第6話 準備
ガチャリと音を立てて部屋の扉が開かれる。
入ってきたのは一人の男、黒い短髪に人を殺さんばかりの鋭い目つき。
物腰は固く立ち姿を見ているだけでただ物ではないことを教えてくれるだけのナニカが彼にはある。
彼こそ世界最強と呼ばれる男、アデル。
共和国の最南端バイエルンの中でも最も有名な宿屋の最も高い部屋に入ってきた彼を待ち受けていたのは、部屋着に着替えてベッドで惰眠をむさぼっている女の姿だ。
「依頼受けてきたから明日の朝に出発するぞ──って寝てるし。こんなんでよく騎士団長なれたなこいつ」
王国からこの道中一度も服を着替えていなかったことを考えればいま彼女が来ているのはもとからこの部屋についていたものだろう。
枕元に立ってみても起きる気配なく、寝ている間に倒れたのだろう彼女の剣を壁に立てかけなおすとアデルは彼女が寝ているベッドをすこし持ち上げる。
「……んっ、帰ってきたのか?」
「明日依頼ついでに共和国の首都までいく。馬車は明朝出発予定だ」
人は自分の体を揺さぶられるよりも自分が寝ている寝床が揺れた方が起きるものだ。
だからすこし驚くだろうと思って嫌がらせを兼ねてわざわざベッドを持ち上げて起こしたというのに、全く動揺した様子のない彼女を見て豪胆なのか何も考えていないだけなのかわからなくなってしまう。
荷物をいったん自分が寝るベッドの周りに置き、服を着替えているとふと彼女から声がかかる。
「金貨1000枚……取ったのか?」
「取ってない。俺とお前合わせて銀貨2枚ってところだ」
「銀貨2枚? 安すぎないか」
高すぎるといった次には安すぎる。
言わんとすることはわかるが銀貨二枚だって成人二人が働く日東としてはそれなりだ、こんな金銭感覚で大丈夫なのだろうか。
一度金について説明する必要があるかと思って口を開き、彼女の力を考えれば前職と同じくらいの給料を稼ぐことはそう難しくないことに気が付いて口を閉じる。
下手に金について説明していろいろと言われては面倒だ。
この宿屋の値段など教えれば二日か三日くらいはどぎまぎしそうなので気にはなるが。
「俺の冒険者カードは最底辺から一個上だからな。銀羽って言って分かる?」
「すまんが冒険者組合とは根本的に関わらない生活をしていたから会ったことのある階級しかしらん」
「銅、銀、金、青、鋼、黒、白の順番だからまぁ騎士団長なら会うのはせいぜい鋼移行の冒険者か、知らないのも仕方がないよ」
そもそも冒険者とは何か、それを説明する必要がなかったのは彼女も一応仕事相手のことについてくらいは説明を受ける機会があったのだろう。
冒険者とはつまり国が認めた傭兵派遣機関と言ってしまえばざっくりとした説明はできる。
もちろん直接的な戦闘だけでなく新種の発見や未開拓地の踏破、護衛や雑務などその仕事は多岐にわたるが便利使いできる人員という点に関しては何も間違いではない。
アデルの冒険者ランクは銀、最低から二弁目の決して高いとは言えない順位だがもちろんこれには理由がある。
「世界最強の人間がその銀なのは何故なのだ? 実力なら文句なく白だろうに」
「俺がこのランクで止めるように言っといたんだよ。めんどくさい高額な依頼ならどうせ直接依頼してくるし、銀のランクなら安い値段で依頼を受けれるからな。商人も積極的に雇ってくれる」
「銀貨2枚で世界最強の人間が自分を守ってくれるなら大挙として押し寄せるだろうな」
世界最強に守られたい人間は数多くいる。
自分の力を頼りにされるというのはそう悪い話でもない。たとえば目の前の彼女。
気まずさを感じながらも、こちらの力を頼りにしなければ明日も分からない身だからこそ、自分に言い聞かせながらこちらの力を利用しようとする姿は中々に面白いものだ。
彼女が言うように確かに誰でも依頼をしてくれば受けると言えばそうなるのは間違いないだろう。
「まぁどれだけ押しかけてきたところで俺が優先するのは時間だから、最速で出立する人間を選ぶけどな。明朝になったのもそれが原因だ」
「なるほど。じゃあ明日はそんな幸運な人間の姿が観れると言うわけか」
「まぁ楽しみに待ってなよ」
最強の人間に守られるその日世界で一番幸運な人間。
どんな面をしているのか、いまから楽しみになってくる。
そうして一日が終わり、特にこれと言って何もなく美味しい食事と風呂で体を休めた二人は、次の日の早朝に冒険者組合横の馬車置き場へとやってきていた。
二人の目の前に立つのは金髪碧眼の身長150センチほどの少年。
身長もそうだが顔の幼さからして齢はせいぜい13か4といったところか。
商人として考えればひよっこもいいところ、普通ならば見習いとして活動しているような年齢なので、おそらくは貴族の三男か四男辺りだろう。
「あ、あのぼ、僕は商人のあ、アイザック・サイロン・ケリアと申しますっ! よろしくお願いします!」
「銀羽冒険者のアデルと申します。こちらはパーティーメンバーの……」
「リナ・エルデガルトと申します。以後お見知り置きを」
深く腰を下げ手を胸の位置に置きながら深々と礼をする。
貴族としての嗜みを理解しているもの特有の雰囲気を漂わせ、ある種の風格のようなものさえ纏ったリナは悪戯っ子のような顔をアデルに向けて笑った。
言葉は依頼主に向けられたものというよりはアデルに向けられたものだろう。
覚えない自分も悪いことはわかっているが、随分と彼女も根に持つタイプらしいということをアデルはその時理解した。
そんなことになっているとはつゆ知らず、依頼主であるアイザックはリナの言葉に何やら安心した様子である。
「ご、ご丁寧にありがとうございますっ! これから首都に行くんですが大丈夫でしょうか!」
「ええ構いません。積荷はこの外に出ている分で大丈夫でしょうか?」
「は、はいっ! 重たいものもあるので僕も手伝いますっ!」
緊張でどうにもならないのだろう。
服装や名前からして王国貴族の一員なのだろうがどうやってここまで来たのやら。
ひとまずは彼の緊張を解いてリラックスさせることが当面の課題になりそうである。
「いえそれには及びません。そう言った雑務も依頼料に入っていますから」
「な、ならお願いしますっ!」
「そんなに鯱張らないで下さいよ、もっとリラックスしましょう」
「は、はひ!」
……どうにも手強そうである。
そうして依頼主であるアイザックには御者席に座ってもらい、その間にアデル達は荷物の搬入を始めた。
黙々と何度も荷物を運んで置いてを繰り返しながら、ふとリナがアデルに声をかける。
「……意外だな」
「何が?」
「あんな小さい少年が──まぁおおかた貴族の三男が家から追い出されて商人を始めるパターンだろうが──相手でお前があんな対応をするとは思ってもいなかった」
「言ったろ、性格がいい奴には恩を売れ。いまがまさにその絶好の機会だ。それに俺は仕事はちゃんとやる、自分と扱いが違うからって拗ねるなよリナちゃん」
「ブッ飛ばすぞ」
「やれるもんならやってみなよ。両手塞がってても当たる気がしないね」
言われるが早いが全力の蹴りをアデルに対してお見舞いするが、どこからどう見ても当たっているのに何故か足からは当たった感触がやってこない。
むしろバランスを崩したせいで持っていた荷物を地面に落としてしまいそうになり、なんとかそれを落とさないようにバランスを取るのに必死になる。
そんなリナを見てアデルはニコニコしながらアデルは黙って荷物を運ぶのだった。
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