第7話 教室でもなんかおかしいわけで

 人は「心」で生きる生き物である、なんてどっかで見たことがある。

 

 練習では強いのに、大きな大会で負けてしまった――なんてよくあることで、緊張してしまい力がでない、と。


 当然、その逆もある。

 つまり、俺だ。


「わーっ、超ウケるんだけどー」


 クラスメイトの黒ギャルが一名、俺の席の横でくっちゃべっている。 

 マンモス高校であるので、いろんな人種が居るが、どの年代にも存在している白ギャルさんと黒ギャルさん。


 俺の隣の黒ギャルの黒池(くろいけ)さんは、少々、楽観的で、勉強も嫌いである。

 その割には夜の知識は豊富なようで、夏休み前から、色々と素人な俺の横で性的ラジオを放送してくれている有難い存在であった。

 性的ラジオを、『ただの盗み聞きだろ』とツッコむ方がいたら、俺は意味もなく『なんでやねん!』とツッコみ返すので覚悟してください。


 そんな黒ギャルさんは、椅子の上で胡坐をかくクセがある。家が和風で畳生活だからだと性的ラジオで言っていた。

 で、当然、スカートが短いので、そのまま胡坐をかくと、物理法則の奇跡が起こり、中が見える。


 それどころか「お、霜崎、うちのパンツ見た? もっと見たいのかー? おー?」とか煽ってもくる。

 質が悪い黒ギャルである。


 これまでの俺なら「っく。俺の中の天使と悪魔が戦っている……」とか脳内抗争を実況しながら、チラチラみたような、見てないような、でもやっぱり見ていない――そんなムーブをかましていた。


 なお、俺を『クズ野郎』とか言うやつは、廊下に出て、遠隔ウォッチングをしている阿呆どもを罵倒してやってくれ。

 俺はそんな卑怯なことはしなかった。


『おいぃ、霜崎ぃ、今、うちのパンツみたろー?』とか黒ギャルちゃんに絡まれても、『まじで見てない! 見えてても偶然だ!』と謝ってたしな。ミテナイシ。

 エリカちゃんの手前上、他の女の小さな布切れ……たとえそれが紐のついたなんかすごいやつだったとしても、浮気なんてできやしない。


 しかし、それも夏休み前の話だ。


 今の俺はどうかと言うと……。


 黒ギャルがにやにやとした。


「おやおやぁ、霜崎が真正面からうちを見てるぞぉ? それだと色々見えちゃってるんじゃないのぉ? ……ていうか、真正面すぎるぞ、霜崎。なんでこっちに膝を向けてんの……?」

「話があるんだけど、黒池さん」

「んあ? なんだよ、霜崎――いつもと雰囲気違うな……夏に経験しちゃった?」


 ぷぷっ、と笑う黒池さんに、俺は立ち上がって威嚇してしまった。


「してねえよ! したくても、してねえよ! できねえもん!」

「な、なくなよ、霜崎、ごめんって……童貞の気持ち考えてなくて……」


 俺はパンツを指差した。


「それの話なんだ」

「それって……いやいや、指先見ると、うちのパンツにたどり着くけど」

「そうだよ。そのパンツなんだけど」

「しれっと言った!? 霜崎がヘンタイになった!? まじうけるっ」

「うけないし、ヘンタイはそっちになってもおかしくないぞ。椅子の上で胡坐かいたら、見えて当然。そして世の中、わざと見せることが犯罪になることもあるんだ」

「う、うん……どうした、霜崎、いきなり……」

「いきなりじゃない。これまでずっと、黒池さんのパンツをどうしようかと俺は考えていた」

「言い方が怖いんだけど……」

「夏休みを経て、答えは出た」

「一か月も考えるなよぉ」

 

 なぜか涙目の黒池さん。隣で聞いていた女の友達もめっちゃ引いてる。

 だが俺は止まらず、バッグからひざ掛けを取り出した。


「これを持ってきたから、ひざに掛ければいいと思う」

「え? なんで?」

「中が見えなくなるし、俺も安心して勉強できる。廊下側から黒池さんのパンツをスナイプしようとしている男子も散らせて、廊下の治安も良くなる。当然、黒池さんも胡坐を続けられるし、好きに生きていられる。みんなHAPPYだ」

「はぁ?」

「『はぁ?』じゃない。男子をからかうのもいいけど、ほどほどにしろ。それが嫌なら、授業中もパンツを見続けるぞ、イヤだろ。黒板じゃなくて、パンツの種類を毎日ノートにつけていくぞ。それでいいのか?」

「き、きもい……」

「なら、ひざ掛けを使え」

「は、はい……」



 黒池さんはひざ掛けを取ると、素直に膝へ掛けた。

 

 廊下の男子たちが舌打ちをし、散っていく。

 俺、刺されるかもしれないけど、気になっていた問題が解決しただけマシだ。


「ふう……これでアイツが教室まできても一安心だ……」


 俺はひとり、ごちる。

 黒池さんにはなんだかんだと言い訳してみたが、実際は俺の為でもあったのだ。

 白銀さんと出会ってからの夏休みの数日、ずっと考えていた。


『自称、友達の白銀雪見』が教室襲来したときに、変な絡み方をされたら大変面倒なので、先手を打っておいただけである。


 白銀さんの性格を鑑みるに使えるものはなんでも使ってきそうだからな……。

 

『隣のギャルのパンツを利用してみた』


 とか言われたら、俺の高校生活台無し。


 あいつは『体を使って返すって、わたしの体じゃなくてもいいよね? だって、体を使って返すは、肉体労働も入るわけだから、わたしがキミのために動けば、体で返してるもんね?』とか不穏なことを言っていたのだ。


 いったい、何をしてくるのか……。

 まあ、とりあえず、一つ、懸念点は排除したから良しとしよう。


 それにしても――パンツの話題を出しても、黒池さん相手に動じないどころか、性的ラジオの黒池さんを動じさせてしまうとは……。

 これなら裸の女性が前に現れても『風邪をひいてしまうから、俺の服をどうぞ』とか臭いセリフを当たり前のように口にしちゃうんじゃないだろうか。


 俺は性の根源と引き換えに、何事にも動じない不動心を手に入れてしまったようだ……。

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