第16話 へんなやつがあらわれた

「やあ? ユキミ。そいつが例のあれってこと?」


 背後から男の声がして、俺はふりかえる。

 緑あふれる公園の中にひときわ目立つ、チャラそうな――しかし、とても金持ちそうな男が立っていた。


 今はチノパンにジャケットではあるが、白いスーツにバラを持たせたら漫画の悪役にぴったりといった感じの奴。

 つまり、一目見てムカつくような表情をしていた。


「ええ、そうよ、影近(かげちか)。これがれいのあれってこと」


 名前を呼ばれたのだから当然知り合いなのだろう。

 というかここで待ち合わせしていたのだろう。

 つうか会わせたいやつってコイツのことなのだろう。

 よくわからない俺であるのだろう……。


 二人は俺を取り残して、会話を続けている。


「へえ? そうか。そんなアメンボみたいなやつが、ねえ?」

「アメンボだっていいところあるわ。水に浮けるし」

「だが、雑魚だ」

「アメンボは虫だから、正確には『虫けら』の方だと思うけど」

「ははは、違いない」


 なんかムカつく会話してるので。


「よし、白銀。虫けらは帰る」


 余裕しゃくしゃくといった態度だった白銀が、俺にだけ聞こえる声で慌てた。


「ちょ、ちょっとだけ我慢してっ。おねがいっ。あとで好きなこと……なんでもしていいからっ」

「あ、そういうの結構です。何も発展しないんで」


 もう一人のオレがやる気ないんで。

 声もしないしな。

 いや、声がしたらやべえので、しないほうがいいんだが。なんで俺、下半身と会話することに慣れてきてんだ……。


 カゲチカ、と呼ばれた男が数歩近づく。

 顔はやっぱりうざい。しかし、イケメンだった。

 イケメンで金持ちは、俺は信用していない。勝手なひがみである。だが、それ以上に、やはり人を馬鹿にするような表情は気にくわなかった。


「やあ、アメンボ君。僕の名前は、金城影近(かねしろかげちか)――金持ちでイケメンで勝てないと思ったろ? さらに空手もたしなんでいるから、腕っぷしも強い。つまり喧嘩でも勝てないのだ。つまりアメンボ君は僕には勝てない」

「はぁ……?」


 まあ、金もないし、イケメンでもないが……コイツ、そんなに強そうに見えないぞ。というか弱そうだ。いや、絶対に弱い。試す?


 ……いやいや、落ち着け。

 困った癖というか、悪癖というか……霜崎家での人生のせいか、遺伝子のせいかは知らないが、家庭内最弱の俺でさえ『弱肉強食』なルートへ進みがちである。


 ここは耐えよう。

 わざわざ白銀が連れてきたんだから、理由もなにかあるだろ。


 しかし、その本人が否定した。


「バカね、影近。許嫁として忠告してあげるけど、このアメンボ君は、最強なんだから」

「ははは! 最強? なんだそれ! 少年漫画じゃあるまいし!」

「その少年漫画みたいな奴なの。だから――わたしは、彼に……」


 白銀がこちらをちらっとみた。

 俺は首をかしげる。

 なんだか頬が赤い。

 なんだ、なんだ?


 白銀は息を少しだけ吸うと、言った。


「今度、わたしのすべてをささげるって約束してあるんだから。あんたと結婚するのは、アメンボ君のおさがりってことよ――我慢できる?」


 俺は、洞窟に住む魔物か、おい。



 この茶番は続く……のか?

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