第41話 1.4.4 瑠夏との交際②

 私、水篠瑠夏はコウ君との思い出を振り返っていた。


 あれはコウ君が二股したときの話だ。


 遅い……。


 今日、コウ君は東京に遊びに行っている。


 コウ君から外で食べるからご飯はいらないとLINEが来ていた。


 遅い……。


 もう午後10時を回ろうとしていた。


 いつもだったらコウ君と食事を終えVAO、蒼海戦線、プリンセスバトルドールズなどのスマホゲーをしてる時間だ。


 なにか事故に巻き込まれたのではと心配になってきた。


 コウ君に安否を確認するLINEをしたがなかなか既読にならなかった。


 もうそろそろ電話をしようかと思ってたときコウ君が帰ってきた。


「ただいまー」


 私は嬉しさと安堵のあまりダッシュで抱きついた。


「おかえり、コウ君!!帰り遅いから心配してたんだよー。……この女の子は誰?」


 コウ君と一緒に見知らぬ女の子がやってきていた。


 その女の子は同じ女である私でも目を奪われるくらいの可憐な美少女だった。


 正直に言うとコウ君と一緒にいるとお似合いのカップルのようで私は負けた感じがした。


「佐倉藍那。ほら幼稚園のとき一緒だったろ」


 佐倉藍那ちゃん。


 私とコウ君と同じ幼稚園で1コ下だった。


 私たちは小さい頃コウ君とどっちが結婚するかでよくケンカしていたからよく覚えている。


 人懐っこそうな笑顔をしていて誰にでも愛嬌を振りまくアイドルのような存在だった。


 成長したら本当にとびっきりの美少女になるだろうなと思っていたので再会して今、目の前にいる藍那ちゃんを見ても驚きはなかった。


「あ、ああ、藍那ちゃんか!! 久しぶりー!!」


 私は本音を言うと複雑な気持ちだった。


 私は幼なじみの藍那ちゃんと再会できて嬉しい、嬉しいのだが昔、コウ君を取り合うライバルだったこともあり素直に喜べなかった。


「光覇兄、この美少女は誰ですか?」


 美少女、とびっきりの美少女である藍那ちゃんから認められた感じがして自分の自己肯定感が復活してきた。


「こっちは水篠瑠夏。俺の彼女だ」


「えへへ、今はコウ君の彼女なんだ」


 私は誇らしげに胸を張る。


「ええええ!? 瑠夏ちゃん!? ……ちょっと待って。瑠夏ちゃんが彼女!? 彼女って二人は恋人なの?」


「ああ、そうだぞ」


「そうだよ。……で、なんで二人で帰ってきたのかな?」


「俺たち付き合いたいって思ってるんだ」


「は?」


「だから付き合いたいって思ってるんだ」


「え……嘘……私、振られたの?」


 私はコウ君の言葉で一瞬で頭が真っ白になった。


 コウ君に振られたその事実だけが私の心に重くのしかかっていた。


「違う違う。俺は二股させてほしい、そう言ってるんだ」


「はあああ!?」


 え! え? ええええ!?


 二股!? 二股ってあの二人の女の子と付き合う男のクズがするあの不貞行為?


 コウ君……コウ君ひどいよ。


 コウ君がそんなクズになるなんて思わなかった。


 私は悲しさのあまり目から熱いものが流れてくる。


 涙だった。


「兄貴たち、何騒がしくしてるのー?」


 コウ君の妹の凪波ちゃんがリビングから様子をうかがいに出てきた。


「うえーん、凪波ちゃーん」


 私は涙が止まらず泣きじゃくっていた。


「ど、どうしたの瑠夏さん?」


「コウ君が……コウ君がひどいよー」


「よしよし、兄貴と何があったんですか?」


「コウ君が藍那ちゃんと付き合いたいって二股させてほしいって言うんだよー。浮気だよ、浮気!!」


「えっマジですか。玄関じゃご近所迷惑だから3人ともリビングに入って兄貴には詳しい話してもらいますよ」


 凪波ちゃんの優しさが私の胸には温かった。


 こうして私たちはリビングに入った。


「で、兄貴、何があったか教えてくれますか?」


「ああ、実は……」


 コウ君は美少女に出会って一目惚れしたこと。


 その美少女が幼なじみの藍那ちゃんだったこと。


 藍那ちゃんに告白されたこと。


 私に二股の許可をとろうという話になったことを話した。


「兄貴……兄貴は馬鹿ですか。瑠夏さんというかわいい彼女がいながら他の女の子に浮気するなんて」


 そう……そうなんだよ!! 凪波ちゃん。


 コウ君のバカバカバカー!!


 なんで藍那ちゃんという絶世の美少女からもモテてしまうの?


 藍那ちゃんだけじゃない、現実世界でも異世界でも女の子からモテてよく告白されるのだ。


 それだけ多くの女の子に愛されているコウ君が私の彼氏だということは私のプライドになっていたけど藍那ちゃんは例外だ。


 だって藍那ちゃん相手だと私に勝ち目ないもん。


 コウ君の隣という特等席を藍那ちゃんに奪われ、私がセカンド以下の女になる未来を想像してまた悲しくなってきた。


「それはすまないと思ってる。……でも一目惚れだったんだ。許してくれ」


 一目惚れ。


 コウ君が藍那ちゃんを一目見て心を惹かれたということだ。


 一目惚れで始まる恋愛はロマンチックだが現実は残酷だった。


 私がコウ君と長い時間をかけて築いてきた親愛度や絆を藍那ちゃんが一瞬で追いついてしまうからだ。


「兄貴が瑠夏さん一筋で相思相愛だからこっちも身を引いたってのに。藍那さんも二股とかOKなんですか?」


「私は二股を断ったら別れるだけだからOKだよ。瑠夏ちゃん、お願い、私たちの交際を許して」


「瑠夏、この通りだ。俺からも頼む」


 驚いたことにコウ君は私に土下座してきた。


 コウ君は卑怯だ。


 そんな真剣な声で土下座までして言われたら断れないじゃないか。


 本当にコウ君は藍那ちゃんのことが好きなんだと実感してまた悲しくなってきた。


「ヒック……ヒック……頭を上げてコウ君……分かった、分かったから。……コウ君が少しでも私のことを見てくれるなら二股しても良いよ」


 それが私の答えだった。


 私は二股を許可するほかなかった。


 少し、少しでいいんだ、コウ君の心の片隅に、コウ君の心の99%が藍那ちゃんになったとしても1%でも私がいたらそれでいいんだ。


「兄貴、聞きましたか? こんな健気でかわいい彼女を悲しませるような真似したら私が許しませんからね」


「ああ、俺は瑠夏と藍那両方責任を持って幸せにするつもりだ」


「で、でも1番目の彼女は私だからね。……本当は順番とかじゃなく私だけを見ていてほしかったけど」


 それが私のささやかで必死な抵抗だった。


「ああ、1番目の彼女は瑠夏、2番目の彼女が藍那それを念頭に置いておくよ」


 良かった。私のことを藍那ちゃんより優先してくれる、それを聞いて私の中のちっぽけなプライドが復活するのを実感した。


 そうだよ、この十数年間、ずっとコウ君の隣にいたのは私だった。


 ぽっと出のヒロイン、藍那ちゃんには私、絶対、負けないんだから!!


 私はコウ君の1番目の彼女なんだ!!


 もっと自信を持て私。


 私が絶対、最終的にコウ君に選んでもらうんだから。


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