第8話 やつがきた

「霜崎くーん」


 昼休みに、やつがきた。

 教室内がざわつく。

 となりの黒池さんも口を開けて俺を見ている。


「遊びきたよー、ごはん食べよー」


 今の俺にそんなことを言うのは、一人のみ。

 白銀雪見だ。

 一人で、バッグを肩にかけて、うちのクラスにやってきた。


 警戒することもないんだけど……出会いと展開が非日常すぎて、どうしても身構ええてしまう。


『わたしが体を使ってでもあなたを治してあげるから、ボーイフレンドになってよ』


 どう考えても、読点の右と左の比重がおかしいだろ。

 

「俺、昼飯はパン買わないとだから」


 なにか来るとは思ってたが、昼休み襲来は想定内。

 嘘でもなんでもない発言でけん制する……。


「わたし、お弁当つくってきたよ?」

「……なるほど?」


 教室がさらにざわつく。


『お、おい。あれって白銀雪見だろ? 学年ランク1位の』

『なんで霜崎と一緒なんだよ』

『付き合ってるとか?』

『んなわけあるか! あいつエリカちゃんにぞっこんだろうが!』

『振られたんだよ、きっと。みんなそうさ……』

『え、お前まさか……』


 なんか色々と聞こえてくるが無視――できない発言が最後の方にあるが、それでも無視!


 俺は本来ならドキドキして仕方がないだろう距離まで白銀の耳に口を近づけて、ささやいた。


「なんのつもりだよ」

「なんのって、治療だよ」

「逆効果だ」

「ねえ、ところでこの隣の黒ギャルに色々してもらうように交渉するの、よくない?」


 ほらきたよ。

 何を企んで「ボーイフレンド」とか言ってるのかは知らんけど、そうはいかんぞ。


「あのな、この黒ギャルの黒池さんは、きちんとひざ掛けをする淑女なのだ」


 俺は黒池さんの下半身を指差す。

 白鉄さんは首をかしげた。


「パンツ丸見えだけど」


 ひざ掛け、落ちていた。


「黒池さん!? ひざ掛けね!?」


 俺の絶叫に黒池さんは『はっ!?』となったようだ。

 俺の言ったとおりに、モタモタとだが、ひざ掛けを使った。これで元通り。


「な?」


 俺の同意に、白鉄さんは嘆息した。


「よくわからないけど『その手は食わないぞ』みたいな気持ちは伝わったからいいや」


 白鉄さんは、俺の机に座ると、弁当を広げ始めた。


「じゃ、はじめよう? 友達らしく、あーんして食べさせてあげるから」

「友達は、あーん、とかしないから」


 それは付き合ってる者同士の行為だ。

 キスの前の段階に違いない。


 白鉄さんは、俺の背後を見た。


「あっちでしてるけど」


 俺は振り返る。


「あーん」


 エリカちゃんが、男子から甘そうなお菓子をあーんしてもらっていた。

 実にフレンドリィ。しかし、それだけ。

 ちくしょう! 辛いことばっかりだ!


「あ、あれは、エリカちゃんが友達としてやってることなんだ……クレープとかな……!」

「語るに落ちる。友達として、と言ってる」

「くっ」


 こっちを認めるとあっちがおかしくなる!


 もうフラレたんだし、忘れりゃいいのに、俺の心はまだ幻想を追っているのか……だからこそ、もう一人のオレは反応がないのか……?


「ほら。あーん」


 にっこり笑顔の白鉄さん。

 これでどうして、下半身が元気になるっていうんだよ。

 むしろエリカちゃんのことでさらにダメージをくらったよ。


 なお、弁当箱から差しだされただし巻き卵は大変おいしかったですが、いちいち『どう? 興奮する?』と尋ねる白鉄さんに、不安を覚えるばかりでした。


 ……こいつ、まさか健全な青春・少女漫画とか参考にしてねーだろうか?

 

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