落ちる。
切断面から血の一滴すらも出ないのはアデルが空間を丁寧に削り取ったからだが、はた目から見ている兵士達は何が起きたのかは理解できないまでも誰がそれをやったのかは理解していた。
言葉だけで他者の首を簡単に落としてしまえる存在、しかも血の一滴すら流させず死んだことにすら気が付いていないような速度で。
そんな存在が目の前にいるという事実にピクリとも誰も動かないようになり、まるで部屋の中にアデルとリナ以外誰も居ないような雰囲気すら漂い始めていた。
「他に動きたい奴は? ……いなさそうだな」
「一体何が望みなんじゃ貴様……ッ!」
どれだけ恐怖心を抱いていても尊大な態度を取れるのは王としての矜持だろうか。
動くなといったにもかかわらず動いている国王を殺すと面倒くさいからという理由だけでいったんは放置したアデルは、なるべく丁寧さを心掛けながら国王の言葉に対して言葉を返す。
「お前なんかどうでもいいんだ。そこの横にいるお前、お前に用があってきた」
「私ですか?」
アデルが話しかけたのは国王の隣にずっとたたずんでいた一人の青年だ。
執事の様な格好をした彼はアデルの姿を見たとたんに警戒心をあらわにし、いつでも逃げられるように隙を伺っていた。
人間界ではアデルの名前は広まっていないはずなので、アデルの事を覚えている人間の様な見た目でやけに警戒心が強い人物ともなれば目の前にいる彼こそが魔族なのだろう。
かつての魔族はいわゆる貴族の様な風貌の物が多かったが、いま目の前いる人物はどこからどう見ても平凡な人間であり随分と変装の腕を磨いたようである。
アデルに話しかけられたことでどうにもならないと観念したのか、逃げようとした気配が魔族から少し薄れたのが感じられる。
「別にお前の計画を邪魔しようってわけじゃないんだが、魔王がこっちの世界に何をしに来てるのかを知りたいんだ。話してくれるな?」
「残念ですが、私があなたに何かを喋ることはありませんよ。それにそちらのお嬢さんがどうなってもいいんですか?」
「俺の目の前で脅しとは随分と自信家だな。魔族なら誰が強いか見えるだろう?」
「確かに驚異的です。魔王様よりも強い人間を人生で初めて見ました、しかし貴方は分かっていない。私達がどれほどこの国に時間をかけてきたのか」
魔物と同じで魔力を見ることができる魔族は万に一つも互いの力量差を間違えることはない。
この積みともいえる状況でどうして彼がここまで自信を持っているのか。
その答えをアデルは肌をピリピリと刺激する魔力で感じ取った。
「これは――魔力爆弾か。それも随分とデカいな」
魔力爆弾というのは通常の爆弾に対して魔法的な効果をのせたものだが、単純がゆえにその火力は尋常ではなく人の世界では禁術に指定されているものだ。
それを魔水晶で強化して大規模な魔法に無理矢理仕立て上げたものを爆破させることができる。
つまりは王城から周囲数キロの人間をアデルへの人質として用意してきたわけだ。
「上の箱はもうどうだっていいんです。それに国王などというお飾りはそろそろ処分しようと思って居ました。
私達の計画に必要なのは王国と帝国の戦争だけ、そしてその流れはもはや止めることなどできません」
「俺がこんなしょうもない爆弾から彼女を救えないと?」
「まさか。貴方の力を使えばそこにいる彼女くらいは簡単に救う事ができるでしょう。
しかしこの城の中の人間は? 城下町に居る人間はどうでしょうか? 貴方は罪なき人間でも見捨てられるでしょうが、彼女はどうでしょうか」
罪なき人間を見捨てる事ができると言われ、アデルは少しだけ不機嫌そうな顔をする。
それは否定する事ができない自分自身に鬱陶しさを覚えると同時に、実際問題魔族に言われている通り助けたいと思っていながらも自分に遠慮して言葉を出せないでいるリナに対して不満を抱いたからである。
「人の情というのは何とも大変なものですね。我々魔族は一族と王に対して情を抱くことはあれど、関係のない他者まで救おうとはとてもではありませんが思えません」
「それが人間の良さでしょ。まあ全員が全員そうってわけじゃないけどな」
言葉を発しながらアデルは無造作に手を魔族へと向かって伸ばす。
ほんの一瞬警戒したような表情を見せた魔族は、だが一切の抵抗を許されずに万の回数で切り刻まれ体をチリへと変えられた魔族はもはや何もできるわけもなく死ぬ。
あまりにも刹那の出来事に場の人間全員が状況把握が出来ず固まってしまう中で、一番最初に大声を上げたのはリナだ。
「アデル!? 何をやってるんだ! 爆弾が爆発してしまうぞ!!」
「大丈夫だって、俺の能力忘れたの? 場所さえわかればここからでも結晶を壊すくらいわけないの」
爆発する寸前、アデルは大体の爆弾の位置を割り出してこの世界から隔絶させた。
空間を切り分ける力であるアデルの力はこういった使い方をすることも可能で、異なる世界線へと切り替わった場所で発生した事象は再びアデルが手を加えない限り他の世界に影響を与えることはない。
どれだけ周到に練られた計画だったのかアデルの知り得るところではないが、彼に計画を知られてしまった事が運の尽きだ。
少し経っても爆発が起きないことを確認し、どうやら自分達は無事だったらしいと理解したのか兵士達は嬉しそうな声をあげる。
アデルと敵対してしまっていることなどもはや忘れてしまったのか、はたまた思い出したくないだけなのか。
先程まで魔族がいた場所、つまりは王の近くまで駆け寄ったリナは王に目もくれず地面に落ちていた不思議な球を手に取った。
「これは死んでいる……のか?」
「魔族はその核さえ残ってたら死にはしないよ。蘇生の法を使わないと実体を取り戻すことはないけどね」
「よ、よくやった。褒めて遣わす、今回の我に対しての狼藉は帳消しにしてやろう。どうじゃ? われの僕にならんか?」
国王として生まれ彼にはその長い人生で培った思考とプライドが存在する。
そこには誰かに対しての謝罪や命乞いなどというプロセスは存在せず、彼が考える限りで他者への最大限の褒美というのは自分に支えさせることであるとすら考えていた。
いままでの罪を全て帳消しにする上、自分に使えさせるのだ。
これ以上の好条件はないと、本気で国王はそう思っていた。
そんな国王に対してアデルは見向きもせず、リナはツカツカと歩いて行って一発国王の顔を軽く叩く。
「そういえば何をしに王城に来たんだ? まさかこれに用事があったわけではないだろう?」
「なっ──頬を叩き、あまつさえ我をこれ呼ばわりじゃと? 貴様何様のつもりじゃリナ・エルデガルトッ!!」
頬に手を伸ばせるほどの距離というのはつまり、リナの攻撃範囲内にいるということである。
鍛えている兵士たちであればとてもではないが大声でつかみかかることなどできないだろう。
武器をすでに抜いている状態のリナに不利な状況から挑めと言われ、馬鹿正直に挑む者がいたとすればそれは命知らずだけだ。
だがリナは国王を切り捨てるのではなくさらりと受け流すと冷たい目線を送った。
「私の名前を呼ぶな愚王。ほとほとあきれ果てた、先代様はかくも素晴らしいお方であったのに。腐り落ちたものなど興味もない」
「エルデカルト家がどうなってもいいというのか!!」
「そういう事だ。弟を殺した家がどうなろうとも、私はどうでもいい。問答はこれで終わりか?」
リナと家族の仲は悪い。
それは王国内で知らぬものがいないほどな言われている事であり、
「それで、要件だっけ。まずはこの魔族の確保、あともう一個は魔界に繋がる扉探しだ」
「魔界に繋がる扉だと? そんなものが城の中に会ったような記憶はないが」
「魔界への扉は魔族の魔力を使わないと通れないからね。けど今回はこれもあるし場所も大体わかってる」
「ということはいまから魔界に乗り込むという事か。すこし楽しみだな」
魔界と言えば人類種が定住していない土地の一つであり、その場所から返ってこれたのは物語の中に出てくるような英雄達だけだ。
自分がそんな場所に足を踏み入れられるのはリナの全身をワクワクとさせる。
「まあ観光みたいなもんだよ。気楽にいこう」
「お主はいったい何なのじゃ、これほどの力、我が知らぬはずはない……」
「時代に忘れてもらった人間だよ」
それだけ吐き捨ててアデルたちはその場所を後にする。
残されたのは騎士団長のしたいと心を折られた兵士達、玉座の上で呆然自失とする国王の姿だけであった。
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