第8話 身体強化魔法

 ミオナが甲板に立ってすぐに、シュラクスが折り畳んでいた小さな椅子をラドルの前に広げた。


「まあ、座れよ。ラドル」

「やっぱり見物するのかにゃ」


 ハティーが舵を握りながらため息をつくが、シュラクスはハティーを挟んだラドルの反対側で椅子を広げてドカッと座った。


「操縦の邪魔にならないようにするからよ、ハティー」

「う〜。分かったにゃ」


 そんな二人のやり取りの横でラドルも出された椅子に腰掛けた。椅子に座ると、ラドルの目線の高さがちょうど舵を握るハティーと同じぐらいになった。

 その視線に気付いたのか、ハティーは前方を見たまま、


「私の顔に何か付いてるかにゃ?」

「……いや、別に」

「だったらジロジロ見んな、デクノボー」


 ハティーに一喝されてラドルは前方に視線を向けた。


 ……たしかシュラクスはこの子も弟子って言ってたよな?どう見てもハンターには見えないんだが……。そして何故、俺はこんなに嫌われているんだ?


 すると、並んだ三人の後ろで扉の開く音が聞こえる。


「あの、またモンスターが出たんですか?さっきミオナが武器を持って外に……」


 扉からレフィーリアが操舵室に顔を覗かせていた。シュラクスが体を反らしてそちらに顔を向けると、


「ああ。進行方向にちょっとデカいトカゲの群れが居てな。乗り込んで来るかもしれねえからミオナに行ってもらった」

「えっ!?そうなんですか?」

「まあ、大した数じゃないから心配すんな」


 レフィーリアが操舵室に入り、シュラクスの頭越しに前の方を覗き込んだ。遥か前方にいるドラドーグルの群れと、そして船の先端で仁王立ちしたミオナの後ろ姿を見つけると、


「私も手伝って来ていいですか?」


 レフィーリアの申し出にシュラクスが一瞬ラドルの方を見る。ラドルが肩を竦めると、シュラクスはレフィーリアに向き直って、


「まあ、別に構わねえが、大丈夫か?」

「ええ。問題ありません」

「なら、手伝ってやってくれ」


 レフィーリアは真顔で頷いた後、少し表情を崩すと、


「はい。ただの新米じゃないというところをお見せしますわ」


 振り返ると、あっという間に下へと降りていった。その後ろ姿を見送ったシュラクスがラドルの方を向く。


「ふっ。こりゃ、ラドルが彼女に火を付けたかな?」

「さあな。だが、新米にドラドーグルは荷が重くないか?」

「ミオナもいるし、大丈夫だろ」

「テキトーだな」


 

 ラドルとシュラクスが下の方に視線を向けると、しばらくして腰から長剣を下げたレフィーリアが甲板へと出て来た。


 黒髪を風になびかせて、軽やかに、且しっかりとした足取りで船の先端にいるミオナに近付くレフィーリア。

 船の先端で気持ち良さそうに風を受けていたミオナが近付くレフィーリアに気付く。


「んー?なに〜?手伝ってくれんの〜」

「はい。船長さんから許可をもらいました」

「お〜。ホントに?よしっ!じゃあ、二人で頑張ろっか?」

「ええ。よろしくお願いします」

「頼りにしてるよ!レフィ」


 船の先端で二人が合流している間にカティス号はドラドーグルの群れが肉眼でも捉えられるぐらいの距離まで縮まっていた。そしてカティス号は少し進路を右に傾けていく。


「奴ら、何匹か気付いたみたいにゃ」

「まだこっちには向かって来ないな」


 ハティーは舵を握りながら、シュラクスは双眼鏡を覗きながらそう答える。ラドルは無言で船の先端にいる二人に視線を向ける。


 ……ミオナはバレルガンに、レフィーリアは長剣か。ミオナが上から掃射して、撃ちもらして甲板に上がってきたドーグルをレフィーリアが対処するといったところか。

 ドーグルどもは素早い。接近しても尻尾や前脚の鉤爪は厄介だぞ?あの長剣で大丈夫なのか?


 そんなラドルの疑問を察したのか、シュラクスがラドルに問い掛ける。


「なあ、ラドル。お前は身体強化魔法は何レベルまで使える?」


 

 身体強化魔法。

 ハンター必須の魔法。その名前の通り、使用者の身体能力を一時的に飛躍させる魔法である。

 この世界で魔法はほとんど廃れてしまっている。数百年前には魔法で炎を生んだり、氷の槍で攻撃することが出来たらしいが、それは遠い昔の話。


 だが人間の体にはそういった魔法は使えなくともまだ魔力は受け継がれていて、炎や氷は生み出せないが、自身の能力を一時的に向上させる身体強化魔法は使用することが出来ていた。

 その魔法はハンターであれば全員が使用出来る。というか、使用出来なければハンターとして登録が出来ない必須スキルであった。


 強化出来る割合によって10段階にレベル分けがされていた。その数字が大きくなれば飛躍的に筋力や瞬発力などが強化される。

 練度が上がれば使用出来る身体強化のレベルも上がっていく。


 ハンターになりたての新米であれば、だいたい身体強化レベルは1か、2レベルだ。


「身体強化魔法か。俺は3レベルだ」

「3?低めだな」

「三等級のハンターで3レベルは揃えたのか?なかなか笑えるにゃ」

「ほっとけ。俺は元々の体が鍛えられてるから問題ないんだよ。で、身体強化魔法のレベルがどうかしたのか?」


 シュラクスがハティー越しにラドルの顔を見る。


「あのレフィーリアな。アイツの身体強化魔法のレベルは8だ」

「8!?何かの間違いじゃないのか?」

「いや、本当だ。アイツは現在存在する身体強化魔法で最高レベルの使い手だ」


 身体強化魔法のレベルは10段階に区分されるが、10レベルと9レベルの使い手はここ十数年確認されていない。つまり8レベルを使用出来るということは現存する身体強化魔法を使用する者で最高を意味していた。

 ちなみに一般的な体力を持つ女性が2レベルの身体強化魔法を使用すると、その筋力は大男を軽く投げ飛ばせるほどの力になるという。


 それが8レベルとなると、人間業を超越したレベルと言っても過言ではない。


 ラドルは再び船の先端に立つ二人に視線を落とす。


 ……身体能力だけなら超一流ってことか。だが、あの長剣……。そんな力で振るわれて耐えられる物なのか?


「おっ!ドーグルどもの何匹か、こっちに向かって来たな」


 シュラクスが双眼鏡から目を離し、声を上げた。ラドルも船の前方に目を向けると七、八匹ほどのドラドーグルが強靭な後ろ脚で砂を蹴り、カティス号に向かって突進を開始していた。

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