第21話 ナイアドのイデライオ
翌朝、日の出と共に準備を始めたラドルの船室がノックされる。
「私ー。ミオナー」
「開いてるぞ」
扉を開け、ミオナが身を覗かせる。既に出掛ける準備が出来ているらしく、旅装に身を包んでいた。
「おはよー。もう準備出来てる?」
「いや、もう少しかかる」
「そう。レフィももうちょっとかかるみたいだから、待ってるね」
「ああ。で、シュラクスは帰ってきてるか?」
「うん。夜中に帰ってきたみたい。今はまだ寝てる」
「そうか、分かった」
ラドルは準備を整えると、ミオナが待つ部屋へ向かう。ラドルが来てしばらくすると、レフィーリアも部屋にやって来る。
「おまたせしました」
「おー、レフィ。先輩達を待たすなんて大物だなぁ」
「あ、いや、すいません」
「はは、うそうそ。私が張り切って早く準備しちゃっただけだから。それじゃ、皆揃ったし行きますか」
ミオナは出掛ける前にハティーラに声をかけて、三人はカティス号から出発した。
◇◇
時は遡って……
カティス号がロンザリドに到着し、ラドルとレフィーリアがキングスコーピオ討伐のクエストに出ていた頃まで戻る。
カティス号のメンテを終え、昼食を食べ終えたシュラクスとミオナがロンザリドの街へと入って行った。笑顔でいる事が多いミオナには珍しく眉間にシワを寄せてシュラクスの隣を歩く。
「何だ?やっぱり会うのはイヤなのか?」
「んー、そんな事ないけど、どうも昔のトラウマが……」
「ハハッ、多分向こうも同じ事考えてるぜ。まあイデライオも昔に比べりゃだいぶ丸くなってんだ。問題ねえよ」
「……だといいけど」
二人はとある建物の前に着く。扉をノックすると覗き窓が開いて、中の男が二人の姿を確認した。
「おう。俺だ、シュラクスだ。イデライオはいるか?」
窓が閉まるとすぐに扉が開いた。二人を迎えたのは若い男だった。二人に向かって笑顔を向けると、
「シュラクスさん!ミオナ!お久しぶりっす」
「よう、久しぶりだな。ヘンゾ」
「やほー。元気だった?」
「ええ。元気でしたよ。二人ともロンザリドに来てたんすね」
「ああ。今朝着いたとこだ」
「そうなんすね。あ、リーダーっすね。ちょっと待っててください」
ヘンゾが別の部屋に出ると、シュラクスとミオナの二人はその部屋の椅子に腰掛けた。
『ナイアド』
この建物を拠点にしているハンター達のハンターカンパニーだ。カンパニーとはハンター達で作られるグループのことで、規模は数人から数十人と大小様々だ。
カンパニーによってはギルドから直接、大人数による掃討狩猟などを依頼されることもある。
ハンターがカンパニーを作ったり、所属したりするのは情報交換や、狩猟内容によってパーティーメンバーの入れ替えが容易、などのメリットが多いからだ。
若いハンターの育成に力を入れているカンパニーであれば、狩猟の指導なども積極的に行ってくれる。ただ誰もがすぐにカンパニーを作ることが出来るわけでもなく、第三等級以上で資格試験もパスしなければギルドに創設は認められない。
この『ナイアド』はシュラクスが創設した唯一のカンパニーだった。
二人が待つ部屋の奥の扉が開いた。
長身痩躯の男が現れる。肩よりも長い黒髪を後ろで一つに束ね、品格の高さを表すように緑色の整った装束に身を包んでいた。一見すると、人々が想像しているハンター像とはかけ離れた、名士のような出で立ちだ。
その男がシュラクス達に目をやると、穏やかな笑顔を向ける。
「シュラクスさん。ミオナ。お久しぶりです」
「おう。イデライオ。邪魔してるぜ」
「久しぶり!イデライオ!」
イデライオは二人の対面に静かに座り、姿勢正しく二人の顔を眺める。
「長旅、お疲れ様でした。ここに二人で来られたということは完成したんですね?カティス号は」
「ああ。絶賛処女航海中だ」
「おめでとうございます」
「イデライオも見に来なよ。カティス号。スゴいよ」
「そうだな。また是非」
「ああ。しばらくロンザリドに滞在するから遊びに来るといいぜ」
そこへヘンゾが三人分のお茶を持って部屋に入って来た。テーブルにお茶を並べるとすぐに退室していく。
シュラクスがそのお茶を一口飲むと、
「で、今日来たのはこのミオナのことだ」
イデライオが眉を上げてミオナに視線を移す。見られたミオナは反射的に目を逸らした。
「ミオナがどうしたんですか?」
問われたミオナがうーんと天井を見るが、シュラクスが早く自分の口で言えと促す。
「あの……イデライオ。まあ……分かってると思うんだけど……。私、やっぱり先生について行こうと……思ってる」
一瞬眉をひそめたイデライオが堪えきれず笑い出す。意外な反応にミオナの顔が少し赤くなった。
「何を言い出すかと思えば、今更そんなことか」
「今更って……」
「ミオナがシュラクスさんについて行くなんてことはカンパニーの皆、分かりきってることだからな」
「あー…。やっぱりそうだった?」
「シュラクスさんが引退してからのお前の様子を見てたら誰だって分かる」
改めて言われてミオナが頭を掻いた。
その様子を見ながらイデライオが続ける。
「二年前にシュラクスさんが引退宣言してロンザリドを出てからまともにパーティーも組まないし、狩猟にも出ない。心ここにあらずだったからな。それで急にシュラクスさんの所に行くと言ってハティーラと一緒に飛び出したんだ。俺の中ではミオナも引退同然だよ」
「返す言葉もありません……」
「まあ、そう責めてやるなよ。イデライオ」
「すいません。責めてるつもりはないんです。ただ『ナイアド』のリーダーとしてメンバーを預かったからには一言ぐらい欲しかったと……。俺はそんなにミオナから信頼ないのか?」
ミオナが下を見ながらチラチラとイデライオの顔を覗く。
「だって……イデライオ。あん時、めっちゃ怖かったもん……」
イデライオが目を瞑り、小さく溜息をついた。そして目を開けるとミオナとシュラクスに交互に視線を向ける。
「それに関してはすまなかったと反省している。急にリーダーに指名されて俺もあの頃は余裕がなかったんだ。今は違うと思っている」
「じゃ、じゃあ別に私が先生について行っても何も思わない?」
「何も、とは思わないが……。自由にすればいいと思う」
「ホントに?」
「ああ。ミオナはシュラクスさんの所に居たいんだろ?それに俺は何も口を挟まないよ」
やった、と拳を握るミオナ。そして何かを思い出したようにイデライオを見る。
「じゃあ、私がクエストを受けても大丈夫だよね?」
「クエスト?まあ、所属のまま受けたら報酬額のポイントはカンパニーにも加算されるが、ミオナはそれでもいいのか?」
「だって先生は引退したけど所属のままなんでしょ?」
ミオナがシュラクスに振り返ると、そうだとシュラクスが答える。
イデライオが少し身を乗り出す。
「クエストを受ける予定なのか?」
「うん」
「
「ううん。パーティーで」
「ハティーラか?」
「ううん。別の人」
イデライオがほう、と声を上げながら背もたれによりかかる。
「ほう。ミオナがパーティーを……。どんなハンターなんだい?」
「今回カティス号の護衛をしてくれた人なんだ。すっっごいガンナーなんだよ」
「それは興味深いな……。腕もそうだが、ミオナに組みたいと言わせるなんて」
「また今度連れて来るよ。あ、ついて来てくれるかな?」
「難しいかもな」
ミオナに問われたシュラクスがぶっきらぼうに答えた。イデライオがその二人の反応を見て笑顔を見せる。
「そうか。じゃあ、いつかそのガンナーにも会えるのを楽しみにしておくよ」
「うん」
◇◇
カンパニーを出た二人が昼下がりの街中を歩く。
「良かった。あっさりイデライオが認めてくれて」
「言っただろ。アイツもだいぶ丸くなったって」
「んー……。全部先生が原因のような気がするけど……」
ジト目で見られたシュラクスが目を逸らして立ち止まる。
「おっと、ミオナ。ここからは別行動だ」
「へ?船に戻らないの?」
無理やり話題を逸らしたシュラクスが親指で大通りの向こう側を指差す。
「俺はこれから出資者に会いに行ってくる」
「あー。スーフェンさん?」
「そうだ。もうロンザリドに来てるはずだからな。ちょっと行ってくるわ」
「分かった。じゃあ先に船に戻ってるね」
「ああ。たぶん帰りは遅くなるから船は頼んだぞ」
ミオナが敬礼のポーズをする。
「任されました!私も明日の準備で買い物してから帰るけどいいですか?」
「準備?」
「クエストだよ〜。弾丸とか買っとかないと」
「あー、そうだな。分かった」
「うん。それじゃ先生、気をつけてねー」
シュラクスは片手を挙げて応えると、大通りを超えて街の雑踏の中に消えて行った。それを見送ったミオナは踵を返すと、
「よしっ!ひっさびさのクエストだ!張り切って行くぞぉー」
人混みの間をすり抜けるようにミオナは軽やかな足取りで街中に消えて行った。
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