第19話 言い訳
ヨラフの小型砂漠船がロンザリドの停船場に着いた頃には空は茜色から薄紫色へと変わりつつあった。
ラドル達はヨラフに別れを告げ、ハンターギルドに向かっていた。その道中にレフィーリアがラドルの顔を覗き込む。
「ねえ。夕飯はどうするの?」
「ギルドの隣がレストランになってただろ。そこで済ませて宿もそのまま泊まるつもりだが?」
「そっ。分かったわ」
レフィーリアはラドルの隣で何もなかったように並んで歩き出した。
ラドルは扱いに困ったような顔をして、レフィーリアの方には顔を向けないようにして前を見た。
ハンターギルドに着くと朝と全く違い、受付カウンターには職員が二人しかおらず、隣のレストランホールは狩猟やクエストを終えたハンター達で賑わっていた。
ラドルはカウンターの職員に声をかけて、クエスト完了を伝えた。報酬は明日以降となったので、二人は受付カウンターを離れてレストランホールに向かう。
四人掛けの丸テーブルに座った二人に、周りの好奇の目が向けられる。だが、それは朝のようにハンターの実力を値踏みするような視線ではなく、レフィーリアを色欲の目で見る男どもの物が多分に含まれていた。
向かい側に座るラドルが、居心地悪そうにレフィーリアを見るが、本人はそのねっとりとした周りの視線を全く気にしていないようなので軽く溜息をつく。
二人のテーブルに一人の男が近付いてくる。ラドルが反射的に身構えるが、その男は片手を挙げて二人を交互に見ると、笑顔を見せた。
「おおっと、悪い。そんなに警戒しないでくれ」
「何の用だ?」
「いや、余計なおせっかいかもしれないが、見ない顔だったからな。ちょっと声をかけておこうと思ってな」
その男は胸当ての跡が付いた薄いシャツを着て、いかにも狩猟帰りという風体で、片手には麦酒の入ったジョッキが握られていた。爽やかな笑顔に分厚い胸板、その首元には第四等級のハンタータグが下げられていた。
その男が近付いてから、レフィーリアに粘ついた視線を向けていた周りの男達がこちらから目を逸らしたのにラドルは気付いた。
「俺はディーベンだ。よろしくな」
「……ラドルだ」「レフィーリアよ」
お互いに名乗るとディーベンは女給を呼び付け、
「ラドルもレフィーリアも酒でいいか?」
「俺は構わんが……」
「私は果実酒で……」
自分の分も含めて女給に注文する。ほどなく三人のテーブルに飲み物が届けられると、ディーベンがジョッキを突き出し、
「とりあえず乾杯だろ?」
三人で杯をぶつけ、一口つけた後にディーベンが口を開く。
「まあ、どこのギルドでも多少はあることだが、若い女のハンターは気をつけろよっていう忠告をしに来たんだよ。若い男のハンターどもはケダモノ一歩手前だからな」
キョトンとした顔のレフィーリアがディーベンの顔を見て、やっと自分の事を話していると気付いたようで、周りのテーブルの様子を窺う。
「ハッハッハ……。大丈夫だ。俺が今、睨みを効かせたからな。よっぽどの無礼者じゃない限りレフィーリアちゃんに声を掛ける奴なんざいないさ」
「アンタは一体?」
「ま、ここのギルドの古株で、若手の教育係みたいなもんだな。もしレフィーリアちゃんに変な奴が絡んで来たら、俺の名前を出すか、俺に直接相談してくれ。ま、三等級が隣にいるんじゃ不要かもしれんがな」
ディーベンは人懐っこい笑顔をラドルに向けそう言うと、また杯を呷った。そして真顔になると二人の顔を交互に見やる。
「二人はしばらくここで活動すんのかい?」
「いや、別の仕事で立ち寄っただけでまだ未定だ。今日はたまたまクエストを受注して終わらせたが、まだ決まっていない」
「なるほど……。二人はどこでハンターやってたんだ?」
「大陸の東だ。前はキビウを拠点にしていた」
「キビウ!えらく遠くから来たんだな」
「知っているのか?」
「かなり前だが、行ったことあるぜ。どの店に行っても魚が無かったっていう思い出ぐらいしかないがな」
「あー、確かに。あの辺りは海も湖も遠いからな」
ディーベンはテーブルに置かれたメニューをラドルとレフィーリアの前に置いて立ち上がった。
「クエスト終わりなのに邪魔して悪かったな。メシの注文、まだなんだろ?ゆっくりしていってくれ。俺の事はギルド職員も大抵の奴は知ってるし、ハンターもそうだ。何かあったら、いつでも相談に乗るからよ」
「ああ。すまんな」「ありがとうございます」
ディーベンは背中を向けると、片手を挙げて応えた。仲間の所に戻るのかと思ったら、またすぐに二人の方に振り返る。
「ここのレストランは魚料理がおすすめだ。一度試してみるといい」
ディーベンはにかっと笑うと、今度こそ仲間達がいるテーブルの方に向かって歩き出した。
「何か親切な人だったわね」
「そうだな」
ああいう面倒見が良い奴が高位ハンターにいると、ギルドの治安もそれほど悪くないのだろうと考える。
二人はディーベンのアドバイス通り、メニューに書かれたいくつかの魚料理を注文し、久々の味に舌鼓を打った。
食事を終えた二人は宿の受付カウンターに向かう。二人を対応したのは若い女性従業員。
にこやかな営業スマイルで二人を迎え入れる。
「お疲れ様です。いらっしゃいませ。宿をご利用ですか?」
「ああ。二部屋なんだが、空いているか?」
二部屋と聞いた女性がラドルに聞き返す。
「えっと、ご予約はされてないんですね?」
……予約。
ラドルとレフィーリアは眉を上げて顔を見合わせた。
「ああ。予約はしていない。飛び込みなんだが……」
「申し訳ございません……。あいにく今晩、空いている部屋は一部屋だけでして……。そちらで良ければご案内できますが……」
カウンターに肘を置いたままラドルが天を仰いだ。
「わ、私は別に……」
レフィーリアがそれ以上言うのを遮るようにラドルが女性従業員に告げる。
「ならこっちの連れが一人でその部屋を使わせてもらう」
「左様でございますか。畏まりました」
「なっ……」
レフィーリアがラドルの腕を掴む。
「あ、貴方はどこに泊まるのよっ?」
「どこか別の所を探すさ」
と言ったものの外はすっかり真っ暗で、おまけにラドルはこの街の土地勘も無い。宿を確保出来る保証はなかったが……。
最悪、カティス号に行けば船室ぐらいは貸してくれるだろうという算段があった。
明日の朝、また迎えに来ると言ってラドルは踵を返すと、慌ててレフィーリアがラドルの腕を掴む。
「何だ?別に俺は大丈夫だぞ?一部屋しかないんだからゆっくり使えよ」
そう言うラドルを無視して、レフィーリアが女性従業員に頭を下げて、宿はキャンセルと伝えた。天を仰いだラドルに対してレフィーリアが腕を引っ張る。
「約束したでしょう?」
「何を?」
「ミオナに抜け駆けしてクエストを受けた言い訳を一緒に考えるって」
はぁーと溜息をついたラドルがギルドの出口に向かって歩き出す。レフィーリアはその後ろを忠犬のように付いていくのだった。
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