第4話 残酷な神様。
昼休みの終了間際にクラスへと帰還したため問詰められる事が無く済んだが、男性陣からの視線が痛い。
女性陣としてもイケメンにベタベタするとイライラが増すのだろうけど、俺みたいな冴えない奴と仲良さそうにするのはイイ意味で好感度が高くなっただろうな。
残りの三限をいつも通り淡々と受け、帰りの会へと移っていた。
「あぁ〜坂本、西園寺。
先生は、声高々に級長と副級長へ指示を出すと坂本と西園寺さんは互いにアイコンタクトを取って『はい』と嬉しそうに返事をする。
「よろしくね、二人とも」二人へ声を高くしてお願いするとともに、友好関係を築きたいという好意も
流石。この場で無視を決める事や軽くお辞儀する事よりも、好意を表現するスマートな返しが好まれるのを分かってらっしゃる。
彼ら二人は、このクラスで圧倒的な存在感とリーダーシップがある。
彼らと親密に成ればなるほどクラスメイトは悪い奴じゃないと判断し、神さんをクラス全体で歓迎する空気を構築できる……差し詰めフィルターみたいなものか。
『彼らはフィルターの役目を担う苦悩と使命感を感じているだろうね。自分の一挙手一投足がクラスに影響を与えてしまうのだから。……圭吾のフィルターは腐ってるけど〜。へへぇっへへ』
俺を小馬鹿にした三日月型の口元になっている。その光景をクラスメイトはただ、『可愛い』と思っているだろうけど。
若桜先生が教室を出ると同時に各々が自分の居場所へと散っていく。
それは、転校生が来た今日に限っても例外ではなく、半数の生徒が居なくなり、もう半数も帰る支度をしていた。
俺も自分の居場所へと帰る為、机を整理してると、先程の二人が転校生の元へ寄ってきた。
「神さん、今日は話しかけられなくてごめんね」
一眼レフを首にかけた西園寺さんがまずは挨拶できなかった点を謝る。
今日一日の光景を見れば話しかけられる状況ではないし、割り込んで話し込むのも厳しかっただろう。
それにもかかわらず、副級長として転校生に居づらい環境を作ったのを謝っているのだ。
「ううん、コッチこそだよ」身振りしながら相手を気遣う。
「……明智と神さんって幼馴染なのか?」突然、俺の名前が出てきて俺は右をチラッと見てしまう。級長である坂本が純粋な興味で神様に向けて質問していた。
「……まぁ〜、そんな所かな」神様は俺へ振り向いてニヤリと笑い、目を細める。
うむ、なんとも嫌な予感。
「……そうか……明智、今日時間があるなら、一緒に学校内を回ってくれるか? 神さんも今日会った俺達二人でいるよりも緊張せずに居られると思うからさ」転校生を気遣っての素敵すぎる配慮が彼を級長足らしめている。
「あぁ、そうだね。うん、もし良ければ明智君も来てくれると嬉しいかな。勿論、予定があるなら無理でもいいよっ」同意をしつつ、俺が帰るという選択肢を選んでも仕方ないという状況を作ってくれる。
三人の視線が俺に集まり答えを待つ。
今までの俺だったら、即刻NOである『ごめん、今日は……』ってぎこちない断り文句を添えて足早に帰宅していただろう。
だが、今は彼らと親密になり、彼らの抱える問題を解消し、神様の思い描くストーリーを進める必要があった。
意味のない時間を浪費させられるのは御免だが、早々にケリをつけるための投資として考えれば、嬉しい提案……か。
「……いいよ。今日は特に予定ないし、それで神さんがいいなら」級長と副級長は驚いた顔を覗かせるだろう……そう思っていたが、嬉しそうに『よっし!』と二人で顔を見合わせる。
「私も……圭吾にも来てくれると嬉しいかな」
「じゃあ、行こうぜっ! 明智、支度しろよっ」明るい声で坂本はそう言い、俺がカバンに教科書とタブレット端末を詰め込むのを待ってくれる。
視線を鞄と教科書類へ戻す。
「……」俺はどこかで彼らは気遣いのために誘ってくれているのだと思っていた。
神様と仲が良いであろう俺と一緒に校内を回った方が神様も安心するであろうから、声を一応かけておく。どうせ、断られるにしてもある程度の体裁として投げかけとこうか。そんな打算的な思惑を秘めての提案だと薄汚く思っていた。
『だから、言ったろ。圭吾は彼らを誤解してるって』
優しく包み込むような声音が俺の脳内に再生される。
自然に俺は、視線を自分の前へと戻し、いつもはしない置き勉をして立ちがった。
校内には体操服やスポーツウェア姿の学生達が部活道具を肩にかけて仲間達と愉しげに歩んでいる。窓の外を見れば、カップルや友人と共に仲睦まじく帰る姿も散見される。これぞ、華やかな青春の放課後といった景色だ。
「ウチの高校は文武両道ってのがモットーだから、部活には一年で絶対に入らないといけないんだ」その光景を見回している神様に向けて歩きながら西園寺さんが早速説明し始める。
「あぁ、そういえば、校舎に懸垂幕で色んな部活の『初出場』『二連覇』とかあったかも」
「うん。結構ウチは強豪の部活動が多いから、皆放課後になるとスイッチを切り替えて部活に励んでる。だから、どの部活入っても楽しめると思うよっ」女性陣が前で歩くのを後ろ二人で眺めていたが、坂本は俺に話しかけてくる。
てか、横を歩いてみると、高いな……カッコよ。
「そういえば、明智って、部活は?」
「俺は一年の時に、将棋部を直ぐ辞めて……今は帰宅部だ」
「へぇ〜、将棋か。明智、強いのか?」
ここで辞めた理由を聞かない辺り、自分もバスケ部を辞めた理由を聞かれたく無いから聞けないでいるのか、ソレとも単に興味を持っただけか。
「まぁ、入った時に十人ぐらいいたんだけど、全然相手にならなくて辞めたぐらいには」
「おおっ、ツェじゃんかっ! 今度勝負なっ」
「……考えとく」
ニカっと笑って子どものような言葉を放つので、俺とは別人だなと思ってしまう。何も面白くはない筈なのに話す人と自分が楽しむ為に作る笑顔を俺は作れやしない。
今の俺はいつだって自分の為に行動する……今の俺は、か。
目を逸らして思考を巡らせていたら、坂本が俺の耳の方へ右手をそっと出して、ポツリと呟いた。
「穴熊囲いは
将棋に精通した人間が発する言葉を真剣な顔で言ってくるので笑いが溢れてしまう。
あんなにも愉しそうに勝負を挑んできた癖に妥協するの早すぎだろっていう笑いと結構将棋知っとるんかいという笑いが俺を襲ってきて耐えきれず笑ってしまった。
「シャッタぁーチャンスだぁっ!」その叫び声と共に俺の前で閃光が走る。
目が光で覆われて霞んでしまうが、目の前には一眼レフを右手に添えた西園寺さんが口元を緩ませて笑っていた。
「おい、美玲ぇ」声のトーンを下げ坂本が注意する。
「ごめん、つい、良い絵だったから……ほらっ」一眼レフを下に向けて撮った写真を見せようとしてくるので、興味本位に覗いてみる。
俺がクシャっと笑っており、本当に自分か? と疑いたくなるほどに満面の笑みだった。目を細め、口角を最大限まで上げている。表情筋が動いているのが目に見えて分かった。
スマホなどでも写真は撮れるから正直、カメラなんて過去の産物とばかり思っていたが明らかにきめ細かく現実を映し出しており、その性能の高さが伺える。
「圭吾っ、良い写真だから貰ったら? お見合いの写真にでもさ」
神様が冗談のつもりに言ったのだけど、写真を撮った本人は無言で口を結び頷く。まるで本当にそうしなよっと賛成している感じで。
「……じゃあ…もらっとこうかな」あまりにも西園寺さんが頬に丸みを持たせて目で訴えかけてくるので安全牌としてそう決断した。……英断だろうか。
「うんっ! 明智君の花嫁さんになる子はきっとセンスある子だから大事にしなよっ!」
「おまえなぁ……」呆れたような声を窄ませて坂本は肩を竦める。
華やかな周りの笑顔に俺は心拍数が上がるのを感じた。
そこからは、授業で使う教室や体育館、図書館をメインに回りつつ、学校の校則や部活動はどんなのがあるのかを話して歩き回った。
転校生である神様は、当然学校を作った作者だから当然分かっているし、坂本と西園寺さんの事も当然親のように知っているのだけど、二人からの案内を嬉しそうに聞き入っていた。
おそらく、子ども達が学校を親に紹介するような感覚で聞いているのだろうな。
そんな神様は終始二人を柔らかい目つきで頷いていた。
親か……という事は……俺は神様の息子ということか?
『ナイススケベ発想! ベッドの上で、真ん丸の目を作りながらバブバブーって喋ったら赤ちゃんプレイしてあげてもいいよぉ?』
やんないですよっ。
『うわぁ〜、あれだけ私の体を舐め回すように見てたのにっ? うっそだぁ〜』
今、神様は俺なんて見ずに三人で掲示板を見ながら話しているのにこちらへ話しかけてくる。常人の域を遥かに超えている。
まるで、神業……って……少ししか見てないからっ⁈
『君は生粋のマザコンだから母性を私から受け取りたいと思うのは当然だと思うけど、さっき迄の目は……ちょっとネェ〜。帰ってからバブバブ元気でちゅね〜ってしてあげるから、今は抑えてね、けいごちゃん』
脳内に保育士エプロン姿で子供っぽいツインテールをした神様が瞬時に現れて、その肉付きのある太ももの上に……しゃぶりを咥えた…………。
「どうした、明智?」俺の漏らす空気が変わったのに気づいたのか、坂本がキョトンとしながら声をかけてくる。
屈辱的な妄想を霧払いするように頭を軽く振ってから答える。
「…いや……母親に遅く帰えるってLONEで伝えたら、いつ帰ってくるの? って返ってきたから子離れしろよって思ってさ」
肩を竦めて冗談混じりに紡いだ言葉に坂本は眉を顰めて『いい母親じゃないか』と呟いた。
その声が坂本のものなのかと疑いたくなるほど暗いので俺は口を少し開けるも、『よっしゃ、次で案内最後だなっ』といつもの明るい坂本の声に戻り俺の肩をポンと叩いてニッコリと笑う。
自分を抑えるように先へ目的地まで歩く坂本の横に西園寺さんがススっと付いていく。彼の後ろ姿にオレの右手が追うも届かない。
『落ち込む事はないよ、これが人間関係だから。
……坂本は、明らかに虚をつかれただろうけど、その後も俺に対して八つ当たりを取った訳ではなく紳士的な態度をとった。それは、紛れも無く彼が人としてできている
だけど……俺はその触れて欲しくないタブーへ斬り込まないといけないのか? 神様が作る物語の為に、人の胸に秘めておきたい暗闇を俺が入って行かないといけないのか?
『……』
「……残酷だよ、神様は」
転校生を置いて俺は二人の元へ歩いて行った。
背後から聞こえる微かに篭った声には、耳を傾けず。
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