51話 真剣
「どうしたの、睦月? 急に話って」
私は、風景に浸っていたから、頭が少し回らずぼーっとした顔を向けていたのだろう、千佳は口を開いた。
「ごめん。やっぱあの件だよね?」
「……うん。……その、り……橘理央は大丈夫?」
「うん、まぁあの子は強いからね。昼間にも色々と詮索はされたみたいだよ。でも、その度に『あの場で軽率で身勝手な行動をしてすみませんでした』って謝っていたって後輩から聞いた」
「……」謝るべき事柄をしっかりと謝罪して、私への告白を鎮火させる為なのだろう。問題点を告白にさせない故なのだろう。
「もう、私たちには何度も何度も謝罪したのだから、いいのにさ。あの子がいなきゃ、一位という結果は齎されていなかったし」
「……」
なぜ、こうもまだその話題が途絶えないのだろうか。
明日になれば、何事もなかったようになるだろうか。
いや、ならないだろう。
結局、彼ら彼女らの関心事は、告白というところに焦点が集まっている。
女の子が女の子へ、告白するイベントを楽しんでいるのだ。
私がどう動き、どう考え、どう結論づけるのかに興味がある。
そんなところだろう。
「大切な日に……貴方たちの晴れの日に……迷惑をかけて申し訳ないわ」
頭を下げた。
そうするべきだった。
あの場から逃げるように自分の家へ帰るよりも先にすべき事だった。
自分が作ってしまった落とし前をつけるべきだった。
「睦月……」
「貴方たちにこれ以上、時間を取らせないわ。だから、次の大会の為に」
「もう、戻る気はないの?」
下を向いた顔を上へあげて、中学時代から陸上を一緒にした千佳に向ける。
長年苦楽を共にした友人の顔は、私に注がれていた。
なぜ、私なのだろうと思う。
結果を出すのは、橘理央なのに。
だからかな、その優しさに溢れた言葉に反応した言葉を漏らす。
「……戻りたいよ……あの時に」
笑って見せた。
理央が嫌いだって言ってた嘘笑いを。
「ごめん、それだけだから、帰るね」
「……うん、また明日」まだ片付けがあるのか彼女はグラウンドへ向かっていく。
自転車のグリップを握って自転車小屋から抜けるまで、歩く。
校門を抜けて、自転車専用道路を漕ぐ。
目線をいつも歩道に向けていた。
合わないだろうか、と人知れず心配していたのだ。
…………。
黄色に包まれて走る彼女を見ては目を逸らしていた。
横切るたびに胸が痛んだ。
…………。
漕ぐ自転車のタイヤが地面を踏む音が強くなる。
回るチェーンが早まってキコキコと音を奏でた。
気づけば、歩道に自転車を倒して、駆け寄った。
「理央っ!! 大丈夫っ!?」
「えぇえっ!?」歩道で座り込んで、右足から流血しているのだ。それも結構血を流している。
「ちょっと待ってね」私は、自転車を学校の外壁に立てかける。緊急避難的……とは言い過ぎかも知れないが、やむを得ない。
ポケットからテイッシュを取り出してとりあえず、傷口を圧迫する。
「いっ……」痛かったのだろうが、口から声を出さないように右手で口元を覆う。
もしかすれば……。
今は、安静な場所へ移動した方が賢明よね。
「私の肩握って」
「いや、でもっ」
「早くっ! 選手にとって、足は大事でしょっ!!」
「……はい……すみません、肩お借りします」
理央の右手が私の肩に回る。ココから、給水口まで向かう。
歩く度に理央の声から痛そうな声が漏れる。
相当、大怪我だったようだ。
「なんでこんな暗い時間まではしってんのっ?! いつも言ってたよね? この時間帯は、ストレッチする時間だって」
「……すみません」
「ごめん、言い過ぎた」
何言ってんだろ、私。もう、部活の先輩でもないのに。
中学時代の教えを今更になって、図々しく伝えたりして。
「いっ……いたっ」耳元に曇った声が聞こえると共に、理央は崩れ落ちて、私の体も下へと引っ張られる。
「すっすみません」擦り傷程度のものではなく、皮膚が抉られている。それに傷口以外のところを押さえているところを見るに……捻挫や骨折の可能性も……。
テンパっていたため判断を間違えた、か。
それよりも、女の子の膝が擦りむくと痕が残ってしまわないだろうか。
……早く、早く、処置をしないと。
「ごめん、体触るけど、良い?」
「へっ……?」
「……歩けないでしょ?」
「えっと…………」恥ずかしそうにコクリと頷くので、私は理央を抱き抱える。
小さな体だし、運動して余計な肉や脂肪は無いから、想像したよりも軽い。
「せっ先輩っ!!」
「ちょっっっちょっと、じっとしててよ」
「でぇでもぉ」顔を片手で隠しながら、頭を振る。
「……着くまでだから、目閉じてて」
私は、駆け足でその場から保健室まで向かう。給水口で傷口に水をかけて絆創膏を貼ろうと思っていたけど、歩けなさそうだし、消毒も必要そうだからだ。
背中を担いでしまうと足元に力が入り、血液を圧迫してしまうから、この担ぎ方になってしまう。
頭が時折、私の髪の毛にあたる。
しっかりと鍛錬した為に発達する太ももを右手で抱える。
柔らかな脇腹下を左手で抑える。左足を踏み出す度に持つ左手が食い込んで色っぽい声を出す。
理央の吐息が耳元にかかって少しだけ変な気持ちになる。可愛い顔があかくなっているのが余計に意識してしまう。
でも、走って理央を保健室へ届ける為に、私は真剣だった。
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