第3話 完成された世界。

 予想通り、クラス中の男女が神様……かなえさんの周りを囲み、俺の机が少し左へズレる。それほどまでに皆異星人のように美麗な隣人へ興味津々なのだ。

 かく言う彼女はと言うと、フランクに会話を返しては、冗談を織り交ぜることに成功しており完璧超人に見えてしまう。


 だけども知っている。


 俺が見ている光景すらも彼女の思いの儘だ。


 自分を愛するように周りのモブを設計し、緻密な計算を働かせているに他ならない。


『チッチッチッ、だから言ったでしょ? 人の心の介在はできないって! これが純粋な彼らの私への評価だよ。みんな序列を作ることで社会構造を幼少期から把握し、高層の住人に縋ることで親とは違った自分の階層的地位を引き上げて移り変わろうとする。つまり、世代間異動だね。これを無意識的に試みているのが我々人間なのだよ。何処かで自分の種を繁栄させる、DNAに組み込まれたさがみたいなもんだよ』


 ……、自分が放り込まれた学校は親の能力に起因するものが大きい。

 とすれば、その中で上り詰め、大学・社会人へとステップアップする中の上位を取れば必然的に親が見ていた景色とは違った景色を見れると言うわけか。


『ザッツライト! とはいえ、世代間移動を誰かに頼っているようじゃお先真っ暗だけどね。まぁ、そうしたくなる気持ちも圭吾にも分かるんじゃない?』

 俺へ顔を向けることなく屈託ない笑顔を振り撒きながらも取り巻きと盛り上がっている。それが、余りにも物騒で尻込みしてしまう。


 誰もが上へ上へ向かおうとするのは、生命として当然のことだ。


 ……、神様が来てから何故かこう学問的というか……小難しい事を考えさせられてしまう。

 

 とはいえ、すべからくその理論が当てはまる訳ではなく、純粋に神様と仲良くなりたいのもあるだろうけど……神様自身は穿うがった見方をする事が多い。


『仲良くなりたい本音に、人は利己的な思惑を秘めてる。自分も注目されたい。頭良くなりたい。付き合いたい。ハブられたく無い。仲良くする事で自分の地位や居心地を高める……間違ってないよ』


 この世には、全てが理論や理屈で完結しているという頭デッカチな人がいるが、神様も漏れなくその部類だった。まぁ、オレも其方に近いかも……だが。


 俺はその変化を遂げた世界を見るのを背け、右肘を机に突く。顎をその掌に乗せ窓の外を眺めることとした。




 澱みなく進む日常が恋しいと思ってしまう。


 今までに感じた事がないさわぎようの隣の住人は時折、俺に脳内で取り巻きの分析を事細かにしてくる。こういうタイプにはこう接すると好印象だ、なんていうライフハックを伝授してきた。


 そして、昼休みになると当然事のように女子が群がってきて、『一緒に食べよう』っと神様に伝えていた。ノリよく接してきたからその誘いも受け入れるとばかり思っていたんだけど。


「ごめんなさい。今日は、圭吾けいごと一緒に食べることになっていて」

 周りの人らは『圭吾? 誰だっけ?』なんて呟いている。


 俺は一瞬肩が跳ね上がる。

 脇からナイアガラの滝のように汗が滴り落ち、心臓のポンプがバッコンバッコンと勢いよく拡張と収縮を繰り返す。


 嫌な予感というか……予期というか、確実に押し迫ってくるであろうソレに抗うため、椅子をゆっくりと引く。


 抜き足差し足で彼女の背後を通り抜けようと試みる。


 その一弾指の間、俺の左腕をガシッと柔らかで温かい手に掴まれた。


『圭吾って、亭主関白に絶対ならないタイプだよね』


 ニッコリとこちらを向いた顔はやはり黄金比に沿って綺麗に作られており引き込まれるも、腕もスッと引き込まれる。


「さっ、行こうか、圭吾」


 背後から後の祭りを感じていたのに。

 今ならチャラにできるだろうに。


 腕を引っ張って進む彼女の背中に俺はただただ見惚れて、歩いた。

 あの子の面影が残る彼女はやはりそこにあった。




 涼やかな体育館外の陰に俺はいた。


「はぁ……はぁ…つ」両膝に両手をつきながら頭から湧き出る汗が首筋を経由し、地面へ落下する。

 身体的疲労による発汗だと思いたい。


 夢から覚めたみたいにクラスの惨憺たる未来を想像してしまい逃げ出すように一人走ったのだ。夢とは、一瞬なのだ。


 一人分の近づいてくる足音がする。


「………普通、逆じゃないかい? 男の子が女の子を引っ張って『大丈夫か?』と庇護欲掻き立てられてそう口遊む時間じゃない? 何疲れてんの?」仁王立ちの神様は半目状態で、息が荒い俺へそう無慈悲なセリフを出してくる。


「気疲れだわっ‼︎ ……はぁ……神様といると目の保養……になるけど、身体に不調が出るわっ!」メガネのブリッジが鼻筋に変に乗っかったので元へ戻す。

 勢いのあまり思わず本音がポロリと出てしまった。


「おおっ、上げて落とす指導は指導者としてはグッドだね! 逆だとに乗ってくるから、手の平で飼い慣らす方が丁度いいっ!」サムズアップを右手で作りながら、悪い持論を持ち出してくる。


「飼い犬に手を噛まれてますけどねっ!」


「ドッグランに出てみるかい? 私が犬の装いをしてさぁ?」


「……もういいです」絶妙に噛み合わない話に飽き飽きして体育館外の小階段へ座り込む。


 ひんやりとしたコンクリートの階段が慌ただしい半日を落ち着かせてくれた。

 神様も俺の左横へ少し隙間を開けてピタッと座り、俺に顔を向けてくる。


「はい、いつもの」袋から取り出して俺がいつも食べる三百円弁当を渡してきた。

「あぁつ…」至近距離で話してかけてくんな。いい匂いすんだよ、こんチクショウ。

「何今の声、情けな。ヘヘぇっへへ」

「あんたの独特な笑い声に言われたくないわ」

 そう小馬鹿にするとプク〜と頬を膨らませてくるが気にしない。


 神様は展開を読んでか売店に一番乗りで到着し、買い物をすることに。

 ただ、クラスメイトが俺達を確認するように売店へ集まり出したので、一人走ってここまで逃げてきた。


 俺は、急いで自席を抜け出そうとしていたため財布の必要性をすっかり忘れていたが、神様のポケットマネーでお支払いをしてくれた。


しょくを失った夫婦がしょくにありつけて身を寄せ合っているみたいだね、私たち」俺よりも長く感じる脚を器用に使い擦り寄ってくる。


「ははは」右にお尻をずらし距離を取る。


「笑い方、雑じゃね?」


 正午を回ったというのに日陰なココとは違い、話し声が陽射しでポカポカとした方から聞こえてくる。

 どうやら、校舎の中庭の方で学生たちが日光を浴びながら昼食を取っているようだ。


 いつもの俺はというと、クラスに居るのが居た堪れなくて空き教室にわざわざ移動して食べていた。特段誰かと食べる事に固執する性格ではないため、黙々と十分ほどで食べ終え図書室で本を見繕って読んでいた。


「食べよっか」神様は、ツナマヨマヨネーズ焼きそばソースパンと書かれた珍味の袋を開けて頬張り『うんま〜〜、天に昇る〜〜』と俺の脳内でわざわざ叫んできた。

 それをジト目で見ながら俺も箸をパキッと割って、両手を合わせる。


「いただきます」冷えたプラスチックの中にあるサランラップに包まれたおにぎりを左手で掴む。右手で箸を使い卵焼きを頬張り、おにぎりも食らいつく。あっ、梅だ。


「うんまうんま〜〜〜マヨネーズとソースうんま〜〜」横で調味料の感想しか言わない変梃へんてこな味覚者に俺は本題へ切り込む。


「なぜ、この学校に入学したんです? わざわざ観測者の座を降りてまでする意味なんてないんじゃ?」


「うん? ……私はね、観測者の位置から物事を俯瞰するのが嫌いなんだよ。彼らの位置まで降りて同じ目線で物事を見なきゃ、こんがらがってしまうんだよ」パンを半分残して太ももへ置き、そう答える。


 それが、神様の動機。


 人間の体を用意してまでこの世界へ降りたつ決断をした思考過程という訳か。その判断が俺にとっては全知全能の神らしからぬ行動で、人間味を帯びており親近感すら湧いてしまう。


 だが、それは最終的に自分への利益に繋がるからで、目的が達成すれば俺達とはオサラバと言うことも孕んでいた。


 乾いた微風がオレと神様の間へ流れて来て、丁度いい間が生まれる。



「……神様……は、物語を書く為に俺を利用している。そんな貴方は俺と同じ次元に自分の分身を召喚させた。であれば、貴方が好き勝手動いてを進めれば良いのでは?」


 当然、その疑問が湧き立つ。

 俺の知能の上限を決めている神様であれば俺よりも画期的且つユーモア溢れるストーリーを作れる筈だ。態々わざわざ、俺を起用してまでする最もらしい考えなどないから、そうすべきだろう。


「…ふむふむ。君が周りと関わりをもとうとしない一端を垣間見れた気がするよ」弾んだ声で神様がこちらへ喋りかけているにも関わらず、俺の肩に力が入ってしまう。


「物語……作品は君たちの手で完成させて欲しいんだよ。だから、君が必要。これで良いかな?」淡々と説明してくるも、それが自分には理解出来ない。自分勝手に人を巻き込むな、と神様相手に思ってしまう。


 俺は、他人へ干渉したくない。


 干渉をすると思わぬ沼に入り、自分自身も足を絡め取られる危険があるから。それ程までに人の抱える問題というのは、自分へ不幸を招き入れる門口だと知っていたからだ。


 だから、神様の行動原理を追及し、ゴールイメージを探る。

 何でもそうだが、ゴールからの逆算思考をしなければ無駄に長引くからな。手当たり次第探るのではなく、ど直球にゴールへ持っていくルートを導く為、核心を突く質問を続ける。


「で、俺があの四人に介入して神様は……は何がしたいんですか?」


 太陽が学舎を通り過ぎ、ひんやりしたこの場所を照らし暖める。

 その際に、ふんわりとした春の風が神様の前髪を靡かせるも浮世離れした顔立ちは一層濃い影を作った。



「前にも言った通り、破壊して、作品を面白くする。宿だよ」



 その言葉は今までのどの声よりもドス黒く、冷徹に言い放った。

 眼光にはただただ暗闇にひっそりとした小さな白だけがある。

 その白光りしたたまが今にも消え去りそうで儚いと我ながら柄にもない詩を考える。


「……なぜ、あの四人の日常を奪うんです?」


「奪うか……悲しい言葉だね」ポツリと呟き、手元にある食べかけのパンを見てはこちらへ向き直す。


「________試す……そう、試すって言葉が私にはピッタリきてるかな?」


「それで彼らが苦しみ、踠いても、試すって言えますか」

 神様は、非情だ。自分本位に思えた為、非情な揺さぶりを試みたのだが、強い芯を持って返してくる。


「言えるよ。今のままでは、彼らは何も変われないまま時を過ごして終わる。そして、その解決の糸口を社会は教えてくれない。だから、あの四人はそのまま深い重荷を背負って有耶無耶に生きることになる。きっといつかは見つめ直すって甘い期待という名の地獄に落ちながら気づくんだよ」



「あぁ、もう遅かったんだって」



 淡々と話す神様の顔つきは次第に話す中で真顔になっていった。笑いも怒りも悲しさも無くて心ここに在らずと言った具合に。


 何か言葉を出して会話をしようと思ったが、何を話せば良いのか分からず、正面を向く。


 とすると、彼女は手元にあったパンを食べ始めるので俺も自然に食欲を満たす行為をしながら思考を整理する。


 彼女はこの世界ものがたりの創造主で、詰まる所、作者だという。


 俺の生きている『今』があるのは、彼女が筆を投げずにいる結果なのだと。

 自分の未来は、不確実で希望に満ち溢れているとばかり思っていた。

 だが、そうでは無かった。

 終着点を誰かに決められたレールを歩いていると知れば、誰だって戦慄する。


 今までの、自分の人生とは何だったのだろうかと。


 俺の人生は彼女の構想の上にあり、彼女の気分次第で生み出された単なるNPCでしかない……仮にだ、このストーリーの主役が自分であれば、幾許いくばくかは気が晴れるかも知れない。


 でもな、蓋を開ければ現実ってのは余りにも残酷で、俺は一介のモブキャラに過ぎないらしい。主人公であり、メインは今朝眺めていたあの四人だった。


 そして、俺は彼らをさらに引立たせるための駒でしかない。盤上に偶々いた駒を巧く使い、この物語を発展させる……そんな存在なんだ。


 自分のちっぽけで粗末な生き方を彼女に否定された気がした。受け入れきれる筈がない真実に俺はようやく今日、一歩前へ進んだ。

 彼女と対話する道を選び、未来を閉ざさないようにする為にも。


 俺が足踏みして神様の機嫌を損わせると、この世界が崩壊するかも知れないという考えもあるからだ。ただ、それよりも俺が前へ踏み出そうとしたのは、自分を否定させない為だろう。


 過去も現在も未来も彼女の手の中にあるのではなく、この俺の手で進んでいる実感が欲しかったから。


 もう誰にも、俺の未来を邪魔されないための意味ある投資で、神様のお遊びはさっさと終わらせよう。


 最後の一口であるおにぎりを口へ入れる際に神様の顔を盗み見たが、幸せそうに口元が綻びながらパクッと食べていた。



 おにぎりのサランラップを包めてプラスチックの容器に捨てると、横から視線を感じたので首を動かす。


 ……俺の食べている弁当に興味があるのかジーと見てくる。


「……あげましょうか?」


「いいっよ、食べな……うん、私には気にせず、食べな」ぎこちなく俺の食事を促してくる。少し食べづらくなるも、軽く頷き唐揚げを口へ頬張ろうとすると。


「あ……」


「……」赤ちゃんみたいな喃語が聞こえため、手が止まるが、気にせず口の中へ入れる込む。

「……って言ったけど、食べるんだなぁ〜、あげないんだなぁ〜っては思う」


「……モグモグ……ごっくん」横にいる神様をジト目で見ながら咀嚼し、飲み込む。弁当の残りはマヨネーズがプリッとあるので、神様へ容器を渡す。


「えっ、イイの⁈ 神じゃん!」


 そう言うなり、人差し指を使って満足そうにマヨネーズだけを食べ始めたので、『あぁ、俺を生み出した神がコレだからか……』と自分の歪みようを理解することができた。

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