第10話 きいてみた
おでんの容器を綺麗に片付けている白銀にきいてみた。
「なあ。なんでボーイフレンドなんて必要なんだよ」
「だから、段階を踏むため」
段階っていうのは、つまり、最終的にアレをする関係ってことか。
そんなに確実に上へ登れるボーイフレンド役なんていたら、その枠、ラノベの主人公並みの価値がある。なんなら美少女ゲームの中に転生しちゃってるよ、そいつ。
それに、そもそもさ……。
「一つ教えておいてやろう。俺にはその階段は登れないぞ。なにせ最後の段がないからな……」
「知ってるよ、そんなの。だからそこまでの経験でもいいよ。だいたい、こういうものなんだなーって。今も『放課後に公園でおでんを食べさせてあげる経験』できたし」
「そんな経験値必要かな……」
俺のほっぺがダメージおってるだけじゃないかな……。
「わたし、こう見えて、結構常識無いっていうか、箱入り娘だったんだよね。あぶないことはしちゃいけません! 友達よりも勉強しなさい! みたいな」
「わかる。常識なさそう」
「は? 食うよ?」
「こわ……」
ライオンみたいな女だ……。
そしてぼくは攻撃性のないシマウマさん……。
ここで豆知識を一つ。
「ちなみにシマウマの鳴き声は『わんわん』なんだぞ? 馬じゃなく、ロバの仲間ららしいからな」
「なんの話よ……でも、そうね、動物園とかも行きたいな。うさぎに餌をあげたりさ」
「小学生のデートか」
「小学生に謝りなさい」
近くを小学生が通ったので「ごめんなさい」と謝ったら、びくっとされて通報ブザーに手をかけられたが、白銀がにっこりと笑ったら、てへへ、みたいに笑って、去っていった。
美人、人生、イージーモードってまじでした。
「白銀は、許嫁がいるんだっけか? それで、つまり、そいつに初めてを奪われるくらいなら、どっかの奴にくれてやろうと」
……異常じゃね。
「異常者を見るような目だ」
「すまんが、異常だろ」
「きっと良い家庭だったんだね。レールのない、さ。わたしは歯向かってやりたかった。レールのうえに石をおいてやって、困らせてやろうと思った」
それは犯罪だ、と言えない空気はあった。
「あのな、俺だってレールあるわ。我が家はなぜか、基本的には食い扶持にもならん武道をたしなむ一家でな。姉はおそらく警官になるから、意味は出てくるけど、それ以外は趣味として格闘技させられるの」
「なんで?」
「世紀末がきても拳一つで生き抜けるように、という親父の方針だ。最近は、ゾンビ映画を見て、『この世界でも生き抜けるようにしなければ』と影響されていたからな」
これ、まじだからね。
親父、高校生の頃に感じた危機感を、いまだに持ってるんだよ……。
そして影響されやすいんだ……あれ、俺の血って、そういうことじゃん……? 影響されまくりの下半身だし……。
「あはは、なにそれ超うけるんだけど」
白銀は心底面白いように腹を抱える。
「ひとごとみたいに笑いやがって」
「だって、ひとごとだもん。霜崎くんだって、そうじゃん――でも、そうか。だからか」
「なにが」
「いや、ホテル街探索ツアーのときにさ……きもい親父に腕掴まれて、ホテルにつれこまれそうになったとき」
「ああ。飛び蹴りの」
「そう。めちゃくちゃ綺麗な鳥が突っ込んできたのかと思った」
「鳥……」
「空中滑空して、川から魚をとる鳥みたいな……まあ、とにかくキレイだった。まるでダンスを見てるみたいな一撃だったね」
「そうか……?」
ふむ。
昔やっていた格闘技も意味があったわけか。
まあ、たしかに、飛び蹴りするときも『これしたら相手死ぬな』みたいなことがわかってるからこそ、過激に対応できるわけだしな。
経験がないと、加減ができないってのはあるだろうな。
「この人なら守ってくれるって思ったから、あなたはボーイフレンドなの、霜崎くん」
守る、ね。
なにからかは知らんけど。
まさかこいつの家、ヤ〇ザ屋さんじゃなかろうな……。
「それ、ボーイフレンドじゃなくて、ボディガードっていわない?」
「同じじゃない? 男の子は女の子を守ってよ」
「この平等の時代にそれは炎上するぜ」
俺のほっぺたみたいにな!
まだヒリヒリするよ!
赤くなってるだろうね……。
「じゃ、王子様でいいや」
突然だった。
ヒリヒリするほっぺたに、何かが貼られたような……ぷにって感じの感触……。
甘い匂いが鼻をつく。
「え?」
「……ま、とりあえず、この前のお礼と、おでんで熱そうだからのお詫び」
俺はほっぺを触る。
柔らかい感触。
なるほど……。
「ほっぺにキスしたのか」
「そ、そういうこと言わないでくれない!? はずかしいし!」
「しかし、ほっぺにキスは、国によっては挨拶だからな」
そして下半身も微動だにしないからな。
俺にとっての刺激ではなかった。
本当なら、これでごはん10杯はいけた感覚はあるけど。
「そうよ、そうよ。これは挨拶っ。そしてお礼っ。まだまだわたしは、過激なことをして、最終的には経験しちゃって、あんたみたいな奴より数倍すばらしい青春を送ってやるんだから」
白銀は立ち上がると、バッグをつかんで歩いてしまった。
俺はその背中を見た。
「……で、そのあとはレール通りの許嫁との結婚ってか? なーんか、レールからおりきれなさそうな人生だなぁ」
ヒリヒリとしていたはずのほっぺたは、なぜか、どこか、ふんわりと優しい感触に包まれていた。
「お前、最大のチャンスになにやってんの」
ふられたはずなのに、すごいスペックの女子に『最終的に体をやる』とか言われてるんだぞ。
青春のすべてがつまってますやん。
本来なら逆転満塁ホームランですがな。
けれども、もう一人のオレからの解答はなかった……。
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