野箆坊は黄昏に

名波 路加

 

 人気のない道端でしゃがんで泣いて、心配して声をかけてくれる人に自分の顔を見せて驚かせる。脅かしてどうするのだと言われても仕方がない。私はそういう妖怪なのだから。

 ある日、いつものように啜り泣く私に、小さな男の子が声をかけてきた。さて、どうしたものか。人を脅かすのが私の仕事だけど、流石にこんな子供には刺激が強すぎる。

 私は黙って俯いたまま、心配そうにこちらを見つめるその子を置いて、その場を走り去った。

 私は、人の驚く顔が見たい。驚いた顔が好きだ。“驚いている”という、その感情がはっきりと分かるから。驚いて見開く目も口も無い私には、一生できない感情表現だから。

 だけど、男の子に声をかけられたあの日から、私は人を驚かせるのをやめてしまった。






 自然豊かなこの山麓には、数軒の小さな店が並んでいる。霜降に入り、辺りの葉が色づき始めていた。

 いつの頃からか、私は此処に居座るようになった。何世代も見てきた馴染みの団子屋で一息ついていると、いつもの如く、この店の娘が私の隣に腰掛けた。


「今日は、新作のお団子を食べてみて」


手渡されたのは、濃淡の分かれた緑の三色団子。三色と言ってもいいのだろうか。


「私のご先祖様は皆、あなたにお団子を食べさせようと躍起になっていたみたいね。でもあなたは食べなかった。それはお団子を食べる口が無いからかしら」


その口が無いから、私は彼女に返答をしない。


「私は、そうは思わないな。あなたは心を開いていない。だからお団子も食べてくれないし、ずっと俯いたまま」


娘はほうじ茶を啜り、足先に落ちた紅葉を拾い上げた。


「表現の仕方って、色々なんだよね。私の作るお団子は地味だってよく言われるけど、色鮮やかなお団子にも負けないくらい美味しくて好きだって言ってくれる人もいる」


 娘の指に挟まれた紅葉は濃い紅色をしていた。美しい色。でもそれは、見る側の主観でしかない。葉に自我があるのだとしたら、葉は自身の紅色をどう思うのだろうか。


「顔が無いから、皆驚いて逃げて行く。そういう妖怪だって聞いたけど。この世にのっぺらぼうがどれだけ居るのかは知らないけど、あなたは人を驚かせたいようには見えないな」


そう言って娘は、紅葉を私の膝の上に添えた。


「紅葉のように、あなたは素敵」


 私には口が無い。だからお団子を食べる事はしないし、可笑しな事があっても、笑う口が無いのだから、口元を手で隠す必要も無い。それでも何故だか気恥ずかしいものだから、私はそういう仕草をしてしまった。


 娘は立ち上がり、大きく伸びをした。


「そろそろ戻らなきゃ。また来てね。素敵で照れ屋な妖怪さん」


 店の奥へと小走りで戻っていく娘を、見送る目の無い私は見送った。そうして、微笑む顔の無い私は、やはり微笑んだのだと思う。

 私は店を後にした。黄昏に染まる空は、置いてきた団子に添えたあの紅葉のようだった。

 

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