第17話 大食い専門店行きたい?
オレは、断られ無さそうな雰囲気で兄貴とLONEを交換し、その場を後にした。
スマホで時刻を確認すると、十三時半。そういえば、ご飯食べてなかったな、とふと思ったが、何故か胃は満たされていた。
空腹もなく、腹八分目を超えて、腹十分目までいってしまったような疲労が溜まっていた。こんな最低な心持ちを暁さんと兄貴には口が裂けても言えないが。
「ココとか、行かないかい?」神様が病院を出た辺りで、スマホを見せてくる。スマホには、うどん専門店のマップ地図が映し出されていた。
うどんか……。食欲は全くもってないが、何かしら食べた方がいいか。それに、うどんだったらツルツルと食べれそうだし。
「じゃあ、そこ行きましょうか」自分でも分かるほどに生気のない口調だ。
「やっほーい!」弾んだ足取りで病院から二百メートル離れた店へ進んでいく。その後ろ姿は、慈愛もない悪魔のように見えた。
先ほどよりも雲が分厚くなり、色も焦げた蒼色みたい。こういう時、涼しげで真っ白の鱗雲であれば幾許かは気持ちが晴れていくのだろうな。
ツマラナイ仮定を想像しながら、駐車場が空いている『うどん屋二郎』なる店へと入店していく。
からんからんと軽やかな音が鳴って、個室の部屋を案内される。うどん屋って、個室のイメージが無いから新鮮だった。うどんとかラーメンなどの麺系って滞在時間が少ないから回転率上げる為にテーブル席をワンフロアにする店が多いと思うのだけど。
まぁ、店のシステムにあれこれ巡らせても時間の無駄か……いや、そんな下らない時間が今は楽かもな……はは。
神様は席へ着くなり、メニューブックをパラパラとめくっていた。
「美味しそうなの、あります?」
「うん………ここ意外にリピアリかもしれない!」何やら楽しそうだ。
オレは軽いメニューでいいか、そう軽い気持ちでメニューブックをとって開いた。
『残すの禁止!』『ウチの普通は、大盛りを指します!』『SNSにアップしてもオッケー』『うどんは、飲み物です、だから、食べ物を提供します』『うどんは、背脂があるのが王道。邪道はメニューにありません』『汁を残さないでください。約二五〇ミリあります』
一ページ目にゾッとするような注意書きがツラツラと書かれていた。
それも真っ黒な背景に赤字で。
カエンタケしかりヒラズゲンセイしかり世の中は赤が危険として脳にインプットされている。触ると死に至る生物がいるように、赤は危険の象徴だ。
だからこそ、オレは危険を潜り抜ける必要がある。
もう一枚捲る手は、どこか汗ばんでいた。
ぺらり。
『得々炒飯セット』と穏やかな言葉で表記されているが上のイメージ図には禍々しいほどのもやしとかき揚げ、背脂、海老天、カシワ、卵焼き。それならまだマシだ、だけど、うどんの量が信じられない程に多いのと。薬味がテキトーに付け足してるだろ! と思うくらいに乗せてあった。
あと、炒飯も深皿だし。
………唖然としたが、一縷の望みをかけて、他のメニューを探すも何故かセットでしか注文できないらしい。
ここが個室である意味も分かったし、何故繁盛しないのかその理由も何となく分かった。ここは、気安く立ち入っていい場所じゃ無かったのだ。大食い専門店なのだ。
ただ、入ってしまった以上、出るのも失礼な話だし、オレが神様に店を委ねた手前もあるからな……此処は、二人で食べる提案をしようか。そうすれば_______
「私、この『流石にウチでも大盛りとしか言えません、帰る際はお気をつけてセット』にするぅ!」メニューのイメージ図はモザイクが掛かりそうなほどで、逆流性食道炎を触発させかねない手加減の無さだった。
「ううぅ〜〜、うえぇーー」気持ち悪くなって、目を逸らした。
「大丈夫?」あんたの頭がな!
「えぇ〜、美味しそうなのに!」それ、味とかが醍醐味じゃなくて、ボリュームだろっ!
「いいじゃん、お腹空いたんだから」
「半分子にしません? 勿論、別のメニューで。予算も結構キツいんで」
「うぅ〜、甲斐性がない男だなぁ〜」甲斐性がないと言える奥様は、倹約と節制をする素敵な方だけなはず。
「あんたが、意味のないインテリア買ったのが悪いんだろが!」つい、気持ちが溢れ出る。
「はいっ? あの子達に囲まれて暮らす生活を否定する気? いいよ、もう、親権は私が持つから。あと、あの家は私が貰うからね」
離婚調停? の嫌な現場みたいな言い争いをいくつか続け、オレ達は、お互いの妥協点を探して二人で食べれそうなメニューを頼むことにした。
注文を待つ間、神様はブツブツと子どもみたいに僻みながら唇をトンがらせていた。
メニューが届くなり、神様が注文していたとりわけ皿に五分の一ほど取り分けて渡してくれる。通常なら比率バグってんのか! と言い争いが再発しそうだが、ちょうどいい量だった。
オレは、油まみれの揚げ物を食べていく。
量だけの男料理が美味しいはずがな……予想以上に病みつきになるほどの味だった。
パクパクと食べながら、油でコーティングされたうどんを食べるも喉越し良い食感が癖になる。
たまらず、オレは、絶妙な組み合わせの料理を食べていくも……お腹に嫌な胃もたれが通常なら襲ってくるのだが……ない。
?
オレは、飲み干すように食べ終えると、まだ食べたい……と中毒性が高いゲームに取り付かれたように神様のうどんへ目を遣っていた。
「ううーん、油ウマウマぁ〜〜。この出汁も絶妙で、うんまぁ〜………」オレの目線と思考に気付いたのか、うどんの容器とサブでついてきたオムライスをずらす。まるで我が子を守るゾウのように逞しい目つきだった。
「………また、今度一人で来ます」
手元にあった水を喉へ流し込んで、窓の外を眺めるとくすんだ世界の中に飲み込まれた薄黒い病院が見える。
オレは神様が完食するまでの間、先ほどあったことを思い返していた。
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