第7話 最強
「積荷積み終わりました。いつでも出発できますよ」
「ありがとうございます! では行きましょう!」
荷物の搬入を終えたことを報告すると、アイザックは先程までよりも元気な声で返事を返す。
これからずっと緊張したままだったらどうしようかと思っていたが、どうやら少しは緊張が解けてきたらしいとアデルは考える。
「リナは後ろを。私は出来ればアイザックさんの隣に座らせていただいても?」
「構いませんよ。あとサイロンとお呼びください。アデルさんの方がよっぽど年上ですから」
「依頼主と雇われの関係上あんまりよくはないのですが……それならサイロンさんと呼ばせていただきますね」
基本的に依頼主と依頼を受けた側として線引きをするのがアデルの仕事の流儀だが、それでも相手がそれを望むならそうしよう。
サイロンとアデルが呼ぶと、彼は嬉しそうな顔をしながらにっこりと返事をすると馬車を動かし始めた。
そうして門を抜けて外へ行き、街道をぶらぶらと揺られているとサイロンからアデルへと声がかかる。
「──アデルさんはどうして冒険者になったんですか?」
「冒険者になった理由ですか? 考えたこともなかったですね。気が付けば冒険者になっていましたから」
アデルは随分と前の事を思い出そうとして、どうにも思い出せずに考えるのをいったんやめる。
どうせ大した理由もなかったはずだ。
「そうですか……僕と同じですね」
「サイロンさんもそんな感じで商人になったんですか?」
「僕の場合はどちらかと言えば家に強制されたんですけど、それでも気がついたらなっていたのには変わりありませんよね」
「人生ままならないものですからね」
少しだけ寂しそうな顔をしながら話すアイザックからは言わずとも不服さが表れていた。
いまの貴族の立場と王国の情勢を考えればきっとこの子供の親はこの子を王国の外へと逃がしたのだろう。
帝国と戦争になればほとんど勝ち目はない。
内政を取り仕切っている貴族の一部や軍務に携わっている貴族達ならばそのことを知っているだろうし、責任を負うべきである長男次男は別としてせめて一人でも逃がそうとする親の意思が透けて見えた。
子供がその優しさに気が付いているかどうかは別として、現にこの子は助かるのだから親の願いは叶ったといってもいい。
「そう言えばお二人の装備、すごく綺麗ですよね。なんというかこう、下品な言い方にはなってしまいますが凄く高価そうです。リナさんの装備は伝え聞く王国騎士団長の様ですし」
「あー……まぁその見た目がいいと依頼もよく来ますからね。見掛け倒しというのは意外と貴重なんですよ」
「なるほど。それもまた自分を売り込む手法の一つなんですね、勉強になります」
自分で自分の事を見掛け倒しだというのは何と言うかすこし不服なところもあるが、これで普段から生活しているので我慢するしかない。
とはいえ見るからに高価そうな装備であるリナの装備とは違い、アデルの装備はそれなりに目利きの出来る人間以外には使いくたびれた普通の装備にしか見えないのでそれを鑑定できるという事は目利きの才能はあるようである。
それからもいろいろと雑談をし、陽がすこし傾き始めたころ。
喋るのに疲れて少し無言の間が生まれ落ちていく陽と綺麗な空を眺めていると、ふとアイザックが言葉を投げかけてくる。
「……僕、初めての依頼がアデルさん達で本当に良かったと思っています。受付嬢さんにも言われたんですよ? 僕は凄く幸運だって」
「サイロンさんの誠実さがあってこそですよ」
受付嬢はアデルが何者なのかを知っている。
だからこその言葉なのだろうが、素直にそれを幸運だと受け入れられる姿勢は素晴らしいものだ。
後ろで爆睡している騎士団長様にもぜひとも見習ってほしいものである。
「そう言われると少し照れますね。聞けば最近ここら辺で大規模な盗賊団が出たらしくて、僕みたいな小さな馬車が狙われるとは思いませんが」
「そうだと良いんですけどね」
噂をすればなんとやら。
目の前で何やら馬車が泥にでも嵌ったのか立ち往生している男の姿が目に入って来る。
いまいる場所は丁度街から街までの間であり、背の高い草に辺りを囲まれているので視界も最悪。
まさに狙うには絶好の場所である。
本来ならばこのような場所に来るまでに野営地を整えて野営をするべきなのだが、そこは経験不足のアイザックの行動を止めなかったアデルたちの責任だろう。
そもそもアデルには止めさせるつもりもなかったのだが。
「おーい! ちょうど良かった、助けてくれ!」
「どうしたんでしょうか。一度馬車を止めますね」
「アデル、どうする?」
「分かってる。その場で待機」
敵が現れたことによって目を覚ましたリナから声がかかるが、アデルはリナを待機させて自然体を装う。
基本的に盗賊との戦闘は先に戦闘を仕掛けることが定石なのだが、今回に限って言えばいきなり戦闘を始めることによって生じるリスクが少なからずある。
アイザックが相手の事をただの一般人だと思って居る以上は、いきなり戦闘を始めるとアイザックの心にダメージを与えてしまう可能性があるので、下手に手を出すこともできないのだ。
「どうしましたか?」
「弟が急病にかかっちまったんだ! それで隣町から急いでここまできたんだが、まだまだ距離がある。頼むっ! 後生だ、乗せていってくれないか?」
馬車の荷台を開けてみれば、いかにも体調の悪そうな人物の姿が確かに見える。
顔は全く似ていないが弟というのだから弟なのだろう。
「それは引き返せと?」
「無茶を言っているのは分かってる! だが弟の命が危ないんだ!」
「アデルさん。申し訳ありませんが一度引き返します、構いませんね?」
「あ、ありがてぇ。神様みたいな人だ!」
(さすがにこれ以上は近寄らせすぎか)
懐からナイフを取り出し、アデルはおもむろに投げつける。
威力も速度もなく山なりに飛んで行ったナイフは、男たちの少し手前で綺麗に地面へと突き刺さった。
分かりやすい警告、それに対して男たちの顔色は劇的に変化する。
斥候の彼らは一番の下っ端であり、失敗すれば真っ先に狙われる彼らは常に成功を心の底から渇望していた。
だからこそバレているのではと感じたその表情は真に迫ったものになる。
「な、なんだ? 弟が死にそうなんだぞ! ふざけてる場合かっ!!」
「アデルさんッ!」
アイザックは驚きの声と共にアデルの腕を引っ張った。
何故そんな事をするのか、どうしてもわからないのだろう。
だがアデルはそんなアイザックに答えを教えようともせずにただ男たちに言葉を投げかける。
「その短剣、見覚えないか?」
「短剣がどうして──これはッ!!」
「引き返せば見逃してやる。来るなら殺す、どうする?」
男たちが気付いたのは短剣に着いた刻印。
アデルが面倒ごとを避けるため、数年前から周知させ始めた刻印は持ち主がアデルであることを周知するための物。
耳の早い盗賊団達ならば知っているだろうという考えから見せつけたそれは、確かに盗賊たちを怯えさせる効力を持ってはいた。
だが残念な事ながらそこでひきさがれるほど彼もリスクを背負っていないわけではない。
最強の紋章が入っていた短剣を持っている人物が相手で、どうやら最強の知り合いないしは本人らしいから戦闘はやめようなどという判断が下せるのは、盗賊団の中でも上の立場にいるものだけだ。
目の前にいる下っ端たちはその可能性が少しでもあるとわかりながらも、許されているのは当初言われていた通りの行動をすることだけである。
「覇王の……へっ、にいちゃんバカ言っちゃいけねぇなぁ? こんなオンボロのちぃせぇ馬車を守ってるお前がこんなもん持ってたってなんの脅しにもならねぇんだよ」
バレているのならば仕方がないとばかりに、周囲から人がわらわらと現れる。
手に持っている武器は様々だが、どれもが人を殺してきたのだろうことがうかがえる代物だ。
「これは……騙したんですか!?」
「馬車だけパクって命だけは助けてやろうかとも思ってたが辞めだやめ、全員ぶち殺してやる」
「五十……いや六十か。少し多いが私一人で十分だ。私が戦っても構わないな?」
「いや、俺が戦うからいいよ。俺の力を知りたいだろ?」
武器を抜いて降りようとしていたリナを手で制止し、アデルはアイザックの隣に座ったまま言葉を返す。
王国最強の戦士たちを蹴散らしたその力を別っているからこそ彼が野盗をどれだけ相手にしても大丈夫だろうという信頼はあるが、アイザックを守るのが今回の最優先事項であることから守るのと攻めるのを同時にしなければならないアデルの負担がリナにとっては心配だった。
もちろんリナ自身も武器を抜いていつでもアイザックに対しての攻撃を防ぐつもりでいるが、他人を守った経験のない自分では確実に守り切れるという保証を残念ながらリナはつけることができない。
そんな心配と、彼の力量がどの程度の物なのか気になっていたことからリナはアデルに改めて確認を取る。
「興味がないと言えば嘘になるが……いいのか?」
「あんまり言いたくないが長い付き合いになるだろうからまぁいいよ、その代わり口外はするなよ。サイロン君の耳と目を塞いどいてくれ」
「アデルさん何をする気で──うぶっ!?」
耳と目を塞いでおけと言われ、リナは一瞬のためらいもなくアイザックを抱きしめる。
アイザックにとっては残念なことにリナは鎧を着こんでいるので体の感触もあったものではないが、その上からリナが自分の持つ魔道具であるマントを上から掛けたことによって視覚も聴覚も完全に遮断されていた。
リナの持つマントには包んだものを周囲と干渉させないという能力を持っており、その効果のおかげで彼が感じられるのは冷たいリナの鎧の感触だけである。
「これでいいか?」
「サイロン君のいろいろな癖がねじれそうだからあんまり良くはないけどまぁいいか。わざわざ集まってくれたわけだしみんなに俺の能力を説明しよう」
アデルが話している間にも辺り一帯からは弓矢や石礫など様々なものが投擲される。
だがそれらすべてはまるで何か壁でもあるかのごとく馬車に当たる前に撃ち落とされていた。
「基本的にこの世界のありとあらゆる能力値は
「遠距離からじゃ埒が明かねぇ! 突っ込めお前ら!!」
男の怒号が飛び出し、それと同時に男たちが突っ込んでくる。
距離はそう遠くないのでここに来るまでそれほど時間もかからないだろう。
馬車から飛び降りたアデルはそんな男たちの前に立った。
「次に
「クソッ! 誰か一人くらい当てろ!!」
「おい危ねぇだろうがっ!!」
説明をしながら男たちの攻撃をよけ続けるアデルはさながら舞っているようである。
彼らがアデルを狙うのは本能的にアデルがどれだけ不味い人間なのかを理解しているからだ。
だから必死な形相で追いかけ、それでも殺せない事に苛立ちを覚えずにはいられない。
「だけどさらにこの上がある。必要なのは血筋と才能、それにとびっきりの運。半ば冗談半分で付けられたこの能力の名前は#究極技能__ディヴァイン__#。
俺が持っているのは二つ。一つ目は#万象変異__アイゲンシャフト__#俺に触れたありとあらゆる物体の性質を変換、再構築できる。生き物だけは無理だけどな」
アデルがそういいながら地面へと手をほんの少しだけ触れると、辺り一帯が沼地へと変貌する。
急激に変化した地形に対応できず男たちのほとんどがこけていく中で、ただ唯一アデルだけが元の地面と同じ地面の上で立っていた。
特殊技能ですら市政には知る人間などほとんどいない。
それは情報が秘匿されているからではなく、普通の人間は特殊技能を取る事すらできずにその生涯を終えてしまうからだ。
その人物の努力と才能の証、故に名前を特殊技能としているのにも関わらず、アデルの持つその力は更にその上だという。
世界を改変させる力、確かにそれは人が持つには過ぎた力だ。
「もう一つは断絶ありとあらゆる物体は俺がそうと念じながら線を引けば切れる。まぁ百聞は一件にしかず。一回しか使わないからよく見てなよ──」
そうして世界最強の力が発動する。
空間が軋む音がした。
人生で初めて聞く音だが、きっとそれは間違いではないはずだ。
この世界があまりの力に悲鳴を上げ、それすらも無視してアデルの最強はこの場でいかんなく発揮される。
手を水平に横なぎにし、彼は彼の力の名前をつぶやく。
「断絶」
アデルが能力を発動したその瞬間――世界が#ズレた__・__#。
比喩でなく実際に世界がアデルがなぞった通りに変化してしまい、木々や山々が最初からそうであったように、だがそうでなかった証明に爆音を立てながらその地形を変化させる。
そんな力に人が巻き込まれてしまえばどうなるかなどとはもはや考えるまでもないだろう。
第二波として用意されていただろう盗賊たちを含めこの場にいた全ての敵はその頭部と胴体が泣き別れ、何をされたのか分からなかったのだろう。
取り残された体だけがびくびくと動いているさまはまるで地獄のそれである。
万象を変化させる力とそれらすべてを切り分けることのできる力を持つ最強、ああ確かにこんなものに勝てるはずがない。
だれがどう見たって最強、バケモノだ。
「これが……世界最強」
背筋を冷たい汗が流れていくのを感じる。
死を予感したことは今までの人生で何度だってあったし、そのたびにそれを乗り越えてきたがこれは無理だ。
死の危険を乗り越えるのと死を乗り越えるのはまた違う。
人が人である以上はいずれ必ずやってくる死というもの、それを固めて形にしたらきっと目の前の男になるのだろう。
「さて早く行こう。旅はまだまだ始まったばかりなんだからな」
にっこりと笑みを浮かべながらこちらに向かってくるアデルを見て、今日この日初めてリナは心の底から怖いと思うと同時に、あり得ないほどの強さに心からの憧れを抱くのだった。
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