54話 迎えに行くよ
「良かったね、ふたりとも仲直り出来たみたいで」笑い声が漏れてきたのでそう思ったのだろう。
暗がりの廊下を二人で歩きながら、灯の灯った教室から遠のいていく。
「あぁ、良かったな」
先ほど、保健室の先生が保健室へと戻ろうとしていた為、『保健室の鍵は、若桜先生が閉めると仰っていましたので、帰っても大丈夫です』と伝えた。
勿論、先に言質は取っている。
ただ、その見返りとして生徒会長に媚を売っておいてとお達しを受けた。
まぁ、生徒会長と仲良くなっておくことは、色々と他の時に融通が聞くだろうからな、いい交渉だと思う。
何としてでも、あの場所に誰かしらの介入があるのは、オレとしては避けておきたかった。
「圭がコソコソしていたから、ストーカーに成り下がったのかと思ったよ」
「一一〇番をすぐに掛けようとするの止めようね、ほんと。生きた心地しないから」事実、分かりやすく近づいてスマホを耳元に近づけて、それっぽいフリしていた。熊谷先輩が自転車小屋から出てきて、ふざけ始めた遥を木の影へと連れ込んで、隠れた。
「ふっ……でも、なんで先輩のこと見てたの? あっ、やっぱりストーカー」
「早合点早いね、世界のトップ取れるよ」
ジトっとした目に変わるのでホントに疑っているようだ。
笑いを誘ったつもりなんだけどな。
「あのな、言っとくがオレは熊谷先輩を好きとか無いからな?」
「……私に勘違いさせたく無いの?」
甘ったい言葉に切り替わる。
『アホか』と言おうと脊髄反射しかけた時に脳裏を過ったのは、相手に本音を伝えないまま三年間すぎた少女達の笑顔だった。
「……うん、遥には……誤解してほしく無い」
「…………へぇー」
ふたりは、それっきり話さずに昇降口を抜けて、校門まで歩いていく。
気がつけば、お月様がまんまるとしており煌めく星屑も小さく光っている。
「昔もこんな夜遅くに一緒に帰ったよね?」
「そうだな。アイツらが全然帰らないから、補導されないように農道を使って帰ったよな。んで、虫が体に引っ付いたり、口に入ったりして」
田舎の田んぼに囲まれた道を帰ることが多かった。
しんと静まった自然がそこにあったけれど、虫も当然に共存しているから、虫には色々と悩まされた。
「……いっ今思うと、ゾッとするよね。時々、目に入ってそこで蹲み込んで目摩っていたっけ?」
「あぁあ、あったあったっ!! オレはメガネガードしてたけど」
古い記憶を呼び起こす。
それは、色々な話をしながら道草を食った日々。
ふたりだけの秘密の時間であり、ふたりだけの夜。
思い出した笑い話をしながら、一緒に家へと向かう。
もう、遅い時間だから、遥の家の近くまで送って行くことは特に伝えずにいた。
「その時の圭って、付き合ったばかりだから、私の手に触れて顔真っ赤にして……」遥が言葉にした一つの記憶が今の関係性を思い出して黙ってしまう。
俺たちは……オレ達は……もう、付き合っていないのだと。
「ごめん、元カノが過去の話言うの……未練がましいよね」
普段のオレなら、黙ったままだろう。
有耶無耶な関係を続けて、きっといつかは……なんて浅はかなことを思っていただろう。いや、きっと一ヶ月前までそうだった。
そうしようと、心がけていた。
でも、やっぱり、それを続けた結果が、橘後輩や熊谷先輩だったのだとしたら、オレは____________
「いや、そんな事ない。大切な時間だった。オレと遥の関係を紡いだ甘くて焦ったい思い出だよ。絶対忘れない」
「圭……」
「忘れないよ、俺がおまえを好きという気持ちで包まれていた記憶だよ」
六月になるからだろうか、少し冷えた風がオレ達の間を抜けていく。
雪の日も、雨の日も、寒波が近づいてきて、人肌恋しくなった時、オレは彼女に近づいて、手を握った。指を絡めた。自分のドキドキがバレても良いから、彼女に触れていたかった。
寒くなった指先をオレが温めたかったから。
冷え性の彼女が少しでも寒がらなくて良いならと、すっと腕を彼女の方へとやって、彼女からの手を待っていた気がする。
「今日、寒いか?」
「……ううん、今日は暖かい」
「そうか……」チラリと目を盗んでみた指先は丸まって袖口へと隠れていた。
それがおそらく、彼女なりのケジメなのかもしれない。
オレ達はそうやって、今後、この関係性を続けていくのだろう、か。
自分の抱える……抱いている感情に言葉を選び直さずにしたままでいいのだろうか。
「もう少しだけ……待ってくれないか?」
自分が言える最大限の言葉だった。
今のまま……自分の中の整理が付かないまま彼女と向き合うべきではない。
彼女達に勇気をもらったし、いろんな考えも貰った。
でも、今のオレは早々に自分の中で固まった感情をこれ以上表現することは出来ない。
「待つよ? 幾らでも」
「えっ……?」
「私はそう決めてたから。ずっと待つって。一年経って、ようやくその言葉を出してくれたのなら、私からしたら早い方だよ。だから、待つ。圭が昔みたいに笑ってくれるような笑顔を受け止めれるように私は、あの子達と繋いでいる。また、あの時みたいに笑って、喧嘩して泣いて、怒られて、苦しんで、でも、笑う。そんな喜怒哀楽を体現した日々を迎えれるように私は、待ってる。圭が私に素の笑顔を向けてくれるまで、待ってる。待ってるよ」
夜で真っ暗なはずなのに、彼女顔がやけに明るく見えた。
真っ白で透き通った肌がありありと彼女の綺麗な顔立ちを見せてくれた。
きっと、オレは本当に馬鹿なのだろう。
こんな子を待たせてしまうのは、罪なのだろう。
「あの物語の登場人物は羨ましいよね」
「あぁ、そうだな」
たった一つの言葉を言える関係性が羨ましい。
今言えばいいのに、言えない。
自分の矜持に区切りをつけるべきだ。
彼女がオレに対して、負の感情を持つ前に。
「まんまるだな、月は」ふと見上げた月を見て、それっぽく呟く。
「そうだね。こんな月を見ながら帰ったね」
もう、夏目漱石が言ったとされる言葉すら、オレたちに取っては言えないのだろう。
だから、その月がまんまる、としか言えない。
その縁をなぞるだけだ。
「変わらないさ、月の形は。欠けていても、真っ黒で隠れた部分はきっと光っていた日々を忘れないよ」
「……そっか。なら、信じるよ、隠れた部分も輝く日が戻ってくるのを」
「あぁ…………いつか迎えに行くよ」
そんないつもなら言わない遠回しの言葉に顔を見合わせて破顔する。
こんな日々が溢れていたよな、そう思い、オレは彼女の最近起きた話を聴きながら家へ返した。
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