「さぁ、こっちに来て」

 さらに大きくなったハルちゃんが、爽に向かって、にこやかに

微笑む。

真っ白な腕、つややかな長い黒髪。

切れ長の涼やかな瞳、想像したよりも、ずいぶんきれいな女性だ。

爽は言葉に詰まる。

(まるで…別人みたいだ)

息をのむ。

このまま自分は、この人に連れて行かれるのではないか…

そう思う。

だが…なぜか、恐怖心はない。

(もしかしたら、自分はそれを喜んでいるのか?)


「あなた…まだ、小学生の男の子だった。

 突然、こんな風に、私の前に現れたのよ」

「えっ?」

ハルちゃんの側に、歩み寄ろうとした足が、宙にピタッと止まる。

(何の話だ?)

ふいに、スーッと冷めてきたようだ。

「あの時、あなた…キツネのお面、かぶっていたのよね」

フフッと笑いながら、彼女は懐かしそうに目を細める。

(それって…昔の話なのか?)


 まるで、爽の記憶のフタを、こじ開けようとしているようだ。

ダラリと両手をたらしたまま、ただ爽はその場で固まる。

「あの時の私は、まだ何も知らない子供だった。

 今のあなたと同じように、この部屋に閉じ込められて、

 誰かが入って来るのを、待っていたのよ」

 彼女が話し始めた時から、外から何かが、聞こえてきている。

(あれは、なに?)

爽は首を後ろに回す。

あの扉の向こうから、音楽が聞こえてきた。

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