第13話 横にいるのは?

 土曜日の朝を迎えたオレは、カーテンをサッと開けると町中を包み込んだ真っ白な雲がずっしりと浮かんでいた。

 視線を少し下げると木々がフラフラと風に揺らされている。最近は、良い天気が続いていたがまぁ、こういうしんみりとした日もあるよな。


 普段より遅めに起きたオレは、ベーコンエッグと味噌汁、ご飯という有りふれた朝食をとり、他の身支度を済ませる。

 

 今日、父と母はデートに出かけるらしく、家には誰もいない。月三で必ずデートに行くのがこの夫婦の円満の秘訣だという。帰ってくるのも明日の夕方なので、ほんとお熱い新婚みたいな人達なのだ。


 と、それは置いといて、オレも外へ出かけるため、メガネを外し、服を着替えることにする。スマホで気温を確認すると、十七度か。まだ肌寒い季節だな。


無地でホワイトのTシャツの上に燻んだグレーのオーバーシャツを羽織る。


 母さんと買い物に行った際、一目惚れして買った結構お気に入りで適度なハリ感もあり、シルエットもストンと落ちており、圧倒的知性が滲み出る好青年のような一品だ。

 下は、特に捻りもない黒のとろみのあるトラウザー。


 これでいいか。母さんと服の買い物をする回数をこなす毎にオレのお洒落センスも上がっていっている気がする。中学時代にダサいダサいって言われたのが……結構心に響いているのがあるかもだが。


 本革のオートロック式ベルトをカチャカチャとスライドさせ、程よい位置で止める。体が痩せ型のためベルトをしないとダダ下がっていくので必ずつけている。


 オレは、メガネをかけスマホを手に取り、ベッドの上に置いていた黒のボディバッグを肩から掛けて一階へ降りる。


 リビングには、神様が寝転がっていて、何も支度をしていない。

 さっき、用意しろっとあれほど言ったのに。


「神様、早く用意しろ。もう、店開くんだから」ゴロゴロと寝返りを打ってコッチを見てくると目を見開いた。


「おっおい君ぃ、なんだその正装じみた格好はっ!」

「はっ?」


 だるっとした白のパーカーに包まれた神様がオレの方を指さして立ち上がるなり、そう大きく言ってくる。

 ご丁寧にフードの部分を頭に被せているので、破壊力が半端ない。フードの頭に猫耳があってみろ、軽く死んでしまう。


「いや、だからだね。もっと軽装で良いんじゃない? って話。そんな大学一年秋ぐらいでお洒落に気を使い始めました、みたいな服装じゃなくてさ、大学三年の秋ぐらいのスウェットとクロックスで講義受けるぐらいのラフな感じでいいのに」


 何やら、オレの服装のダメ出しというよりオレが普段と違う装いなのに動揺を禁じ得ないようだ。


 てか、大学生の例えを何個かしてくるけど、この人大学生に恨みでもあるのだろうか。てか、大学生ネタを引っ張られてもオレはピンとこないのだけど。


「あんたの横でそんな服着れるかよ」

「……」

「あ……いいから、早く用意しろよな。玄関で待ってるから」


 しまった。言わなくて良い事を、つい口に出してしまった。オレはその場から逃げるようにリビングを抜け、玄関マットのところで立つ。

 叱られて廊下に立ってろ、って言われた生徒みたいに放心状態で突っ立ていた。


 落ち着け、落ち着け。

 相手は、神様だ。


 ルックス、スタイルが最高峰の女子高生だが、中身は神様だ。

 間違えんな、オレ。


 自分に自己暗示をかけ、『カレー味のうんこ』だと何度も唱える。

 


 五、六分ほどすると、足音が聞こえるので足元に目線を落とす。するするとオレの横を通り過ぎ、真っ白のスニーカーを履く。


 その際にすらっとした足筋が見えて息を飲むと同時に顔を背ける。微風がその際に感じ、それと共にミントのような爽やかな匂いでありつつもほのかに甘い匂いも漂ってきた。


 彼女は履き終えるとクルッと向くので自然と見てしまう。

 お尻の方に両手を隠し、上半身を前屈みにして「いこっ」と弾んだ声で言ってくる。


 オレは、うん、と頷くしかできなかった。




 どうしようか。


 その余りにも思考が混濁してその言葉を心の中で呟くことしかできなくなったオレは、澄み切らない空を眺めていた。


 町の中を歩く喧騒には慣れたつもりだったのだけど、普段以上に横に連れている美少女に視線が集まり、悶々としていた。


 ショーケースのガラスをチラッと見ると横に連れた神様が気怠そうに欠伸をしていた。だけど、その欠伸すら、可愛いと思ってしまう。


 ピンクで大きめのカーディガンを羽織り、足首より上まで伸びたひらひらのホワイトスカート。手には小振りのショルダーバッグを持っている。なんだ、この破壊力。


 ガラスに映った神様はオレの思考を読んだのか、ニヤッと笑う。


『あらら〜、大学一年生春コーデにキュンときたのかなぁ〜? 田舎男子が都会の大学で女子の大人っぽさに惚れたみたいになってるのかなぁ〜?』


 だから、しらねぇんだよ、大学生あるあるわっ!


 ガラスに映り込んだ、悪魔を、目に近いレンズから逸らす。


「服は、あるようだから、良いんだろ?」先週の週末、母さんと楽しそうに買い物していた。

「うん。圭吾を惚れさせる服は一式揃えた」くそっ、オレの好みとか手に取るようにバレてんのか。


「だったら、自分用の歯ブラシや箸、コップを買いに行くか。あと、綺麗なシーツや布団類が一番大事だ」

「はいはい」


 つまらなそうにそう返事をするとまた欠伸をする。

 この人、現実世界も寝不足なのだろうか。まぁ、そりゃこの世界を構築するのとオレ達との会話を頭の中でしているんだろうから、相当エネルギーを使うだろうしな。


 作者の作業を無視をして、オレ達は大型デパートの中へと入っていく。


 やはり土日ということもあり、駐車場はほぼ全てが埋まっており、ウチの町の繁華街で一等地なのはこれを見れば分かる。

 この付近には、ある程度の娯楽施設や飲食店、病院、交通機関などが密集しており、田舎のコンパクトシティの重要拠点と化している。


 種々の店が軒並み、たくさんの客が往来し、大切な人と時間を過ごす。若い学生達も散見された。部活帰りに中にあるカフェで駄弁ったり、イートインで飲食をしている者も多くおり、学生の憩いの場になっている。


 大丈夫かな。

 何も考えずこの目立つ神様を連れてきて、お洒落着を身に纏わせたら、政明せいめいの生徒にバレないだろうか。一抹の不安どころか、嫌な汗が出るほど心配だが……。


「ねぇ、この布団、モチモチしてない?」

「あっ?」


 オレ達は一角にある家具やインテリアの店にいた。ふかふかのベッドの上にあった布団をぐにぐにと手で触っている。

 オレは近づいて触ると、確かに弾力がすごい。この中で寝たらさぞ良い夢を見られるだろうな。しかし、値札を見ると、ウン万円。


「……もう直ぐ、夏ですからね。薄くてひんやりした素材の方が良いんじゃないですか?」

「………私には暑さも寒さも関係ないんだけどね」そう呟きながら、薄い布団の方へと歩き出した。


「………」神様が感じる五感はすべて無意味なのだろうか。


 オレは、ゆっくりと手を握る。自分にはこんなにも肌の感触と生きている感触を味わっているのに。


 貴方が呟く一言は全て幻想なのだろうか。


 暇潰しと神様は言っていた。であれば、オレは、彼女に何をしてあげられるというのだろうか。このひと時の暇すら下らない時間と思っているのかもしれない。


「っちょっと、ねぇねぇ。これすごいよぉ〜裏と表でひんやりしたのともっちりした生地の二層に分かれてるよぉ〜!」


 生地のサンプルを触りながら子供のような目をして、はしゃいでいる。それがオレにとって本音なのか演技なのか分からないでいた…………ほら、答えてくれない。

『……』


「へぇ〜、触らしてください」サンプルの生地を触ると思った以上に涼しく、快適な夏ライフを過ごせるかもしれない。ちょっと肌寒い時は裏返しにしてもっちりした布団に包まれる。うむ、完璧な布陣だ。


「ほらっ気持ちいいでしょ? これ買う!」

「ほんとだ、オレもこれ買います」

「うわっ、アイドルの私物を同じく揃えるヤツみたい」

「じゃあ、オレはコッチの少し高いヤツにします。真似しないで下さいよ」

「卑怯なヤツだなぁ〜」


 顔を見合わせてフッと笑い、神様はへへぇっへへっっと不気味に笑う。


「じゃあ次は……シーツですね」二人分の布団を手に取ってカゴに入れた。

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