第12話 予想外の真実。
偏見の塊女子から逃れるために、生きた心地を感じるために、自分の進路を狭めた事に後悔しつつ、文芸部のドアを開ける。
涼やかな春の風が髪を靡かせた。カーテンのレースがひらひらと舞い、空気の出入りを歓迎している。その快適な空間を二人の男女がホワイトボードを使い、作品の批評をしていたようだ。
「入部届出してきた」
「よかった。よろしくね、本当に嬉しいよ」弾んだ声で二階堂が喜ぶと暁さんも微笑む。
坂本と西園寺さんはいない。
坂本も西園寺さんも月曜日と木曜日は部室に来ない。坂本はバイトの為に来れないし、西園寺さんも月曜と木曜は写真部での活動があるから来ないのだ。よって、木曜日である今日は、オレ達四人の日だった。
席に着席し、荷物を置くも二人は真剣に話を作ろうと喋っている。その光景から目を離し、神様へ向ける。
「題材どうするの?」
「……題材か」
話の流れ的に文芸部に入り、彼らとライバル関係になる所までは良かった。ただ、そこからどう彼ら彼女らの深い芯まで潜り込むのは考えていなかった。
『えっ……デートの待ち合わせを決めたクセに『どこ行こっか?』って言いってくる男じゃん。彼女に私の事大切にしてくれてないんだ……って思われて浮気されるタイプの彼氏じゃん』
うっせ……てか、浮気する彼女も悪いだろっ!
『うわっ、DV持ちのサイテー彼氏に
思考を整理したいだけなのに、わぁーわぁー言ってくるので人の三倍疲れる。額に右手を当てて軽いため息が漏れる。
ここは、打開策を練る為に人を頼るか。
「二階堂は、どのくらい進んでんだ?」
「僕? うう〜ん、大体七割ほどで……あっ、ごめん、今はミステリーを描いてるんだ。そのヒントをどう前半に散りばめるかを暁さんと話してて」
優等生二階堂のミステリーか……考えるだけで面白そう。
確かにホワイトボードには
フーダニットの横には、①と書かれており、一ページ目に誰が犯人なのかの大事な鍵が隠されているようで意外に大胆な発想から益々楽しみになる。
それにメインと丸印で書かれているのは、ワイダニットで、トリックと言うよりも何故このような事件を起こしたのか……その事に力を注いでおり、結構練られて考えられているのが分かる。
「二階堂さん、凄いんですよ。人をどんどん殺していくんです!」
「ハハハ」乾いた笑いだった。
暁さんに『言わないでよ』と呆れた笑いのようにも取れるし、血も涙も無い猟奇殺人鬼の狂った笑いにも見えてしまう。
オレの体は、ブルっと震えた。
桜色の木漏れ日が一瞬青くなったように見えた。
神様、まさか、二階堂を連続殺人鬼という設定に⁈
『彼は……悲しい生き立ちでね。幼少期、捨て子だった彼は養子として老夫婦に育てらたんだ。だけど、彼が養子で自分の両親がいないと同級生に知れ渡ると迫害のようなイジメにあった。子どもというのは無知で残酷な一面を持つからね』
……。
『ボロボロのポロシャツや血で染められた頬や
へっ?
『その老父婦が彼を追い詰めていたんだ。いじめを唆すように親なし子という事実を流布し、身体的・精神的に彼を追い詰めたのは他でもない、老夫婦だった。家へ帰ってきてもまるで玩具を扱うように粗雑に、ボロ雑巾のように家事をすべて彼に任せた。老夫婦は、理解していた。逃げ場が無ければ助けを求めず、自分達の思うが儘に操れる悪魔の手法を。
そう____________彼は最低最悪の養親に育てられた。
そして、そんな劣悪な環境は彼を不安定且つ洗脳的に心を蝕んでいった。自分は、こうなって当然の人間。親がいない生きる価値のない人間だと』
二階堂……。
『だが、そんな彼に転機が訪れた。自分がいつものように殴られ、誹謗中傷を浴びせられ、涙も流さず淡々と近くの公園で汚れた体操服を洗っている時だった。________何してるの? 君? 振り返れば、一人の綺麗な女性がそこにいた。ただ、彼は何も話さず、無我夢中で体操服にこべりついた汚れを取ろうとする。______貨して。あまりにも意味の分からない言葉に彼は丸目をしながら手に持っていた服を取られた。
_______大丈夫よ。彼女のその何度も紡ぐ言葉に初めて初めて目の淵から涙が溢れた。溢れた涙は、幾つもの涙を引っ張っていく。そこで彼は初めて人の温かさを知った』
うわぁ〜〜、良い人すぎる!
『次第に彼は彼女と打ち解けていった。大学生の彼女は時間がある限り彼に強さと言葉を教えた。立ち向かう強さを。彼に取っては、幸せな時間だった。生きる意味だった。だけど、そんな生活は長くは続かなかった』
えっ?
『ある日、老夫婦の自宅へ帰ると妙な静けさがあった。彼は恐る恐る、リビングへ足を踏み入れると血生臭い匂いが襲う。悪寒と胸糞悪い心臓の鼓動が彼に動揺を与える。その時、微かな声が聞こえた。その声を見逃さなかった。彼はその弱々しい声の元へ近づいた。そこには、血塗れの老夫婦と彼が唯一心を開いた彼女が横たわっていた』
おいっ、嘘だろ?
『老夫婦を見ると明らかに脈がなく死んでいた。出血死であった。だが、彼女は微かな息をしており、直様救急車をかけようと固定電話まで走ろうとした。だが、彼女に腕を握られた。その手は驚くほど冷たく、力強かった。もう彼の目には大粒の涙がたまりに溜まっていた。
______ごめんね、君が自由に生きれるよう説得したんだけど……こんな結末になっちゃった。彼女のお腹には深く刺された包丁が突き刺さっていた。
彼女の手に微かな力が入ったのを感じる。
______君は、これからの人生、いっぱいいっぱい楽しい事しなよ。
_____良い人たちに囲まれて、笑って、楽しんで、そして__________』
『彼女は、最期まで彼の為に言葉を紡いでいた。自分の腕を掴んだ手が離れた時、彼はその手を大事に大事に握った。彼女の手を握った。唯一の理解者である彼女を失い、彼は叫びながら泣いた。泣いた、血が出るような涙を流して』
……。
『彼は、ふらっと立ち上がり、決意した。この世は狂っていると。この世は間違っていると。強い人が、正しい人が割を食う世の中だと。彼の瞳には禍々しい暗闇が潜んだ。自分の右手の感触は今も残っている。その右手を再度握り締め、生きる事に決めた。彼女が最期に言った言葉を胸に秘めて________
彼は、間違った世の中を自分の手で正す。そう誓った。
言葉で分かり合えないなら……この手でやるしかない。
近くに落ちていた血みどろの包丁を拾い上げ、悲しそうに笑った』
二階堂っ! 何でそうなるんだよ! 違うだろっ、彼女は確かに人を殺(あや)めてしまった。彼女は、対話の選択肢を試みるも、最終的にはその誤った選択をしてしまった。だけど、それしかこの世が良くなる方法が無いってのはちがうよ………、彼女はそんな事を最期君に伝えたんじゃ無いだろっ。
自分の心が分からなくなる。
二階堂に同情する点もある……だけど、彼女の最期に伝えた言葉にはそんな暗い過去の復讐じゃなくて、未来の明るい明日を言ったんだろうが。自分が死ぬ最期まで君を正しい方へ導く為に君の腕を握ったんだろっ……何でだよ、二階堂。
『…………言いづらいけど、作り話だよ』
そりゃ、愛する人を失って過去が君の最良の時だったかもしれない、これ以上ない楽しい時間だったかもしれない。だけど、それじゃあ胸に空いた穴は一生埋まらないだろうがっ。
『あのー、パパッと作った作り話です。父親が作る炒飯ぐらいパパッと作ったんで、そこまで感情移入されるとコッチも辛くなるんですけど?』
………はい? 今、なんて?
『いや、だから、二階堂史明にそんな裏設定無いって』
……あの神様。
『うん?』
結構長尺で話してましたよね?
『うん、なんか色々と想像がドバドバ出てきて、気づいたらなんか物語作れてた』
……はぁ〜、まぁ、いいか。
溢れ出しそうになった涙腺をアホらしくて引っ込めた。
ふたりはキョトンとしたような顔でオレ達を見ていたが、暁さんが言葉を紡いだ。
「ただ、結構悲劇の殺人でして。最愛の人が死ぬのを看取ったことがワイダニットですごく感動的で繊細な犯行だったんです」
「『えっ!』」オレと神様は一緒に目を見開いて驚く。
「どうしたんです? ふたりとも?」
「いや、それで。なぜその人は犯罪を?」暁さんはオレの切迫した声を聞き、二階堂へ苦笑いを向けると、二階堂が首をぽりぽり掻きながら答える。
「えっと、昔助けられた恩人の女性は死んでいるのだけど、その彼女も悲惨な生い立ちをしててね。その復讐の為の殺人を彼は行ったんだ。彼女を苦しめた人……計四人を殺して」
オレの心にうっすらと確信に満ちた答えが出てくる。
……神様、あんたの考えた物語、二階堂が作ってたぞ。
『うぅ〜やっぱ私の作り上げた主人公だからね。似た思考になるのかも』
「二階堂」
「なに? 明智君」
「その作品出来上がったら、楽しみにしてる。だけど、一つ聞かせてくれ」
「えっ……うん」オレの真剣な口調に少したじろいでいる。
「彼は、彼女の復讐をして満足したのか? 空いた穴は満たされたのか?」
「ううん、満たされないよ。……人を殺して死んだ彼女は、決して自分を貶めた復讐をしなかった。それをこの物語の主人公が彼に悟らせる。ただ、唯一彼女の過ちとすれば……彼を自分と重ねてしまった事だろうね」
「それが……彼女が殺人という卑劣な行為をした動機だということか」
二階堂は無言で頷くとオレは感嘆を漏らした。自分では思い付かないストーリーを思い付き、それを小説にする彼の才能に脱帽した。
勿論、まだ完成したのを見ていないが、彼がどう物語を紡ぐかをオレは楽しみに待つ事とした。
『史明は、時間かけて作ったみたいだね。私は、一瞬で思いついたけどぉ!』
「二階堂がミステリー、暁さんは?」正直、投票で勝負をつけるのだから作品をどの方向性で作っているのかを言うのはリスキーだろうけど。気になったので、聞いてみる。
『無視には慣れましたぁ〜』
「私は、心温まるお話をもう作り終えてます」明るい話か、ピッタリだな。
「暁さんは、去年から物語を作っててね。時間を持て余してるから、助言をこうして貰ってるってとこかな」ホワイトボードをコツコツと当てて二階堂が笑う。
「春夏秋冬ですから、二階堂さんにも春をイメージさせて作ってもらいたいので、チラホラ春を取り入れて欲しいのですけど、二階堂さん分からず屋で」プクッとほんのり頬を膨らませてジト目で見つめていた。
「ちょっと待ってっ! そこだけ切り取ると、そうだけど。だって暁さん、無理やり殺した後に意味深な桜の花びらを置こう! なんて結構頭悩ませること言ってくるから」何やら、楽しそうに執筆で悩ませているらしい。
二階堂の言葉に続けて暁さんが首を小刻みに振って、また話し出している。
二階堂に結構フランクに話しかけている暁さんをみるけど、他の人にはここまで素を出している所見たことないな。それ程までに二階堂を大切な友人と思っているのが分かる。
オレと神様は、それを温かな目で見ながらフッと笑い、題材をどうするかを言わなくても察した。
暁さんを最初に攻略しようと。
そして、彼らより票が取れる作品を作ろうと。
次の週の金曜日に至るまでオレ達は手付かずのまま、文芸部の一日を終えた。
暁さんに詳しい作品の話を聞くと、二階堂とは真逆の人が死なないようなぽかぽかとのほほんとした日常作品を作ったと言う。
ただ、何も起こらないかと言うとそうでは無く、登場人物の謎が結構散りばめているようで、それが次第に紐解かれていき最後にはもう一度最初から読まずにはいられなくなると言う。
結構、自信満々に言ってくるあたり期待して良いだろう。
金曜日の文芸部は全員で帰るのかなと思っていたが、暁さんは部活が終わる三十分前に『帰るね』とだけ言うと全員はいつも通りなのか『バイバイ』と用事を聞かずに手を振っていた。
その暁さんの用事を帰り道、神様に尋ねるも煙に撒かれていた。
だからこそ、そこに
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