第9話 ドラドーグル

 数匹のドラドーグルがカティス号に向かって駆け出したのに気付いて、残りのドラドーグル達も船の残骸を漁るの止め、一斉にその視線をカティス号に向ける。


 体長三メートルほどで二足歩行をするトカゲ、ドラドーグル。その移動速度と力は相当な物で、中型に分類されるモンスターの中ではかなり危険な部類に入る。

 前脚は短く退化して、人間の子供の腕ぐらいの大きさしかないが、その分後脚の筋力は大きく発達しており、俊敏な動きと強力な蹴りを可能にしていた。更にこの四本の脚には鋭い鉤爪も有していた。

 全身が硬い鱗に覆われ少々の刃や矢は弾き返し、人間の頭蓋を一噛みで砕けるほどの強靭な顎と牙を持つ。

 これらだけでもかなり厄介なのだが、中でも一番厄介なのが、体長の約半分を占める尻尾だ。

 ドラドーグルの死角である真後ろから近付いて攻撃を加えようとして、その尻尾の強力な一撃を食らったハンターは数知れない。まともに食らえば骨の一本や二本では済まない大ダメージを被るドラドーグル最大の武器である。


 カティス号の行く手にはそのドラドーグルが約二十匹。そのすべてのドラドーグルが頭を高く上げ、砂漠を駆けるカティス号に視線を向けていた。


 元々五匹前後の群れを作る習性があるのだが、いくつかの群れがたまたま破壊された砂漠船を見つけたのか、それとも共闘して船を襲ったのかは分からないが、船の残骸と共にばら撒かれた物資や既に事切れた人間達を漁るのを止め、新たに現れた新しい獲物、すなわちカティス号に標的を移して行動を開始する。


「おー。アイツら気付いたみたいだねー。レフィ、準備はいい?」


 ミオナが船の先端に立ちながら、首だけを後ろに控えるレフィーリアの方に向けた。レフィーリアがミオナの顔を見て頷くと、腰の長剣を引き抜いた……が、両手に持った剣は鞘に納まったまま。

 レフィーリアは納剣されたままの剣を正眼に構えた。


「えっ?レフィ?」


 ミオナが困惑の表情を浮かべると同時に、レフィーリアが何か唱えると、手に持った長剣の鞘が形を変えていく。真ん中から裂けるように複雑に分解したかと思うと、鞘が大きな鍔のように変形した。レフィーリアの手には刀身のない長剣の柄だけが握られている。


「はっ!」


 レフィーリアが気合いの声を発すると、握った柄から青白く輝く水晶のような刀身が伸びていった。長さはレフィーリアの身長と同じぐらい、刀身の幅は最初の鞘の五倍ほどの大剣の形になり、輝く刀身はうっすらと向こう側が透けていた。


「いつでも大丈夫です。ミオナ」

「おおお〜!何それ!?レフィ!カッコいい〜」


 ミオナが甲板で歓声を上げるのと、操舵室でラドルが椅子から腰を上げて声を出すのはほぼ同時だった。


変形機構ギミックか!?」

「ああ、そうみたいだな」

「だが、あの刀身は?魔力の剣なのか?」

「魔力が刀身化しているな。あの長剣に変形機構ギミックが仕込まれているのは気付いていたが、まさか魔力の刀身とはな……」


 その魔力剣を持つレフィーリアにミオナがにっこり微笑むと、


「よーし!じゃあ、私がアイツらが登って来れないように撃っていくから、撃ちもらして登って来たらよろしくね、レフィ」

「分かりましたっ」

「あ、でも私、撃つの下手だからしっかりフォローよろしくね」

「えっ?へ、下手?」


 ミオナが頭を掻きながら頼りなく笑う。


「へへー。自分が動き回りながら撃つぶんにはちょっと自信があるんだけど、動かないで構えて撃つのはちょっとね〜」

「そ、そうなんですね……」

「だからフォロー!しっかりよろしくねっ!」


 ミオナが顔を引きつらせているレフィーリアに向かって力強く親指を立てた。


 ミオナが前方に視線を戻すと、船の残骸のすぐ脇を通り過ぎようしているカティス号に対してドラドーグル達はゆっくりと移動を開始していた。

 舵を握るハティーはその動きを見てシュラクスに尋ねる。


「先生。どうするにゃ?もうちょっと迂回するにゃ?」

「いや、このままの進路でいい。とりあえず船の残骸だけ避ければいい」

「分かったにゃ」


 疾走するカティス号に向けてドラドーグル達が一斉に走り出した。船の正面を避けるように両側に分かれ、その距離がどんどん縮まっていく。


「アイツら船の側面に回り込んで飛びかかるつもりだな」

「なかなか賢いにゃ」


 シュラクスがラドルの前にスピーカーのマイクを差し出した。


 ……?ラドルが怪訝そうな顔をしてシュラクスの顔を見ると、


「甲板からじゃ船の両側を同時に見るのは難しい。ここからあの二人に指示してやってくれるか?」

「俺が?何で?」

「ラドルはガンナーだろ?状況把握は得意じゃないのか?」

「アンタの船だろ?シュラクスの方が適任だと思うが……」


 シュラクスは口角を上げ、


「いや、お前の指揮であの二人を上手く立ち回らせてやってくれ。これも仕事の一つだと思ってよ」


 仕事と言われると、ラドルは弱い。高い報酬をもらっているのだからと思い、ラドルは渋々マイクを受け取る。


「言っておくが、自信はないぞ?」

「構わねえ。あの二人の死角を補うぐらいのつもりでいい。ここからなら船全体が見渡せるだろ?」


 軽くため息をついたラドルが船の前方に視線を移した。二手に別れたドラドーグル達の間に向かって船が突き進む。

 ドラドーグル達は自分達に向かって来るカティス号に対して、両側に回り込むように迂回してくる。


「やっぱりアイツら、船の両側から飛び移る気だな」

「先生。このままでいいかにゃ?」

「ああ。最速で突き進め」


 カティス号が速度を上げていく。ラドルがマイクを使って、甲板にいる二人に声を掛ける。


『ドラドーグルどもは船の両側から飛び移ってくるぞ。ミオナは撃ちもらしたらレフィーリアに伝えろ。レフィーリアはもう少し後ろに下がって甲板のへりからドーグルが顔を出したら対処するようにしたらいい』


 突然聞こえたラドルの声に、二人が同時に操舵室の方に振り返る。ラドルと目が合ったミオナがしっかりと親指を立てると、レフィーリアはうっすらと微笑み、船首から数歩下がって大剣を構え直した。


「二人とも素直じゃねえか。なあ、ラドル」

「そうだな」


 ミオナは前を向いたまま、風にかき消されないよう大きな声で、


「なんか、ラドルが指示出してくれるみたいだねー」

「そうみたいですね」

「じゃあ、ちょっといいトコ見せちゃいますかっ!」

「ええ!」

「さあ、来るよ!レフィ!」


 ミオナが前方に向かってバレルガンを構え、レフィーリアが目を瞑り、自身に身体強化魔法を使った。

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