第10話 二人の戦闘

 高速で駆けるカティス号の両側からドラドーグル達が大きく回り込みながら徐々に距離を詰めてくる。

 カティス号とドラドーグル達の進行方向は今やほぼ平行になり、近い距離にいるドラドーグルは船に跳び移るタイミングを窺っている。


 パァンッ! パァンッ!


 ミオナのバレルガンが銃声を上げた。

 左舷側を走るドラドーグルに向けて、甲板の縁に足をかけて狙い撃つ。狙撃されたドラドーグルが転倒し、砂埃を上げて周りを走るドラドーグルの群れから脱落する。


『レフィーリア!右舷側に二匹取り付いたぞ!備えろ!』


 ラドルの声が甲板に響く。その声を聞いたレフィーリアが正眼の構えを右舷側に向けた。

 更に船外に向けて発砲しながらミオナが叫ぶ。


「ごめん、レフィ!そっち側は任せる!」

「分かりましたっ!」


 レフィーリアのその声と同時に、右舷側の船体にしがみついていた二匹のドラドーグルが強靭な後ろ脚の鉤爪で壁面を蹴り上げ、甲板の縁に短い前脚を引っ掛けた。


「てぇぇいっ!」


 気合一閃。レフィーリアが右舷側に数歩踏み込み、甲板縁の外に見えたドラドーグルの頭を横薙ぎに払った。その太刀筋は何の抵抗も感じさせず、ドラドーグルの首を通過していった。

 ドラドーグルの首が跳ね上がって、首から下の胴体が力無く船から剥がれ落ちていった。


 そのすぐ横から同じように壁面を駆け上がったドラドーグルが甲板の上に躍り出る。が、レフィーリアの体は既にそちらに反応していた。


「たっ!」


 横薙ぎに払った勢いを殺さないように抱えた大剣を、今まさに甲板に乗り上がったばかりのそのドラドーグルに向けて袈裟がけに振り下ろした。

 硬い骨と金属がぶつかるような鈍い音がして、斬られたドラドーグルの体が二つに切断された。


 それを見たシュラクスが思わず呟く。


「すごい斬れ味だな」


 ラドルもそれを注視しながらも、船の両舷から迫るドラドーグルを交互に見る。数匹のドラドーグルが船の両側に飛び付き、カティス号は両側にドラドーグルをぶら下げながら疾走する。

 ミオナは縁から体を乗り出し、船の側面にしがみついているドラドーグルを次々に撃ち落としていく。


「おおーっと!船に当たらないようにしないと……ねっ!」


 そんな独り言を言いながら、ミオナはドラドーグルが壁面に引っ掛けている脚を狙って、バレルガンの引き金を引いていく。

 如何に素早く動けるドラドーグルであっても、壁にしがみついている所を撃たれては躱しようがない。

 撃たれたドラドーグル達は船から引き剥がされ、砂漠の海に落とされて次々とカティス号の下敷きとなっていった。

 しがみついていたドラドーグルを全部落としたミオナは、狙いをまだ船と平行して走っている左舷側の数匹に向け、引き金を引く。


 小気味よい発砲音がして、走っているドラドーグル達の頭部に命中して、撃たれたドラドーグル達は次々に脱落していった。


「狙撃、上手いじゃないか」

「まあ、あれぐらいの距離なら俺でも当てれるぜ」


 弟子に対して対抗心を覗かせたシュラクスを無視して、ラドルは右舷側で戦うレフィーリアの方に目を向ける。こちらはドラドーグル達が先に落ちていった仲間から学んだのか、下手に甲板に顔を覗かせず、三匹のドラドーグルが一気に甲板へと跳躍した。


『レフィーリア!着地を狙え!』

 

 レフィーリアがラドルのその声に従って、一番近くに降り立つ瞬間のドラドーグルに向けて、レフィーリアが大剣を潜り込むように横薙ぎに振る。両後ろ脚を切り落とされたドラドーグルが甲板に転がった。そのすぐ後ろにいた一匹がすぐに転がる仲間を飛び越えてレフィーリアに噛みつきにいった。

 横に跳んでその一撃を躱したレフィーリアが体を回転させて大剣を振り下ろす。

 大剣の切っ先が首元を通過し、ドラドーグルの頭がずるりと甲板に落ちた。


『次、尻尾が来るぞ!気をつけろ!』

 

 もう一匹がレフィーリアを警戒しながら身を低くしてジリジリと近づいていた。そしてレフィーリアに向かって跳びかかると同時にくるっと体を反転させ、強力な尻尾の一撃でレフィーリアを襲う。


 ガキィンッ!


 レフィーリアが左手を刀身に添えて、その一撃を大剣で受け止めた。ドラドーグルの体重が乗った尻尾の一撃を受け止めれば、その重さで体を持っていかれるのだが、レフィーリアは身体強化で筋力を上げていたので、両足はその場から全く動かず、大剣を事も無げに構え直した。

 尻尾の一撃を耐えられたドラドーグルが一回転して再びレフィーリアの姿を目で捉えた瞬間、レフィーリアの大剣が縦に振り下ろされた。

 ドラドーグルの顔面が縦に真っ二つに斬り裂かれ、その体が甲板に崩れ落ちた。


 レフィーリアが左舷側に目を向けると、ミオナはまだ甲板から外に身を乗り出し、バレルガンを乱射していた。


 ばんっ!ばんっ!


 右舷側で更に二匹のドラドーグルが甲板に降り立った。その内の一匹が仲間の血で染まる甲板に脚を取られ、少し体勢を崩した。レフィーリアがその一瞬を逃さず甲板を蹴り、そのドラドーグルとの距離を一気に詰めた。


「はぁーー!」

 

 ブスリと音を立てて、レフィーリアの突きがそのドラドーグルの喉を抉った。大剣は鍔まで突き刺さり、刀身の切っ先がドラドーグルの背中を突き破る。

 更にもう一匹に振り返ったレフィーリアが足裏で突き刺したドラドーグルを蹴って大剣を引き抜くと、もう一匹との距離を詰める。

 低く構えたドラドーグル目掛けて、大剣を真っ直ぐ縦に振り下ろした。


 ガキィンッ!


 振り下ろされた大剣はドラドーグルを真っ二つに切り裂き、勢い余った切っ先が甲板の床に突き刺さる。

 そこへ更に次の一匹が縁から甲板へ飛び出した。レフィーリアはそちらへ顔を向け、大剣を引き抜く……が、深く床にめり込んだ切っ先は抜けない。


「えっ!?ちょ、ちょっと待って」


 慌てたレフィーリアが急いで抜こうとするが、大剣は動かない。


「えっ!?うそっ?ちょ……」


 体勢に低くしていたドラドーグルが大剣が抜けなくて藻掻くレフィーリアに向かって跳びかかった。口を大きく開けたドラドーグルがレフィーリアに迫る。


 パァンッ!


 床に突き刺さった大剣を握ったまま、レフィーリアが目を瞑ったと同時にバレルガンの発砲音が響いた。レフィーリアに跳びかかったドラドーグルの側頭部に血飛沫が噴き出し、その体がドサリと力無くレフィーリアのすぐ横に倒れ込んだ。


「レフィ!大丈夫?」

「あ…、ありがとうございます」


 ミオナの銃弾が間一髪でレフィーリアに跳びかかったドラドーグルを撃ち抜いたのだ。


『レフィーリア。一旦、魔力剣を納めろ』


 ラドルの声に従って、レフィーリアは大剣に込めていた魔力を止めた。水晶のように輝いていた刀身が音もなく消えて、レフィーリアの握る大剣の柄が自由を取り戻した。


 パァンッ!


 ミオナが一発、床でレフィーリアに両足を切断されて藻掻いていたドラドーグルに歩きながらトドメを刺して、右舷側の縁から船の外を覗き込んだ。ラドルの声が聞こえる。


『ミオナ。ここからじゃ、もうドーグルどもの姿は見えない。船にしがみついている奴はいないか?』


 ミオナは身を乗り出して注意深く右舷側の船体を見た後、甲板に降り立って操舵室に向かって両手で大きく丸を作った。どうやらドラドーグル達は一掃出来たようだ。

 ミオナは甲板を見回しながら、大剣を腰に戻したレフィーリアに向かって、


「レフィ。お疲れ〜、随分派手にやったね〜」

「え…、あ、ホントですね……」

「こりゃあ、後片付けはラドルにも手伝ってもらわないとね」

「……そうですね」

「ま、とにかく、無事で良かった!良かった!お疲れっ!」

「はい!お疲れ様です」



 ラドルとシュラクスが操舵室でその様子を見ると、ラドルが椅子から腰を上げる。


「お、ラドル。飯にするか?」

「いや、下に降りて甲板を片付けてくる」


 シュラクスが甲板を見下ろすと、ミオナがラドルに向かって両手で大きく手招きをしていた。


「ああ。そうだな。悪いが、頼むな」

「ちょっと行ってくる」


 ラドルは振り返ると操舵室の扉に向かい、その後ろ姿にシュラクスが声を掛ける。


「そういえば、どうだった?あのレフィーリアの戦いは?」


 歩みを止めたラドルが少し間を置いて、振り返る。


「悪くないんじゃないか?最後のアレはいただけないが」

「ははは。ま、まだ実戦経験が少ないからな。しっかり面倒見てやってくれ」

「何で俺が……」


 ラドルがぼそりと呟くと、操舵室を後にした。シュラクスはハティーに向かって軽く肩を竦めた。

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