第9話 なにかがおかしい

 時間が経つごとに自分の体の異変を認めてしまっている。

 自覚するごとに、精神も変化している気がした。


 なんというか……緊張しないというか。


 我が家は武道一家というか、とにかく力がすべてみたいな家である。

 それで飯を食っているわけではないのだが、父から母から姉から妹から、なにかしらのスポーツで全国レベルに達している。


 俺は昔からいろんなことをさせられた。

 

 空手、剣道、柔道、ボクシング、レスリング、カポエラ、カンフー、酔拳、蛇拳……ぶっちゃけ、何も体になじまずに、なんの役にも立っていない。


 すべて数か月でドロップアウト。

 我が家の武道不良債権とは俺のことである。


 だが――下半身の違和感は、やけに俺にしっくりときちゃってる。


「……冷静だ。じつに冷静。周囲の動きが手に取るようにわかるし、興奮もしねーし、頭も回る……」


 黒池さんの消しゴムが机から落ちた時も、目の端でとらえて、空中でキャッチした。


「お、おお……霜崎、すげー。達人じゃん……」


 黒池さんが目を輝かせながら、片足だけを胡坐ちっくに椅子に乗せてパンツを見せてくれたが、俺の心は不動だった。


 遠くでエリカちゃんが「あーん」をしているときも、他の男から他の男へ渡り歩いているように見えるときも、「エリカちゃんにだって事情はあるのさ……」って感じ。


 ついでに、昨日から我がクラスにやってくるようになった意味不明な関係の美少女――つまるところ俺にとってガールフレンドであるらしい『白銀雪見』が、胸元を開いたまま、公園のベンチで俺の横に座っている今だって……動じないわけだ。


「ほら、霜崎くん。おでん『あーん』して? してくれないから、ほっぺにピタっ」

「あっっつうううううううう!?」


 よりによってハンペンあっつうううう!?


「動じるじゃん」

「動じるわ! 動じないやつ呼んで来いよ! だいたい真夏におでんってなんだよ!」

「真夏こそおでんじゃん。コンビニ様様……ってか、霜崎くんがぶつぶつ『不動の心を手に入れた』とか言ってるから、試してみただけ」

「試すな。せめて尋ねろ」


 とんでもないやつだ。


「俺たちはフレンドなんだよな? なのになぜ、放課後まで一緒にいるんだよ」

「フレンドこそ、放課後一緒にいるでしょ」

「まあ、そうだけど……」


 ボーイフレンドって、聞いた感じちょっとドキドキするような響きがあるが、日本語訳って『男友達』だよな。

 なんか、日本語で言うと、途端になんか冷めてくる気がする。眼中にない相手みたいな感じでさ。


「ま、どちらにせよ俺の下半身は冷めてるけどね! HAHAHA……はぁ……」

「めんどくさい男子は嫌われるよ?」

「そーですか。どっちでもいいよ、もう」


 エリカちゃんにもふられ。

 男性の一部を失い。

 そして、ほっぺたにハンペンをピタってされる男。

 それが俺さ……。


「まあ元気だしなよ? こんなにカワイイ女の子が隣に居るんだよ? 興奮しないかなぁ?」

「まあ、美少女だよな」

「え? あ、うん。でしょ?」

「それが胸元をあけて、俺におでんを『あーん』してくれてるわけだ」

「興奮するよね。治療になるよね」

「なるはず、なんだけどなぁ……昔の俺なら鼻血出してたはずなのに……」


 どうして、格闘技の一つ一つがしっくりなじまなかったのに、こういう『状態』だけしっくりきてんだろうなぁ。


「もはや俺のこの状態こそ、ニュートラルである、なんてことはないよな……な、ないよね?」

「わからないよ。わたしだって……経験ないし……」

「経験ないんすか。可愛いのに」


 白銀の顔がポッと赤くなる。


「う、うるさいな」

「経験ないのに『体で払う』とか『治療してあげる』とか言ったのかよ……とんだ藪医者だぜ……」

「うるさい! うるさい! じゃあ胸ぐらい揉んでみるかぁ!? ほら! やってみなよ!」

「あー、はいはい。お嬢ちゃんは、だまって白滝でも食べてまちょーねえ?」

「うわ、うっざ! うっざ!」

「不動心、不動心」

「うっざ! 白滝ぴたっ!」

「あっちいいいいいいいいいいい!?」


 なんだこれ。

 絶対、俺の治療じゃないじゃん。


 それにしても……こいつ、なんでボーイフレンドなんか求めているんだ? 

 たしか、許嫁がどうとか言ってたし、聞いてみるか……。

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