第5話 というわけなんだ。

「――というわけなんだ」


 俺は夜の公園で、ジュースを差し出しながら言った。

 ベンチに座ったまま受け取った美少女は、胡散臭そうに眉をひそめた。

 風が吹き、さらさらの黒髪が肩から零れ落ちる。


「なにをいってるの? あなた、自動販売機にいって、帰ってきただけじゃない」

「いや、こっちの回想の話。さっき教えた事情をこの短い時間にもう一度思い出していただけだ。最近はそのことしか考えていないんでね……」

「事情……」


 ホテル街にて助けた女子――白銀雪見は、なんだか悲しいものを見るように、俺の股間を見る。

 あれから、ここにいてはまずい、ということで、近くの公園まで退避してきた。

 お互いに警察沙汰は避けたかったしな。


「ジロジロ見ないでくれ。こいつはもう死んでいる」

「み、見てないけどっ」

「いや、見てたろ。まあいいけど――失恋したやつを笑ってくれ」

「別に笑わないけど」

「ふむ? 冷たそうな感じなのに、意外と優しいんだな」

「あなたこそ失礼」

「たしかに。すみません」

「べつにいいけどね。たしかに人付き合い悪いほうだし」


 缶ジュースを開ける。空には星。バイト終わりにぼうっとすることは、最近多かったので、時間の使い方的に違和感はない。

 あるとすれば、となりに美少女が一名座っていること。

 そして、そんな素晴らしいはずのシチュなのにドキドキもワクワクもしていないことだ。


「で、白銀さんはなんであんなところに居たんだよ」

「え? わたし、名前教えたっけ……?」

「……俺も同じ高校通ってんの。隣のクラスに居るから、俺」

「あ、そうなんだ……ごめんなさい……命の恩人なのに」

「命って大げさな――いや、そうでもないか」


 ホテルに連れ込まれて事件に巻き込まれるなんて、今の時代そんなに珍しくないのかもな。


「わたし、大学卒業したら結婚するの。許嫁とね」

「へえ? すげえ金持ちみたいな話」

「お金持ちだもの。でも、結婚相手が決まってる人生って最悪よ? 全部レールの上なんてものじゃない。自由なんてなにもない――だから、経験だけは勝手に済ませてやろうと思って」


 つまり、家の事情に歯向かうために――許嫁と結婚する前に遊んでやろう! みたいな、そういう感じか。

 ドラマとか漫画とかでよくみる普通の設定だけど、現実に聞いたのは初めてだ。


「だからってサラリーマンの親父相手ってどうなの」

「ち、ちがうっ。ホテルとか、そういうの知らなかったから、社会観察! ちょっと見てみようと思って、歩いてたらいきなり腕掴まれたのっ」

「その割には、俺に『身体でもいいから、お礼をさせて』とか言ってただろ」

「……こ、この際、あなたでもいいかなって思ったのよ! 助けられたとき、ちょっとだけ素敵に見えたし」

「ほう? よりによって、この状態の俺に? そんな提案を?」

 

 どれだけめぐりあわせが悪いんだ。

 第一、親への復讐に俺を使わないでほしいぜ。


「ほんとっ……なんか、言って損したっっていうか、でも、助かった。色々と。ちょっとてんぱってて、発言おかしかったし」

「だよな? 俺が正常なら、襲われてるぞ」

「わかってるわよ……とにかく、ありがと。かっこよく見えたのは嘘じゃないしね」


 これはさすがにドキドキしちゃうだろ?

 ……下半身応答なし。

 心もなんか覚めてる。

 冷静と情熱の間に居るみたい。

 焚火の傍に居るのに、氷の椅子に座ってるから、体温上がらないみたいな。


「こりゃ重症だ……はは……」


 俺は頭を抱える。


「わたしだって、頭痛いわよ……今日色々ありすぎ……」

 

 ベンチに座って、頭を抱える高校生二名。


 こんなことしてても、どうにもならんし、おうちに帰ろう……。


「まあいいや。俺、帰るな。バイト、明日もあるし。夏休みの課題も進めないと」

「真面目なんだ?」

「白銀さんだって、頭いいだろ。学年トップクラスに」

「勉強なんて、コツと記憶力でしょ? それにしても、そうか――ふーん?」


 白銀さんは、立ち上がると俺の顔をジロジロと見た。


「なんだよ」


 ドキドキしたっておかしくないのに、何も感じない。

 余裕のある男に見えるだろうが、現実は立ち上がらない分身を持っているだけだ。


「ねえ、キミ、そういえば名前は?」

「霜崎明人」

「霜崎くん? わたしのボーイフレンドになってよ」

「はぁ? 彼氏?」

「ち、ちがうっ! 友達! 男友達! わたし、そういうのも経験ないからさ。やっぱり、色々するにも、段階って必要じゃない?」

「ホテル街で襲われてから気づくの? 遅くない?」

「う、うるさいな」

「それにしてもボーイフレンドねぇ……? いや、友達なんて、白銀さんぐらいの可愛さなら、腐るほどいるでしょ」


 少し前なら有頂天だっただろう。

 なにせ白銀雪見だ。男相手には愛想が悪いと有名な、学年一(四組の男子調べ)の美少女。

 それから「友達にならない?」なんて言われているのだ。


 でも、今の俺からすると、女子からはちょっと遠ざかりたい存在だったし。

 

 あと数日で学校も始まる。

 俺はどういう顔をしてエリカちゃんに会えばいいのだ……。むしろ、エリカちゃんに会えるのだろうか……うう……考えないようにしないと……。


「いない。これまで、男って、なんかイヤだったから近づかなかったし。でも、ちょっと変わろうって思った。なのに、こんなになっちゃって……だけどさ、あなたなら、なんかイけそうって思う」

「無害だからな」

「そういうわけじゃないし、助けてくれたからだけど――あ、じゃあ、こういうのどう?」


 白銀さんは、にこりと笑う。

 どこかお姉さんぶって、どこか妖艶に、どこか楽しそうに――。


「わたしがさ、友達として、その病気を治すために色々と考えるから――ね? わたしの友達になってよ。友達としてできることなら、なんでもする。体を使ってでも恩を返すって意味でも、ね」


 先の見えない俺かすると、それはとても魅力的な提案だった。

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