第5章

1.5.1 カウンセリング

 俺は7月になっても大学を休み絶賛ニート状態だった。


 仮面浪人のときの1年と前期休んでいるので2留が既に決まっていた。


 自分でもこの状態はヤバいと分かっていたが未だに仮面浪人してたときの友達つかさに会わせる顔がないという理由で大学に通う勇気が出なかった。


 ついに今日学務課から警告が来た。


 カウンセリングを受けることとこの警告を無視した場合保護者に連絡するという内容だった。


 さすがに親父に連絡されると非常に困る(親父には大学をサボっていることを言っていない。)のでカウンセリングを受けることにした。


 今日、俺は横浜海洋大学の学生相談室という場所にいた。


 1年半ぶりの大学だった。


 つかさに見つからないかドキドキしながら歩いてきたが杞憂に終わった。


 1年半ぶりの大学に懐かしさというものを感じていた。


 一浪目のときは大学を通いながらの受験生活だったので大学の勉強と受験勉強の両立は大変だったなとか図書館に籠ってよく勉強してたなとか思い出して感慨深かった。


「失礼します。今日、カウンセリングに呼ばれたのですが……」


「あ、宮内君? こっちこっちカウンセリングルームに来てね」


 小柄な可愛らしい女性に指示される。


 カウンセリングルームは一対一の対面のテーブルと椅子が置かれておりこじんまりしていてそのちょうどいい大きさに安心感を覚えた。


「はじめまして。私はカウンセラーの望月もちづきリョウです」


「はじめまして。法学部法律学科2年の宮内光覇です」


「今日はカウンセリングに来てくれてありがとう。警告のメールが来ても大学に顔を出さない学生さんもいるから宮内君は今日来れたってだけで偉いよ」


 いきなり褒められた。これがカウンセリングか。褒められて悪い気はしない。


「まず、このカウンセリングのルールについて紹介するね。このプリントを見てくれるかな?」


 俺はもらったプリントに目を落とす。


 カウンセリングの目的、日時決定、守秘義務、注意事項、中断が事細かに書いてあった。


「色々書いてあるけど1番重要なのはここ守秘義務だね。読むよ。……コホン。カウンセラーはカウンセリングで知り得た情報を許可なく第三者に漏らすことはありません。ただし、法律による義務が課せられた場合や、身体的及び精神的健康を損ねている、もしくは損なう恐れがある場合、除籍や休退学などの恐れがある場合は、その限りではありません。つまり、秘密はできるだけ守るってことここで話すことは私と宮内君の2人だけの秘密ってことだね」


「なるほど」


「だから安心して話してね。不安に思ってることがあれば遠慮なく言ってね」


「不安ですか……。就活ですかね」


「就活かー。たしかに学生だったら不安の種だよね」


「俺、2留してるんですよ。大学を再受験して1年目は大学に通いながら受験して失敗して2年目は大学を休学して予備校に通って受験して失敗したんですね。だから実質二浪してるんですよね……。こんな状態でも就活上手くいきますかね?」


「横浜海洋大学には現役でストレートに入ったの?」


「はい、現役です」


「現役ならまだ全然大丈夫だと思うよ。留年は……大手企業目指すなら少し厳しいかもしれないけど2留より大学で力を入れたことガクチカが大事だと思うよ。ちょっと質問いいかな?」


「はい、大丈夫ですよ」


「なんで再受験しようと思ったのかな?」


「あー、それは受験に対して不完全燃焼感があったことと学歴コンプレックスがあったからですね」


「まず受験に対する不完全燃焼感について詳しく聞いてもいいかな?」


「はい、自分、高校時代は理系だったんですね。数学と物理、化学が苦手だったのにですよ。当時は宇宙工学を学びたいと思って理系を選んだんですね。それが全ての失敗だったんですよ。高2からは完全に落ちこぼれて高3の直前期に文転したんですよ。それでそのまま受験して横浜海洋大学に拾ってもらったって感じですね。だからもっと前になんなら文理選択で文系を選んでいたらもっと難関大学に受かったのではないのかもう1度受験をやり直したいという思いで仮面浪人を選びました」


「私からしたら横浜海洋大学でも十分難関大学だと思うけどそれでも学歴コンプレックスがあるんだ?」


「はい、志望校は東都大学でした。高2のときオープンキャンパスに行って良い大学だなと思って高3のとき前期で受けて落ちて後期で横浜海洋大学に拾ってもらった感じですね。一浪目は仮面浪人で大学の勉強と受験勉強の両立が大変でした。それでも落ちちゃって親にこれで受験を最後にするという約束の下大学を休学して予備校浪人をしました。やりきったと言えるように毎日猛勉強したんですよ。毎日13時間勉強して自分の中でやりきったこれで落ちるならもう諦めようと思ったんですね。それで結局は落ちちゃったんですけどね」


「宮内君は十分頑張ったと思うよ」


「自分の中では自分の全力を出したやりきったと思ったんですけどね。本番の数学で失敗したんですね。模試では4完が普通だったのに本番でしくって2完しかできなかったんですよ」


「本当に大変だったんだね。お疲れ様」


「もう1つ話してもいいですか?」


 望月先生と話していると心がすっと軽くなる気がした。


 誰かに話すことで心が軽くなるというのはよく聞くけど本当だったんだ。


「うん、いいよ」


「一浪のとき仮面浪人したとき友達がいたんですね。その子と一緒に大学の授業出たりして仲良くしてたんですね。それなのに……それなのに俺はその子に最後まで仮面浪人していることを打ち明けられなかったんですよ。裏切っているという後ろめたさでその子と接していてツラかったです。二浪のとき自分の安否を気遣うLINEが来ていたのに全部未読スルーしてたんですね。おまけに裏切っているという罪悪感から逃げるためにLINEを消してしまったんですよ。今はその友達に会わせる顔がないっていう理由で大学サボって引きこもってます。今はその友達に一言謝罪したいと思ってるんですが連絡手段がない感じですね」


「電話番号も知らない感じなの?」


「電話番号は知ってますが電話する勇気はないです」


「ショートメールって知ってる? 電話番号知ってたらメッセージ送れるはずだよ」


「そうなんですか!?」


 初耳だった。電話番号を知ってたらショートメールを送れるらしい。


「じゃあ友達のつかさに今日メッセージ送ってみます!!」


「うん、頑張って」


 望月先生にショートメールによる連絡する手段を教えてもらったが実践はまだできてなかった。


 いざショートメールを送ろうとすると緊張してきたのだ。


 あと、文面をどうするのか迷っていたのだ。


『電話番号変わりました。080-〇〇〇-××××』


『ご丁寧にありがとうございます』


 返信が来た。


『1年のとき横浜海洋大学で一緒だった宮内ですが覚えておられるでしょうか?』


『覚えていますよ。キミキセの話が印象に残ってます』


『良かった。覚えててくれたんですね。これまで連絡を取れなくてごめんなさい。LINEを消してしまって連絡する手段がなくて困ってました。今回ショートメールを送る方法を初めて知ったので試させてもらいました。昨年は横浜海洋大学を休学してました。今年から復学する予定です』


『そうなんだ。無事で良かったよ。復学するならまた会おうよ』


『いきなり消えた自分なんかに会ってくれるんですか?』


『実際に会ったとき詳しい話聞かせてね。俺たち友達じゃん?』


『本当にありがとう』


 裏切った俺のことを未だに友達だと認めてくれるつかさの優しさ俺は心が温かくなった。


 俺はこの優しさにただただ感謝しかなかった。


 その後、メッセージで明日のつかさの授業が終わったら放課後に空き教室で会おうという約束をした。


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