第11話 戦姫と呼ばれた女

「見つかったのは共和国南部最果ての森の更に奥地、発見者は冒険家トレイド・マックルー氏。ありとあらゆる奇跡や未知を体験した彼をして出された報告書には、未知なる既知と書かれていた。

 彼女が名乗っている名前は龍王が付けたもの、その存在の全てが未知の生物だ」


 見た目はまるっきり人のソレだが、立ち居振る舞いを見ればソレが人でないことくらいは武芸を納めるものならば分かる。


 あまりにも教本通りのその姿勢は一瞬たりとも緩まる事はなく、100回やれば100回同じことを数ミリと違えずに行うようなそんな違和感が女の立ち姿からは見て取れた。

 人というよりは機械のソレ、もちろんそんな感覚に気が付いているのは上から見ているアデルだけでなく戦闘しているリナも然りだ。


 数度の鍔迫り合いを行い相手の力量がどの程度なのかを確認し、リナは自分の勝ち筋を必死になって模索している。


「さすがに強いな」


「掴みどころがない戦闘方法ですね。私の知り得る知識の中には該当する流派はありません」


「私のこれは戦場で学んだ生き抜く術だ。流派などと言うものは存在しない」


「そうですか。それは残念です」


 物心がついた頃には剣を握って戦場に立っていた。

 それがリナの家系であり、だからこそ死んでいった兄弟の数は驚くほどに多い。


 そんな兄弟達の屍と才能という椅子の上に立っている人物として、戦闘に負けるのはリナのプライドが許さなかった。

 視線を常に動かし情報を頭の中に入れ、襲いかかってくる緑鬼種やヨナの攻撃を紙一重で回避しながら何が必要な物で何が不必要かを常に判断し続ける。


 戦争で覚えたと口にした通り、リナの戦闘方法は完全に対集団戦闘に特化していた。

 自分に向けられる攻撃を利用してヨナへと向けたり、ヨナからの攻撃を付近にいる緑鬼種に受けさせたりと戦姫と呼ばれるだけのことはある。


 だがヨナはそんなリナを見て、少し悲しそうな表情を浮かべた。


「知識とは力です。蓄積された知識を得る事は言わば数多の達人に師事しているのも同じ。この身体をいかに効率的に扱うかを知るには知識こそが全てです」


 集団の中でその能力を発揮する才能はそう持って生まれる物じゃない。

 ましてや戦いの中で自分のリズムを作り、そして周囲の敵を薙ぎ倒しながらその速度を上げていく才能は確かに天才のそれだ。


 だが身体の動かし方がヨナに言わせれば全くなっていなかった。

 確かに集団戦の中でなるべく無駄を避けるために効率化を図ったのだろう身体の動かし方は見て取れるが、所詮は人が一人で考えただけのもの。


 達人達が数十年を賭けて作り出した武術に比べれば、残念ながらお粗末と言わざるおえない。


「私が戦ってきたお前のような奴は全員メガネをかち割ってやったが、お前にはメガネがないから前歯全部へし折ってやるよ」


「期待しています」


 術だなんだとほざく人間を、才能という武器だけでへし折ってきたのがリナの流儀だ。

 凶悪な笑みを見せてさらに攻撃を苛烈にするリナの行動に、闘技場の熱は更に上がっていく──


 そうして場面は切り替わり、貴賓席で試合を眺めているアイザックは拳を握りしめて随分と試合に熱中していた。


「凄いですね! お二人が何をしているのか全然見えません」


「戦姫などと言われているからどれくらいかと思っていたが、確かに集団戦闘の技術は恐れられるだけのことはあるな。うちの奴らでも蹴散らされそうだ」


 共和国の団長にその力を認められたことを知ればリナもきっと喜ぶだろうが、貴賓席からリナのところまではかなりの距離があるので相当大きな声を出さな限りは届かないだろう。


 この世界でもかなり上位の試合を前にして、最上位の男は貴賓室に置いてある果物を口にしながらゆったりと試合を観戦する。


「──そういえばあのババアはいまどこに?」


「龍王ならばいまは連合国の方へ顔を出している。伝言も預かっているぞ」


 共和国という龍王を信仰する国で龍王と敬称を付けずに呼ぶのを許されているのは、龍王からその力を認められている騎士団の面々だけだ。

 そんな面々の前でババア呼ばわりなど普通は自殺行為にも等しいものだが、何を隠そう龍王はアデルの師匠でありそのことを龍王から聞いている団長としては特に何かをいうこともない。


「伝言? あのババアから?」


「すまないが耳を塞いでおいてくれるか?」


 団長が目を向けたのはアイザック。

 一介の商人が聞いていい話ではなく、部屋からの退出を求められないだけまだ優しさがあるだろう。


「は、はい! 僕試合に集中しすぎて会話なんて全然聞いてません!」


 耳を塞ぎ、前だけを見て自分は関係ないと全身で誇示するアイザックを横目に二人は話を続ける。


「それで?」


「帝国と王国との戦争が起きると聞いて、どうせお前さんならそろそろこっちへ来る頃じゃろうと思っておった。残念じゃがここにはお前さんの目当てのものはない、だが儂が名を授けた幼女。ヨナはお前さんの求めていることを知っておる、向かうべき場所もな。とのことだ」


 何故か似ている声真似を聞きながら、アデルは龍王からの言葉の意味を考える。

 ここに求めるものはなく、だがいま戦っているヨナという人なのかも怪しいソレが自分の追い求めるものを手にしているらしい。


 らしいというのはそれだけ師匠に対してアデルの言葉への信頼度が低いからくるものだが、もし本当だとしたらそれは由々しき事態だ。

 一体どれだけの間ソレを追い求めていただろうか。


「……へぇ、あの子がね」


 身体の底から沸々と感情が湧き上がってくる。

 こんな試合もはや完全に興味も薄れ、リナには悪いと思うがいまとなってはどうでもいい。


 もしこの場にいる何者かが邪魔をしようとするのならば自分はそれを容赦無く取り除き、この国の人間を全員殺してでも手に入れようとするだろう。


「おい、場内の緑鬼種が発狂し始めたぞ!」


「俺の魔力に当てられただけだよ、緑鬼種が外に出ようとしたら殺す。それでそれが俺に接触してきた原因?」


 実際に客席へと逃げようとしている緑鬼種を塵に変え、力加減もできなくなっているらしいと思いながらアデルは団長へと問いかける。


「いや、俺が接触した原因はあの子に外の世界を見せてやって欲しいんだ」


「あの子ってあの子?」


 もしそれがいまリナと戦っている相手を指しているのであれば、なんとも奇妙な状況もあったものだ。

 まるで誰かがそうなるように仕組んだようにあの人もどきと引き合わされているようだと感じられるが、それでもいいとすらアデルは思う。


「そうだ。私は彼女と戦ったが、なにぶん視野が狭い。龍王も外の世界を見せたがっているが、どうせ見せるならこの世でもっとも自由な人間の視点で世界を見せてやりたい」


「…………自由なんて意外といらないもんだよ」


 真に自由を求めているのなら、外の世界なんて見せない方がいい。

 新しい世界を見せられれば見せられるほど、人は自分にないものを探し自分が不自由な人間であると錯覚する。

 他者から見ればどれだけ不幸な人間だとしても、その人間にとってその生活こそが普通であればそれを不幸だと思う事はないように。


 結局価値基準など他者によって形成される何かを押し付けられている限りは当人に自由などありはせず、自由を求めてしまうようになれば人はその瞬間に不自由に苛まれるようになる。


 悲しいがそれがたった一つの真実であり、いままさに中盤戦に差し掛かろうという試合を眺めているアデルがその人生で得た知見だ。


「──ッ!」


「拳は嫌だったか? インテリお嬢様」


 家宝とも呼べるほどの武器を一切の躊躇いなく投げ捨て、容赦なく握り拳で腹を抉ったリナのパンチにヨナは不快そうに顔を歪める。

 無理な体制で放った一撃なので致命傷にはなり得ないが、ソレでも殴られれば鎧を着込んでようが痛いものは痛い。


 だが深く息を吸い、周囲の緑鬼種を素手で蹴散らした彼女は、ゆっくりと息を吐きながら落ち着き払った様子を見せる。


「興味ありませんね。武器のアドバンテージがあなたの勝算です」


「ほざいてなっ!」


「武器の扱いなんかより遥かに徒手同士の戦い方は単純なんですよ」


 武器を手にしてリナが攻め込むよりも先、ほんの一瞬だけ早く動き出したヨナは地面を滑るようにしてリナの懐へと入り込む。

 視線の誘導、タイミング、身体の動かし方、どれを取っても最高峰の動きで易々と懐に入り込んだヨナは、リナのお腹へと鎧の上から手を添える。


「内臓を揺さぶられた経験はありますか?」


 ばこんっ!! と耳を疑ってしまうほどに大きな音を響かせながら、リナの体の中を衝撃波が突き抜けていく。


 一瞬の痛みであれば歯を食いしばって耐えることもできただろう。

 だが波のようにして放たれたそれは鈍く長く、それでいて内臓に尋常ではないダメージを与え反射的に口から血を吐き出させる。


 痛い、苦しい、なんで自分がこんな目に。

 どれだけ鍛えていたって不利になればそんな思考が頭をよぎってしまうものだが、リナにはそれがなかった。


 自分の力でも届かない相手が、自分の土俵で戦い始めたということは、つまりそれだけこちらの力を認め余裕を失っているという事だ。

 吐き出した血をヨナへと浴びせ、一瞬隙が生まれた彼女を激痛を訴え続ける腹を抑え込むために全力で蹴り飛ばす。


「……驚きました。まさかあの状態から蹴ってくるとは」


 先程までよりも圧倒的に重たい一撃。

 殺意がこもったソレは受け方を誤っていれば狙われた角度からして首の骨を折られていてもおかしくはない。


 受け身を完璧に取ったはずの腕が痺れて上がらなくなるほどの一撃を受けて、ヨナは感嘆の言葉を述べずにはいられなかった。


「これでも負けられない理由があるんだ。腹に一撃入れられたくらいで怯んでられないんだよ」


「いいですね、限界のその先の力をどうぞ私に見せてください」


 両者笑みを絶やす事なく相手を殺すつもりで攻撃をし続ける。

 一方は相手の実力が自分の知識の外にある事を知れて、もう一方は笑っていないと痛みで気をどうにかしてしまいそうだからだ。


(技能は相手の方が確実に上、乱戦だからこそなんとか優位を保てているけど、正直タイマンならもう負けてるなこれ……)


 思いはするが口には出さず、身体の力を抜いて集中力をあえて意識的に下げる。

 戦闘中常に周囲に対して集中力を意識して出し続けることができるだろうか? 無理だ、そんなの出来れば人は休息なんて物を必要としない。


 この試合が始まってすでに10分以上は経過している事を考えれば、いまのいままで耐えた事だって随分と辛抱強く集中力を維持していたと言える。


「──げひゃっ」


「上手く盾にしますね、本当に尊敬します」


「褒められているのか皮肉られているのか分からないね」


「拍手でもすればわかりやすいんでしょうが、戦闘中ですからね」


 だがリナの動きは悪化するどころか、徐々に良くなってすらいた。

 切れかかった集中力と戦闘に徐々に順応し無駄が消えていく身体は、本人の意思とは相反して集中力の局地へとその手をかけており、戦闘序盤の彼女とは全く別人と言っていいほどの力である。


 長引かせれば長引かせるほど強くなるのだろうか、そんな考えが過るが乱戦が得意とはいえ体力はもちろん削られているのでむやみに長引かせると体力を切らして微妙な終わり方をしてしまう可能性がある。

 そう考えたヨナは一つ提案をした。


「そろそろ終わりにしましょう。戦闘が長引いても観客が退屈しますから」


「ちょうどいい。私も準備が終わったところだ」


 リナはヨナから距離を取り、自分の持っていた武器をしまう。

 ソレを見てチャンスだと思ったのか緑鬼種達が襲いかかるが、武器というハンデをもらっているとはいえ緑鬼種が勝てるわけもなく蹴散らされている。


「距離を取るのですか? 魔法か何かでしょうか、楽しみです」


「残念だけどもう戦闘は私の勝利で終わった。私が混戦でなぜ強いか、情報は残っているか?」


「試合が終わったとはどう言うことでしょうか。ちなみに混戦については知らない、と言う答えを返しましょう」


「なら生きている人間が知っている知識を知れる能力でも持っているのだろうな。私のこの力は使った時周りに生きた人間がいたことがなかったから」


 リナの任務は死亡率が極端だ。

 基本は全員生還するが、新米が優先して割り当てられる部隊という関係上、任務の難易度を見誤って従事した場合他の団に比べて死亡率が極端に跳ね上がるのが原因である。


 目の前で溢れた命を拾いたかったのに、その能力の特性上自分の周りが死ななければろくに使えない彼女の奥の手。

 16歳の若き騎士団長は才能によって常人ならば到達不可能な領域へと、簡単に足を踏み入れる──


特殊技能ユニークスキル#死の支配__ザ・レギオン__#」


 ドクンっ、と心臓の鼓動が観客達の耳にすら届くほどの音量で聞こえたかと思うと、倒れ伏し臓物を地面へとぶちまけていた緑鬼種やオークがゆっくりと立ち上がる。


 生物に必要なのは心臓の鼓動と魔力であることは既に説明が終わっているだろうが、心臓が止まって死んでしまった生物の死体には芳醇な魔力が蓄えられているのだ。

 死してなをその体に魔力を持つ異形達をリナの特殊技能ユニークスキルは無理やり目覚めさせる。


 一度心臓が止まり脳が死んでいるためそこに自我は存在せず、リナが指示を出せばそれだけをこなすリミッターの外れた肉塊として彼らは暫しの命を手に入れたのだ。


「緑鬼種達が私の方へ……なるほど、そう言う能力ですか」


「私の周りで死んだありとあらゆる生物を支配する能力、これが私の力だよ」


「──参りました、降参です」


 武器を手に持ちいまにもこちらへと突っ込んできそうな相手を前にして、ヨナは両手を上げて降参の意思表示をして戦闘を諦める。

 命をかけるための試合ではなくどちらが強いかを競うためのもの、命があればリベンジの機会もあるだろう。


 今日この日の勝ちを譲ったからといって最終的な結末は努力次第によって変えられるのだから。

 地面が震えるほどの歓声も、闘技場の王者という立場すらもいまは彼女に譲るとしよう。


「試合終了~ッッ!!」


 正式に試合が終わると同時に、緑鬼種達の姿が掻き消える。

 まるで巨大な何かに食べられでもしたかのように、忽然と姿を消した異形達に歓声に沸く観客達が気づいた頃。

 闘技場の中心にはこの世で最強の男が立っていた。


「お疲れ様」


「まさかここに降りてくるとはな。というかいまのどうやってやったんだ? 浮いてたように見えたぞ」


「触れた範囲を変化できる俺にとって重力なんて有ってないってこと」


 疑問を投げかけてきたリナに対して軽く実演しながら自分の能力を教えながら、アデルはヨナへと視線を向ける。

 何度か見たことのある立ち姿、人ではないソレはアデルがかつて戦ったことのある者達に酷く似ていた。

 嫌な記憶が蘇る。


 アデルからほんの少しだけ敵意のこもった視線を向けられているにも関わらず、凛とした表情でヨナは頭を下げて礼を尽くしアデルを迎え入れる。


「お初にお目にかかります」


「龍王から話は聞いてる。俺の向かうべき場所はどこだ?」


「かの王から話は聞いていましたが、本当に望まれているのですね」


 自分の目の前で何を話しているか分からないが、おそらく大事な事を喋っているだろう事を察してリナは口をつぐんでいた。

 きっとアデルにとって何か大切なことが、いま成功するか失敗するかの瀬戸際なのだろうと考えたからだ。


 だが民衆はそんな事を考えてはくれず、初めて生で見るアデルに対して興味を爆発させている。


「おいおい! あれが世界最強か!?」


「アデル様──!!」


「……鬱陶しいな。場所を変えよう、ここは人目も多い」


「是非そうしよう」


 観衆の視線に晒されながらする話でもない。

 そう判断したアデルがほんの一瞬その体がブレたかと思うと、気がつけばリナやヨナも含めて闘技場の砂の上には誰も残ってはないかった。


 だが観衆達の熱が止むことはなく、共和国はここ数年で1番の盛り上がりを見せ続けるのだった。

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