第11話 後片付けと指導

 ラドルが甲板に下りると、ミオナとレフィーリアは既にデッキブラシを手にドラドーグルの死骸の片付けを始めていた。


「あー!ラドル!来てくれたの?」

「思いっきり呼んでただろーが」

「あははー!まあ、そうなんだけどね」


 ラドルは腰に下げた短刀を抜くと、足元に転がるドラドーグルの死骸から鉤爪を切り取っていく。その行動を見ていたミオナがラドルに声をかける。


「んっ?剥ぎ取りするの?」

「ああ。この鉤爪ぐらいしか金にはならないが、何も無いよりマシだろ?」

「へー、ラドルって意外とマメだね」

「まあな。レフィーリアも早くハンターランクを上げたいんなら手伝えよ?」


 ラドルの手つきを見ていたレフィーリアが急に声をかけられてハッとなった。


「あ、そ、そうね。でも……」

「ん?どうした?」

「私、剥ぎ取り用の短刀とか持ってない……」


 ミオナがあー、と頷くと、


「船にあると思うから、取ってくるよ」

「あ、ありがとう」

「ちょっと待っててねー」


 ミオナはそう言い残すと、船の中に走って行った。ラドルはその間も黙々と鉤爪を切り取って、取り終えたドラドーグルの死骸を乱雑に船の外へ放り投げていく。

 そして死骸はミオナが最後に撃ち抜いた一匹だけになり、そこへミオナが一本の短剣を持って戻って来た。


「あら?もう最後の一匹か」

「ちょうどいい。最後は自分でやってみろ」


 レフィーリアはミオナから短剣を受け取り、ドラドーグルの死骸の横で片膝をつく。その隣でラドルも同じように膝をついた。


「素材の剥ぎ取りは初めてか?」

「え、ええ」


 ラドルがその答えを聞いて、レフィーリアに剥ぎ取りの仕方を教える。横からミオナがその二人の手元を覗き込む。

 レフィーリアは自分で剥ぎ取った四つの鉤爪をラドルの持つ皮袋に入れて、ラドルがその死骸を船の外へ放り投げた。レフィーリアの方に振り返ると、


「これで剥ぎ取りは大丈夫だな」

「え、ええ。あ、ありがとう。教えてくれて」

「ラドル、教えるの上手だねー」

「牙や角に比べれば爪は簡単だからな」


 ラドルがデッキブラシを手に取ると、


「さあ、さっさとやるか。ミオナ、水はあるか?」

「うん。持ってくるね」


 その後三人で、甲板の掃除を終える頃には陽はだいぶ傾いてきていた。


◇◇

 

 甲板の掃除を終えて、遅めの昼ご飯をシュラクスの部屋で済ませたラドルはまだシュラクスの部屋にいた。操舵室から戻って来たシュラクスがラドルの向かい側に座る。


「お、食べ終えたか」

「ああ」

「じゃあ、これからの航程予定を簡単に説明しとくぞ」

「二週間でロンザリドに到着するんだろ?」

「まあそうなんだが、七日目辺りにこの街に寄り道する」


 シュラクスが以前、ハンターギルドでもラドルに見せた地図を広げて指を置く。

 キビウからロンザリドを結んだ直線よりも少し北寄りに迂回したルート上を指差す。


「ここにルニザクという街がある。そこで船体のチェックと補給をする予定だ」


 砂漠地帯の横断は砂漠船に大きなダメージを与える。砂の上を走るように設計されているとはいえ、小さな傷や亀裂が船の座礁に繋がることは海上の船と変わらない。

 その為こまめに船体を調べて、必要であれば補強する場合もある。シュラクスは今回の航程のちょうど中間で街に寄り、その点検と補給を行うとラドルに告げた。

 ラドルはその説明を聞き終えると、


「俺は船に関しては素人だからな。その辺はシュラクスに任せている」

「まあ、そうだな。それに船室は狭くて窮屈だろ?寄り道先では一泊するからちゃんとした宿に泊まっても構わんぞ?」

「いや、必要ない」

「そうなのか?」

「そのルニザクという街に停船中は船室で寝るのはいいんだろ?だったら、わざわざ金を払って街の宿屋に泊まる必要はないな」

「ハッハッハ……。お前らしいな、ラドル。俺は別に構わんよ。むしろそうしてくれると、船上荒らしが来ても安心できるな」

「寝てる時に来ても気付かんぞ?」


 豪快に笑ったシュラクスを置いて、ラドルは船長室を後にした。


 ラドルが自分の船室に近付くと、通路を歩くレフィーリアとバッタリ出会った。レフィーリアは通路を埋め尽くすほどの長身のラドルを見上げると、


「あれっ?もう夕ご飯食べたの?」

「いや、昼飯を食べたところだ」

「そう。私達はドラドーグルが来る前に済ませてたから」

「今から夕飯か?」

「ええ。貴方は?」


 ラドルは少し上を向いて間を置くと、


「今は要らないから、また後で考える」

「そう。じゃあ、取っておくように言っておきましょうか?」

「いや、食べるかどうか分からないから別にいい」

「そう。分かったわ」


 ラドルは通路の壁際に体を寄せて、レフィーリアに通るように促した。レフィーリアがその前を通り過ぎていく。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 レフィーリアが自分の前を通り過ぎたのを確認して、ラドルが自分の船室へ向かう。

 レフィーリアが振り返り、ラドルに声をかける。


「ねえ!」

「ん?何だ」


 振り返ったラドルから目を逸らしたレフィーリアが話しにくそうに目線を泳がせる。


「私の戦闘は……どうだった?」


 ラドルが上を向いてしばし、思案する。その間レフィーリアは目線をあちこちに動かしながらも、ラドルの様子を窺う。


「まあ…、悪くなかったな。指示通りに反応してたし……」

「そ、そう」


 レフィーリアの表情がぱっと華やいで、ラドルに視線を向けた。その嬉しそうな顔を見下ろしながら、ラドルが人差し指を立てた。


「ただし、最後の剣が床にめり込んだのはいただけないな。しかもその後、モンスターを目前にして目を瞑るなんてもっての外だ。ミオナの判断が遅れていたら、今頃お前は無傷では済んでいない」


 自分でも自覚のあったレフィーリアは一瞬にして小さくなり、頬を膨らませて唇を尖らせた。


「わ、分かってるわよ……」


 消え入りそうな声でレフィーリアが答えた。ラドルは小さく溜息をつくと、


「ま、新米ルーキーにしては上々だろう」

「また新米って……」


 唇を尖らせたまま、目を細めたレフィーリアがくるっと身を翻し、ラドルに背中を向けてつかつかと通路を歩き出した。ラドルはその後ろ姿を見ながら、


「一応、褒めたつもりなんだがな……」


 頭を掻きながら自分の船室の扉を開けた。 

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