第13話 寄り道

 ラドルがさっさとサンドイッチを食べ終えると、プレートを持って立ち上がる。


「もう行くの?ラドル」

「ああ、食べ終わったからな。このプレートは厨房に持って行けばいいのか?」


 ラドルが誰となしに尋ねると、ハティーが顔を真っ直ぐ向けたまま、


「そこに置いておくにゃ。皆のと一緒に洗っといてやるにゃ」

「ん、悪いな。じゃあ頼んだ」


 ラドルはプレートをテーブルの上に置いて、食堂の入口に向かう。入口に差し掛かった所でラドルが食堂に振り返る。


「そういえばシュラクスはもう休んでるのか?」

「うん。部屋で休んでると思うよ。何か用事だった?」

「いや、特に何もない。じゃあまた」

「うん。おやすみー」


 ミオナに続いてエザリエとトリタもおやすみとラドルに声をかけたが、ハティーはとても小さな声でおやすみと呟き、隣にいたミオナがニコニコしながらハティーの横顔を見ていた。


 ◇◇


 翌日、日の出と共にカティス号は走り出し、予定の航路を順調に進んで行った。初日はモザグリスとドラドーグルの襲撃を受けたが、二日目以降は船からモンスターを見かけることはあっても、船が襲撃されることはなかった。


 正確にはカティス号へ向かって来る中型モンスターはいたが、ラドルの牽制射撃でいずれも撃退していたのだった。


 

 出発して六日目の朝、この日も朝に中型モンスターの群れがかなり距離のある所からカティス号へ向かって来たが、ラドルの超長距離射撃で先頭の個体を撃ち抜くと、後ろから続いていた群れはパニックを起こし、散り散りに散らばっていった。


 射撃を終えたラドルが操舵室へと上がる。

 操舵室にはエザリエが舵を握り、その隣にはシュラクスが椅子に腰掛けて、上がって来たラドルを迎え入れる。


「おおー。ラドル、ご苦労さん。まあ座ってゆっくりしてくれ」

「ああ」


 ラドルは狭い操舵室に片隅の椅子に腰掛けた。

 二日目以降、ラドルは日中は常にこの操舵室にいた。この場所が一番船の周りを見渡しやすかったからだ。そして機関部にいるトリタが魔道具を使い、常に周りの索敵を行っており、もし発見した場合は一番にこの操舵室に声が飛んでくることになっている。


 だからラドルは放送が聞こえにくい船室よりこの操舵室に日中は待機しているようにしていた。


「お前さんがかなり長距離でモンスターを退けてくれるお陰で、ミオナやレフィーリアはだいぶ楽できて助かるな」

「そうだな。じゃあ次ぐらい俺は休ませてもらって二人に任せていいか?」

「いや、初日みたいに甲板の上が汚れるのはイヤだろ?」

「まあ、後片付けは面倒だな」


 初日のドラドーグルこそミオナとレフィーリアに対応させて撃退することが出来たが、船に取りつかれるのはリスクが高いということであの襲撃以降、ラドルが距離のある位置で対応して、可能な限りモンスターを近付けさせないという方針に決まっていた。

 そうなるとモンスターから得られる素材の副収入がほぼ取れなくなってしまうが、この船には護衛として雇われているのだからと、ラドルとレフィーリアはそれで了承した。


 シュラクスは朝からいつもの酒を飲みながら、計器類を確認して目の前に広げた地図に視線を落とした。


「このぶんなら明日の朝じゃなく、今日中にルニザクに着けそうだな」

「そうですね。だいぶ早いっすもんね」


 舵を握るエザリエが答える。カティス号の舵はハティーとエザリエが交代で握っている。船長であるはずのシュラクスが舵を握ることはほとんどなかった。ラドルは一度その理由を尋ねてみたが、


「俺よりアイツらの方が優秀なんだよ」


 という返答だった。

 当のハティーとエザリエもシュラクスが楽をしているという風には思っていないらしく、カティス号では当たり前のことであった。


 エザリエが前方に視線を固定したまま、続けてシュラクスに話し掛ける。


「今日中に着いたらルニザクで二泊するんですか?船長」

「そうだな。休養も兼ねてその方がいいかもしれんな」

「やたっ!街で一日ゆっくり出来る!」

「でも先にカティス号のメンテだぞ、エザリエ」

「分ーかってますよ、船長。ねっ!ラドっち、ルニザクに着いたら街に飲みに行かない?」

「気をつけろよ、ラドル。こいつ、酒乱だからな」

「なっ…!?変なこと教えないでくださいよ!船長!」


 ラドルはその二人のやり取りを涼しい顔で流しながら、


「ま、飲みに行くのは置いといて。そのルニザクでバレルガンの弾は補充出来るか?」

「ああ。問題ない。大丈夫だ」

「分かった」


 話をはぐらかされた形のエザリエだったが、すぐにいつものニコニコ顔に戻ると、舵を握り直し前方へと視線を向けた。



 その日の夕方、陽も傾きかけた頃に船の前方にルニザクに街並みが見えてきた。シュラクスの見立て通り、予定の航程より一日早くカティス号は到着した。

 街の外れにある停船場にカティス号は停まり、船の食堂に七人全員が集まった。


 テーブル奥にはミオナとエザリエ、ハティーラが座り、その向かい側にトリタとレフィーリアが席に着いていた。

 ラドルは食堂が狭いので壁際に立って、シュラクスもその隣に立つ。


「みんな、お疲れさん。予定より一日早いが無事にルニザク到着だ。とりあえず今日はこの後は自由に過ごしてくれ。で、ラドルとレフィーリア以外は明日の朝一から船のメンテをするからな」


 皆がはーい、と返事をして解散となった。

 ミオナとハティーとエザリエ、レフィーリアは街に夕飯を食べに行くと言って、四人でキャッキャと騒ぎながら、船から降りて行く。

 ラドルはそれを見送りながらシュラクスを見る。


「いいのか?女だけで出歩かせて?」

「だったら、ラドルがアイツらのお守りするか?」


 ラドルがもう一度、女達の方を見やる。

 ミオナの腰には大型の短刀。レフィーリアの腰にはいつもの長剣。ハティーラは背中に見るからに物騒な戦斧を背負っていた。

 武装していないのはエザリエだけのようだ。

 ハティーラも武装しているのは意外だったが、あのゴツい戦斧を平気で背負っているんだから恐らく使いこなせるということだろう。

 

「大丈夫そうだな……」

「だろ?どうだ?やかましいのが居なくなったし、一緒に飲まねえか?とっておきの奴があんだよ」

「ほう……、いいね」


 ラドルとシュラクスは誰も居なくなった食堂で、二人だけの酒宴を始めることにした。

 ちなみにトリタは一人分の食事だけを持って、人知れず機関室の方へと消えて行ったのだった。

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