第19話 王都再び
麗しの都、そういうにはあまりにも殺風景な景色である王都。
元々は素晴らしい景観を誇っていたこの街は、残念なことに数百年前の戦争で王都を丸ごと吹き飛ばされ、それ以降景観をすべて無視して実用性だけを重視した街づくりを行ってきた弊害だ。
市街地戦になった場合に高所からの攻撃を防ぐために重要拠点以外には建築上の高度制限が設けられており、爆撃用の標的にならないように建築物の色彩にはいくつかの制限が設けられている。
人が暮らすにはあまりにも退屈な街、数百年前から変革を恐れるようになってしまった街がここ王都で、アデルはいつもの如く面倒ごとに巻き込まれていた。
「──お前を騎士団長殺害及び誘拐容疑で逮捕する」
予想はしていたことであったが、こうして実際に起こってしまうと何とも面倒なものである。
王都を更地にしてしまおうかとも考えそうになるが、事前に関係のない人間を巻き込むなと言われている以上はアデルとしては手を出そうにも出せない。
どうしてこうなったか、それを説明するには少し前に戻る必要があるだろう。
時刻は3時間ほど前。
一月ほどの間馬車に揺られ続け、どうにかこうにか王都へとたどり着いたアデルたちは、王都に入るとサイロンと一旦分かれることになった。
「とりあえず僕は家に一度戻って父にこれのことについて聞いてみます」
サイロンの手の中にあるのは魔石晶。
彼の父がこの呪われた物品について深くかかわっているかどうかは分からないが、どちらにせよ人間界では知られていない魔石晶についてサイロンが嗅ぎまわれば裏で糸を引いている人物が彼を邪魔だと思うだろう。
たとえリナであったとしても常に気が抜けない生活を強いられるだろうし、戦士としての訓練を受けていないサイロンなどはすぐに寝首を係れてしまうだろう。
「大丈夫か? 父上の取引先が魔族で、このようなものを広げようとしている人物なのだとしたら、計画を邪魔されていると知れば君に危害が及ぶ可能性もあるぞ」
「その点についてはまぁなんとかならないでもない」
「何か解決方法があるのか?」
「まぁ見てなって」
解決策があると口にしたアデルが鞄をごそごそとし始める。
最強というのは何も単身としての強さの話だけでなく、ありとあらゆる状況に対応できるからこその最強なのだ。
「えっと、あれ? どこだ……ああこれこれ」
アデルが鞄をごそごそとしていると、80センチほどの大きさのミイラの様な尻尾が現れる。
見た瞬間に全身が総毛立ち冷や汗をかいてしまうほどの威圧感であり、かつてみた呪いの装備などと同じような雰囲気が感じられた。
アデルが持っているという安心感と相殺してこれだ。
もしいきなり目の前に吊らされていたら武器を抜いて無意識に攻撃を仕掛ける自信がリナにはある。
「ものすっごい禍々しいんですけどなんですかこれ」
「猿王の尻尾、扱いが大変だけどこれがあれば大丈夫だよ」
「持ってる方が呪い殺されそうだが……どんな力があるんだ?」
「敵性魔力に対して無条件で攻撃するって代物だよ。持ってるだけでいい」
とんでもなく危険な代物をまるでなんでもないかのように手渡したアデルに対して、リナは攻めるような視線を送らずにはいられない。
「なぜそんなものが鞄から無造作に出てくるんだ……というかそんな大きさのものどこに入ってたんだ?」
「後で教えるよ。とりあえずこれ持ってれば大体は安全ですけど万が一は逃げてください。必ず助けに行くので」
「なんだかアデルさんに言われると本当に大丈夫って感じがします。ありがとうございます」
何処からどう見ても呪いの塊のようなものを手渡され、それを笑顔で受け取りながらありがとうと言えるのだからサイロンもやはり武家の血が流れているのだろう。
どちらかといえば突き抜けたお人よしの影響もあるだろうが、まあ彼の名誉のためにここは前者であることにしておこう。
去っていく背中を眺めながら、リナとアデルはサイロンとは反対方向に歩きだしていく。
「本当に大丈夫なのだろうか」
「共和国ならいざ知らず、ここは猿王が俺から奪おうとしたほどに恋焦がれた土地だ。多分大丈夫でしょ」
「多分ではまずいだろう」
人は死ぬ。
それは変えられない定めだが、誰かに殺されそうになるのを回避することはできる。
何を口にしたところでリナにはどうにもできないのだから結局はアデルに頼るしかないのだが、頼る先のアデルがふんわりとした返答をするとなるとなんだか心配になってしまう。
無責任なものだが、それでもかかわった人間には死んでほしくないと思ってしまうのがリナという女性なのだ。
「最悪一撃で死ななければどうとでもなるよ王都内ならすぐに駆けつけられるし」
「まぁお前がそう言うのならそうなのだろうが」
アデルがどうにかなるというのなら、リナにはそれ以上返す言葉もなかった。
万が一を考えると怖さもあるが、それでもアデルが大丈夫だといったならばそれを信用するのが自分の役目だとそう考えているからである。
これ以上話を進めるまでもなく、一度それでいいと考えたのならばうだうだと考えるような思考回路を持ち合わせていないリナはふと気になったことをアデルに問いただす。
「そう言えばどうやってさっきはあんなに大きな尻尾を隠してたんだ? そんな小さな鞄に入らないだろう」
アデルの持っているカバンは腰につけている小さなポーチのような物。
彼は普段からまるで魔法のようにその小さな鞄から無尽蔵に荷物を取り出してくるが、どうやってカバンよりも大きい荷物を入れているというのだろうか。
そんなリナの質問に対して、アデルはカバンから小さな小瓶を取り出してみせた。
中には薄暗いどろりとした液体が満たされており、先ほどの呪物と同じ肌を貫くような感覚に苛まれる。
「これだよ」
「小びん? 中に入っているのは……なんだこれ。液体か?」
「俺の能力は覚えてる?」
「変質させる能力と切り取る能力だったはずだが」
触れているありとあらゆる物質を変質させる能力と、空間を断絶させる能力。
アデルの持っている能力としてリナが知っているのは、この二つ柱だ。
「一度変質させた物質は再変質させない限りずっとその性質を保つんだ」
「つまりこれはお前の道具が入っていると言うことか。でも変質させる能力ならわざわざ液体を用意しなくても、適当なものを高価なものに変えればいいんじゃないのか?」
探せばアデルの持っている武器や防具などもあるのだろうか。
おそらくは貴族の持っている資産など比べ物にならないほどの価値ある物が敷き詰められているのだろう。
そんな貴重品を持ち運ぶなど何かあったらと思うと気が気ではない。
「さっきのみたいに呪いとか思いが込められたものに直接は変えられないから。あと俺が知らないものには変えられなかったり多少魔力が食われたりいろいろデメリットもあるんだよ」
「それだけの力なんだから、多少の制約があってもらわないと困る」
「バランスを取るため、何だろうねこれも」
もし何の条件もなくありとあらゆる物質を変質させることができたなら、それはもはや神の領域だ。
空間を断絶させることはどちらかといえば既に神の領域に足を突っ込んでいるように感じられるが、リナの知っている限りであれば一度だけそのような魔法が発動されたらしいという話をどこかで聞いたことがある。
魔法で実現できる範囲内であるならば、どれだけの犠牲を支払ってそれが行使されていたとしても人の力の範囲内という事だ。
改めてアデルの規格外さに度肝を抜かれながらも、もはや敵地といっていい王都で油断なくリナたちが歩いているとふと声がかかる。
「にいちゃん達、なんか食ってってくれねぇか?」
声をかけてきたのは通りに面して作られた料理屋の店員であり、声をかけてきたのは冒険者の様な格好をしているリナたちを見てよそから来た人間だと思ったからだろう。
騎士団長だと気が付かれないように服装を変えているためそれほどリナは金を持っているように見えないだろうが、アデルは着用している物が一目見て分かる程の最高級品ばかり。
基本的にこういった店は常連客以外ほとんどが外部からやってきた冒険者であったり旅人であったりをターゲットに商売をしているのでこれをかけてきたのもそれが原因だ。
話しかけられたアデルはといえば興味が湧いたのか少し好奇心を顔に出しながら一歩店へと近寄った。
「何焼いてるかもにもよるかな。いまなにが焼いてんの?」
「いまならブラックボアのモツと足の肉、あとレッドヒルシュの脇腹肉だ」
「じゃあそれ全部三個で」
聞いておいてなんではあるが、一匹たりとも頭の中に姿形が浮かんでこない。
魔物すべてを雑魚という枠組みのみで判断しているアデルにとって、よほど美味しい魔物でもなければ名前などそれほど大きい要素でもない。
宗教などを信仰していないので食べてまずい肉があるでもなし、ゲテモノが出てきたらそれもまた面白いとすら思っていた。
「助かるねぇ。いまから焼くからちょっと待っててくれ」
「ありがとう。それでだけどさ、焼いてる間の時間潰しに悪いんだけどいくつか聞いてもいいか?」
がさがさと作業を始めている店主に向かって、ふとアデルは問いかける。
なんとも怪しい言い回しだが狭い路地に店を構えているような人物、この手の話題には事欠かないだろうというアデルの判断だ。
「いいぞ別に。発言に責任は持たねぇけどな」
「大通りから一本入った通りの店だ、いろいろ話は聞くだろ? 国王がなんか企んでるらしいんだけど、知ってるか?」
いつもならばこんな面倒くさいこともせず悪そうなことをしている人物の元まで行って首根っこを掴み相手を引きずり回して悪事を吐かせるのだが、こんかいアデルが対象としているのは国王ではなく魔族だ。
目立つ国王ならばまだしも王城の中にいる何百何千という数の人型の生き物の中から魔族だけを探し出すとなると、さすがのアデルでも少々面倒くさい。
辺りを付けるためにも先に相手wの情報を知っておくに越したことはないだろう。
「まぁな。お前さん何もんだ? そっちに居るの、行方不明になったっていう騎士団長様だろう?」
「私の事を知っていたのか」
「食べ歩きよくしてただろう。あんたは覚えてないだろうけどうちの店にも何度か来てもらってるぞ」
「そういえばそうだったか」
覚えておけよという言葉が喉元ギリギリまで出かかって、アデルは何とかそれを抑えこむ。
相手に覚えられているのであれば装備を変更したところで意味がない。
思えば騎士団長としては珍しく庶民の酒場が好きだったり買い食いが趣味であるリナの事だ、気が付いていないふりをしてもらっていただけで実際のところは気が付かれていたのだろう。
行方不明と言われていたはずの騎士団長が突如として王都に現れた挙句、横には見たこともないよくわからない人間が一人。
もはや相手にこちらの存在がつかまれていることは考えるまでもない事実だろう。
「俺の聞いた話じゃ国王の相談役として新たに出てきたヤツ、そいつが相当なくせもんらしい」
「なるほどねぇ。だとして帝国に喧嘩売るようなことになんでなるんだ? あそこの皇帝は随分とおっかないだろ」
「うちのビビリの国王がそれでも手を出したって事は、それだけ何か秘策があるんだろうさ。俺ら一般庶民には分からんよ、ほらあがったぞ」
「どうも。なるほどねぇ……今日一日は家から誰も出さない方がいい、客にもそう言っておいてくれ」
「おいおい勘弁してくれ、荒事は嫌だぞ。まぁ忠告はありがたく受け取っておくよ」
金銭を受け渡し、情報のやり取りを終えたアデルたちはその場を後にする。
必要最低限の情報というものは手に入れた、あとは力で持って何とかするのがアデルのやり方だ。
渡された肉を口に運びながら街道を出て歩いていると、リナから声がかかった。
「ほれでふぉれはらどうふるのだ?」
「口の中に物を入れたまま喋るな騎士団長のくせに」
「知らないのか? この王国において騎士団長は国王の命令以外ありとあらゆる命令を聞かなくていい。つまり私が何をやっていても許されるのだ」
「なんつー暴論。まぁやる事は簡単だよ、いまから王国に乗り込んで怪しい奴を殺す」
馬鹿なことを口にしているリナに対して、アデルは淡々と言葉を返す。
標的がわかっているのだからわざわざしり込みする必要性もなし、むしろ敵が逃げる時間を与えてしまう方がアデルにとっては面倒だ。
「随分と派手にやるんだな」
「そっちのほうが楽だろ。それに死人も少なくて済む」
「私的には兵士が死ぬ分にはいいが、街の人間が死ぬのは嫌だ。なんとかなるか?」
「まかしてよ、最強だからね」
リナの線引きは既に分かっている。
常日頃、死ぬことを覚悟して生きている人間であれば容赦なく、そうでなければほんの少しの情を分け与えてやってほしいというのがリナの性格だ。
アデルとしても別に戦意がないものまで無理に巻き込むつもりもなく、
自分にとって害であるならばまだしもそうでないのなら極力助けるつもりではある。
「とりあえずはいまから王城に──」
そうして街中で喋って居れば、目立つ二人は周りから気が付かれる。
時間はようやく現在へと追いついた。
「お前を騎士団長殺害及び誘拐容疑で逮捕する」
目線だけで人を殺せそうなほどの勢いでにらみつけ、だが都合がいいとアデルは考える。
相手が勝手に案内してくれるのであればそれに越したことはない。
無理矢理に押さえつけてくる男たちに仕方なく付き合ってやりながら、アデルはわめくリナを抑えながら兵士たちに運ばれるのだった。
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