第12話 ハティーラ
船室の椅子に座り、バレルガンや短刀の手入れをしていたラドルは船の振動が収まるのを体に感じ、ふと窓の外を見た。
平坦な砂漠は月明かりだけに照らされて青白く輝き、地平線を挟んだ
その青白い大地に二人の人影がカティス号から降りていく。一人はミオナだったが、もう一人はラドルの知らない女だった。
……ハティーじゃないな……
ラドルは舵を握っていたハティーかと思ったが別人だと気付き、目を凝らしたがその女の子はすぐに船室の小さな窓からは見えない死角に歩いて行ってしまった。
ミオナともう一人の女の子はカティス号の周りに四本の杭を立てると、すぐに船の中に戻って来た。
それはハンターが野営の際などによく使うモンスター避けの魔道具だった。だがミオナ達が立てたそれはラドルが知っている魔道具よりもかなり大きい物だった。船用に改良された物だろうと一人納得したラドルはまた道具の手入れを再開した。
カティス号は夜はこのように砂漠に停泊する。走るのは日中だけ。夜間はよりモンスターに遭遇する危険が増すというのもあるが、操船が日中以上に神経を使う為だ。夜は砂漠の高低差が見極めにくくなり、転覆の危険が高まる。舵を握る者は昼間の何倍も神経を使うと、ラドルはシュラクスから説明されていた。
船の振動が途絶え、夜の静寂に包まれた船内には他のフロアの足音もラドルの船室には微かに届いていた。
少し空腹を覚えたラドルは手際よく道具類を片付けると、椅子から立ち上がり通路へ出た。
階段を降りて食堂へ向かう。
食堂には扉はなく、その前に着くと広くない食堂のテーブルに三人の男女が向かい合わせに座っていた。
一人はミオナだったが、他の二人はラドルが初めて見る顔だった。
「おっ、ラドル!お疲れー!何か食べに来たの?」
「ん、ああ。ちょっと小腹が空いてな……」
ラドルはそう答えながらミオナと共に座る二人に目を向ける。その視線に気付いたミオナが立ち上がり、
「あ、そういえばラドルにはまだ紹介してなかったね。えっと、こっちの男がトリタで、女の子がエザリエ。二人ともこのカティス号の
「そうなのか。ラドルだ。よろしく」
ラドルが立ったまま手を挙げて挨拶すると、トリタと呼ばれた男が怯えたように、
「え、えっと……トリニアタです。あの、トリタって呼ばれてます……」
隣でニコニコしている女の子がトリタの挨拶が終えるのを待って、
「エザリエです。よろしくね!」
こちらはトリタとは対照的に人懐っこそうな笑顔でラドルに向かって首を傾けた。そこでラドルはこの二人の耳がかなり長く尖っていることに気付いた。園人〈エディア〉と呼ばれる種族の特徴だった。
小柄で非常に素早く、力は弱いが潜在的な魔力が高い種族と言われている。遥か昔、神話の時代に神々の園の住人だったというのが、彼等の名前の由来である。
ハンターをしている
「ラドル。ここ、座りなよ」
「ああ。悪いな」
ミオナがラドルに席に着くように促すと、厨房の方に向かって声を上げた。
「ハティー!一人増えたから一つ追加でおなしゃすっ!」
「ん〜?レフィかにゃ?」
「ううん。ラドルだよ」
「にゃ!?」
厨房と食堂を仕切る棚の間からハティーがラドルの方を覗き込み、驚きの声を上げた。
ハティーがトレーに4つの甘そうなパンを乗せて食堂に入って来た。ミオナがそのトレーを覗き込むと、
「えー!ハティー!ラドルの分が足りないよ~」
ハティーはそのトレーをテーブルに置くと、ラドルの顔を見る。
「お前もいるか?デクノボー?それとも晩飯にするかにゃ?」
「……メシで頼む」
「ちょっと待ってるにゃ」
「いや、今からそのパンを皆で食べるんだろ?だったらその後でも……」
「別に構わないにゃ」
ハティーはそう言うと、再び厨房の方に戻って行った。すぐに保存箱からワンプレートに乗せられたサンドイッチとサラダを持って戻って来る。
「あ、ラドルの分。夕飯取っといてくれたんだね、ハティー」
ハティーはむっとしたような顔をして、
「……たまたまにゃ」
そのワンプレートをラドルの前に置き、ハティーも椅子に腰掛けた。
「悪いな、ハティー。いただくよ」
「ハティーラにゃ。私の名前はハティーラにゃ。お前にハティーと呼ばれる許可は出してないにゃ」
「一文字だけじゃねえか!」
「それでも駄目にゃ。お前は私のことをハティーラ
「な……。何でそんなイジワルな事言うの?ハティー」
むうっと唇を尖らせたハティーがミオナから目を逸らす。
「……まだ私はお前の事を認めてないにゃ、デクノボー」
そうか、と呟いたラドルは何事もないように目の前のサンドイッチに手を伸ばし、口へ運んだ。
「じゃ、認められるように努力するよ、ハティーラ
「うむ、にゃ」
「もぉ〜……」
黙々と食べるラドルと、微妙な空気になった他の四人だったが、ハティーが口火を切ってパンを食べ出すと、ミオナとトリタ、エザリエも目の前のパンを口にしだした。
「ところで、このサンドイッチは誰が作ったんだ?」
ラドルが問い掛けると、四人が目を合わせた後、視線をラドルに向けた。
「それはハティーが作ったんだよ、ラドル」
ミオナが答えると、ハティーが前を向いたまま言葉を繋げる。
「それがどうしたにゃ?口に合わなかったか?」
「普通に……、いや、かなり美味いと思ってな」
驚いた顔をしたハティーがラドルに顔を向け、ミオナの頬が緩む。
「?どうした?俺、変なこと言ったか?」
「こんな普通のサンドイッチを美味いと言うなんて、普段から貧相なご飯しか食べてて可哀想な奴だなと思ったにゃ」
「ほっとけ。ただ褒めただけだろ」
「そういうことにしといてやるにゃ」
「そりゃどうも、ハティーラ
「うむ」
ミオナはその二人のやり取りをパンを頬張りながらただニヤニヤしながら眺めていた。
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