第16話 兄貴。
エレベーターの中、兄貴にオレと神様は自分の名前を伝えるとすぐに病室があるフロアについた。やはり、独特の匂いとさまざまな人達が生活している。
兄貴の部屋は五階で、フロアの看護師へそれを伝えると、ストラップ付き名札をもらい、そこには『お見舞い』と書かれておりよく見れば、いもう……暁さんも首からぶら下げていた。
グフっ……危ない、漏れるところだった。
大部屋なのかと思ったが個室部屋のようで、入るとシンとした雰囲気だ。兄上は、ベッドに座ると松葉杖を器用に端へ置き、ベッドに潜り込む。横に置いてある上下ボタンを押すとウィーンと丁度いい斜め六十度ほどになる。
オレと神様は窓側の席に座らず、廊下側の椅子へ腰掛けた。
窓を暁さんが開け、空気の入れ替えをすると、窓側の椅子へと腰掛けた。窓際の近くには、車椅子があり、通常はコッチで移動しているのだろうな。
「ごめんね、ふたりとも引き留めて」再度謝ってくるがオレ達からしてみれば寧ろ、有り難い話だった。
ただ、兄貴の見舞いをしていた、なんて謎でも何でもない。だからこそ、オレ自身不安だった。神様がそれだけで終わる筈がないと理解していたから。
「いや、いいよ。それよりもお兄さん居たんだね」
「あっ、うん。二階堂さん達には話してます。……結構前に」
「うん? 二階堂? 二人以外にもまだ友達いるのか?」
何気ないその言葉がオレの違和感を生み出した。ほんの少しの違和感。兄上が浮かべた冗談っぽくない表情に……違和感を感じていた。
「いるよ。私そんな友達出来なそうに見えるの?」薄らと口角を緩めて話すも言い終えるとすぐに口をぴたりと閉じた。
冗談めかした言い方だがどこかその先を行かせないように話を変えているように思える。
「見えるも何も、学校の話してくれないじゃないか」
その違和感の正体に気づく。
オレや神様に兄の存在を言わなかったのは分かる。なにせ、最近関わるようになったから。だが、オカシイのはそこじゃない。
二階堂達に兄の存在を話した事から、兄がいる事を言うのが恥ずかしかったとかが理由では無いことは伺える。なのに、なぜか、兄貴がその友人の存在を知らないことが違和感だったのだ。
言うなれば、兄貴に学校の近況を話さないことに違和感があったのだ。
友達がいる、と言っても何も影響がないし、寧ろ、友人がいると言った方が安心の材料になるから家族にそれを言わないのは不思議と言える。
高校に一年間いたのに友人の話題を避けた理由。それに大きな謎の入り口があるように思えた。
神様は、何も言わずただ前を向き、ほんのりと口角をあげた。
「いや、それは……」暁さんの目が泳いでいて、どうしようかと悩んでいるのがすぐに分かった。
「ふっ……、いいよ、朋恵。こうやって、朋恵に友人がいるって分かっただけでも嬉しいから」満面の笑みで微笑んで、ほんのりと目尻を下げた。
だけど、暁さんの俯きがちな目線は変わらず。隠したい秘密がある小学生のように、両手を擦り合わせてモジモジしだした。
「朋恵さんは、友達たくさんいますよ」神様が話を止めるのを許さないように話を繋いでくる。……普通に考えれば、兄貴に心配をさせない心優しい同級生とも取れるか。
「おっ、そうなんだ。それは、本当に嬉しいことです」自分ごとのように喜びを隠せない兄貴につい、自分の頬が緩む。良い兄貴だな。
「おっ……
何の一言も発していないのに、お互いの熱い瞳で理解しあった。
この世には、『妹』という人類の宝が存在すると。
だから、人は憎しみも怒りも胸に抱くも、安らぐのだと。
その苦しい感情を癒す『妹』が居るからこそ、世界は平和の礎を保つ事ができているのだと。
世の中に『妹』が一斉に居なくなってみろ、忽ち世界はジェンガの支柱が引き抜かれたように豪快に崩壊していくだろう。
オレ達は、無意識のうちに手を取り合った。
硬く、堅く、想いを確かめるような握手を。
「兄は、いつも通りなんですけど……明智さんってこんなひとでしたか?」
「っ……私も今後の付き合い方考えるかな……」呆れたような低い声で話し、最後は苦笑いを浮かべていた。
「閑話休題………です」
ピシャリと両手を合わせて、暁さんがジト目を放ってくるので、オレ達は握手を外す。
あれっ、何でオレ、男と握手なんかしてんだ。
浦島太郎が現実に帰還して、竜宮城というあり得ない夢だった事に気づき歳を取るみたいにオレはゾッとする。それも眩しいほどのイケメンと……待て待てっ! オレは、そっちの気はないゾッ! 無いよな……。
『それは、流石に予想外……、でも、意外に……アリかも。へヘェっへへっ』
ねぇよっ!
「そっそ……それより、明智くんと神さんはどういう形で朋恵と仲良くなったんだい?」頬を赤らめてオレに問いかけてくる、兄貴。……えっ?
首を横に振って、頭の中で怪しげに広がり出した霧を掻き消す。
「……えっと、オレ達は朋恵さんの部活に最近入って__________」
そこから時系列に沿って要点を摘んで話した。だけど、兄上は途中途中で話を止め深掘りで聞いてきた。
まぁ、その止める所は言わずもながな、二階堂という仲が良い男友達の所だ。二階堂の話を聞く度に目元を濡らしていたので、生粋のシスコンなのだと悟った。
話を聴き終えると、『そうかー』と言葉を漏らし、ベッドに背を預けた。どうやら、本当に暁さんから何も聞いていなかったようだ。
「朋恵が……友達か……」兄貴の頬にゆっくりゆっくりと涙が伝う。激情にかられた涙ではない優しい涙だ。頬を濡らす度に目元は柔らかくなる。
それは、いつしかの想い出を逡巡しているように思えた。
横の棚に置かれたティッシュを取り、拭うとテーブルに残骸を置いた。
「私はね、事故にあったんだ」
何の脈絡もない独白がその言葉を皮切りに始まった。
事故______その言葉に喉を詰まらせた。まるで断崖絶壁の観光地で友人が自分の背中をポンと押してきたように唐突すぎて思考が回らなくなる。
「いいや、事故を起こしたという方が正確かもしれないね」
「兄さん……」左足に巻かれた分厚いギプスを見ながら呟いていた。
反対側の右足は問題無さそうだが、生々しい傷が事故の大事さを物語っている。
テーブルの上には、先程のテイッシュと白っぽい薬が一日二錠と書かれて袋に入っていた。
兄貴は、目を細めてほんのりと口角をあげ、自分の生きた身体を見ながら斜め上の言葉をだした。
「私は、死ぬつもりだったらしい」
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