第7話 ミオナ出陣

 甲板から船内に戻ってきたラドルとシュラクスは操舵室のすぐ裏にある船室にいた。ラドルの船室よりも少し広いその部屋はこのカティス号の船長シュラクスの船長室。

 二人は小さなテーブルを挟んで向かい合わせに腰掛けている。

 シュラクスが2つのグラスをテーブルに置き、それぞれにさっき甲板で飲んでいたのと同じ酒を注ぐ。


「まあ、まずはお疲れさん」

「ああ。いただく」


 二人はぐっと一口飲むと、シュラクスから口を開く。


「で、話なんだが、いいか?」

「ああ。何だ?」

「ラドルはそのバレルガンをどこで手に入れた?」


 ラドルは手に持っていたグラスをテーブルに置くと、


「このバレルガンを見たことがあるのかっ?」

「いや、そのバレルガンは初めて見た。どうした?そんなに慌てて」

「いや、すまん。気にしないでくれ」

「そう言われると余計気になるんだが?」


 ラドルはシュラクスにちらりと視線を向けると、嘆息した。グラスに残った酒を口を運ぶと、すぐ横に立て掛けたバレルガンのケースに目を向けながらゆっくりと話し出した。


「このバレルガンの前の持ち主を知っているかと思ってな」

「前の持ち主?」

「ああ。俺の師匠だ」


 なるほどと、相槌を打ちながらシュラクスが空になった2つのグラスにまた酒を注ぐ。


「五年前、俺の師匠は俺を含めたパーティーメンバー全員を置いて突然姿を消した。そして残された手紙にはこのバレルガンを俺に託す……と」

「急に居なくなったのか?」

「何の前触れもなかった」

「行き先に心当たりもねえのか?」

「ああ。まあ、自由な人だったからな。置き手紙には一人で自由に生きていくとあったし、俺達はすぐに探すのを止めたよ」

「探しているんじゃなかったのか?」

「まあ、探しているといえばそうだが、別に見つけ出してやろうとまでは思っていない」

「そうなのか。でももし見つけたらどうすんだ?」

「突然俺達の前から消えたからな。育ててくれた礼ぐらいは伝えたいと思ってる。それにあの人にはあの人の生き方がある。俺はその邪魔はしたくない」

「師匠想いの弟子だね〜。俺のどこかの弟子にも教えてやりたいよ」


 シュラクスが一杯に満たされたグラスを再びぐいっと飲み干した。


「ラドル。ちょっとそのバレルガンを俺に見せてくれねえか」

「ああ。別に構わないが……。俺以外の人間が触っても変形しないぞ」

「分かってる。変形だけに魔力を使用するタイプだな」

「この手の変形機構ギミックはだいたいそうらしいな」

「魔導武具……だな」

「ああ。そう言うらしいな。俺はあまり詳しく知らないが」


 魔力を込められた道具を魔導具、そして武器や兵器を魔導武具という知識はラドルにもあった。そしてそれらは高価な、あるいは便利な品物として街の道具屋や武器屋で取り引きされているということも。

 魔導具は部屋の灯りや台所の火元など色々な用途に使われる為に目にすることも多いが、魔導武具はほとんどが一点物で、全く同じ物というのは見たことはなかった。


 シュラクスはラドルから手渡されたバレルガンを食い入るように見ながら、


「愛弟子に託した魔導武具か……」

「そうなるかな」

「ラドルの他にもパーティーメンバーがいたんだろ?そいつはどうしたんだ?一緒に行動しなかったのか?」


 ラドルは手に持ったグラスを弄びながら、


「元々、師匠に付いてきて集まった連中だったからな。師匠が居なくなってすぐに解散したよ。どこかでハンターは続けている連中だとは思うが」

「そうか……」


 シュラクスがラドルにバレルガンを返すと、ラドルはそれをすぐにケースに仕舞う。

 またシュラクスが空いたグラスに酒からを注ぐと、部屋の扉がノックされて外からミオナの声が聞こえてきた。


「先生〜。お昼ご飯持って来たよ〜」

「おう。すまねえな、ミオナ」


 扉が開くと、プレートに食事を乗せたミオナが姿を見せた。


「あれっ?ラドルもここにいたんだ」

「ああ。飯は食堂だったか?」


 ラドルが立ち上がろうとすると、シュラクスがミオナからプレートを受け取りながら、


「悪いが、ミオナ。ラドルとまだ話が終わってねえんだ。ラドルの分の昼飯もここに持って来てくれねえか?」

「えっ?そうなの?別にいいけど」

「すまんが頼んだ、ミオナ。まあ、座れよラドル。飯はミオナが持ってくるからよ」

「いいのか?」


 ラドルは中途半端に腰を上げたままミオナを見る。


「うん。別にいいよ。すぐに持ってくるから待ってて」

「悪いな」

「ふふん♪先生のお願いですから〜」


 ミオナはそう言いながら扉を閉めて出て行った。ラドルはもう一度椅子に腰掛けると、


「シュラクスも充分、師匠想いの弟子がいるじゃないか」

「まあ、そうかもしれねえな」


 シュラクスはグラスの酒をぐいっと口に運んだ。


『先生〜。進行方向に中型モンスターの群れ発見〜。見に来れますか〜?』


 シュラクスの部屋のスピーカーから声が聞こえた。シュラクスはすぐに椅子から立ち上がると、


「またかよ!おちおち話も出来ねえな!ラドル、悪い。ちょっと見てくる」

「俺も行こう」


 二人は扉を開けて、すぐ向かい側にある操舵室の扉の中に入って行った。

 操舵室には相変わらず出港の時から小さな女の子が舵を握っていた。さっきの声もこの女の子なのだろう。シュラクスがすぐにその女の子の隣に陣取る。


「距離はどのくらいだ?ハティー」

「まだ2000はあるにゃ。多分ドラドーグルにゃ」


 シュラクスが双眼鏡を覗いて進行方向に目を向ける。ラドルも同じように進行方向に目を向けると、


「この距離で双眼鏡も無しに見えるわけないにゃ」


 ハティーにそう言われたラドルは、


「視力にはちょっと自信がある。奴らの周りにあるのは船の残骸か?どうやら食事中みたいだな」


 シュラクスが双眼鏡から目を離し、ラドルの方に目を向けた。


「はっ。驚いたな。正解だ。どんな眼してんだよ」

「双眼鏡要らずで助かるにゃ」


 ラドルが嘆息しながら、


「で、どうするんだ?迂回するのか?」

「いや、このまま突っ切る。ハティー、ヤツらは船の残骸に群がって食事中だ。船の残骸にぶつからないように最低限の迂回で脇を突っ切ってくれ」

「でもそれだったらドラドーグルがこの船に乗り込んでくるかもしれないにゃ。どぉするにゃ?」

「乗り込んできた勇敢なドーグルどもはミオナに相手させるさ」

「俺も甲板に降りよう」


 ラドルがそう答えると同時に、操舵室の扉が開いた。


「先生、ラドルのご飯持って来たよ〜……って、どしたの?なんかいた?」


 シュラクスがミオナの方に振り返る。


「おー、ミオナ。悪いがあのトカゲどもの横を突っ切る。船に乗り込んで来たら処理してくれ」


 シュラクスが手に持っていた双眼鏡をミオナに手渡す。すぐに覗き込んだミオナは、

 

「おー、ホントだね。数は二十ぐらいかな?」


 ミオナがドラドーグル達の数を確認し、すぐに双眼鏡をシュラクスに返すと、


「りょーかい!じゃあ、ちょっと相手してきましょかね」


 踵を返して操舵室を出ようとする。ラドルがそれに続こうとすると、


「ああー。ラドルはせっかくご飯持ってきたんだから、食べてて。私一人で大丈夫だから」

「いいのか?」

「うん。任しといて。何だったらここで食べながら高見の見物決め込んじゃってもいーよ」

「それは私が迷惑にゃ」

「あははー。そう言わずに〜。じゃあ、ハティーの邪魔にならないようにゆっくり見ててねー。じゃあ、ちょっと準備してきますよ〜」


 あっという間に扉から姿を消したミオナを見送ったラドルがシュラクスの方に振り返ると、


「まあ、ミオナに任せておけ。ラドル」

「アンタがそう言うならそうするが……」


 やがて操舵室の下方の扉から肩からバレルガンを下げたミオナが甲板に姿を現した。両手でちょうど抱えられるぐらいの小ぶりな黒いミドルバレルガン。


 ミオナはまるで散歩にでも来たかのような足取りでカティス号の先端の方に歩いていく。

 先端近くまで着いたミオナが操舵室の方に振り返り、満面の笑みでVサインを見せた。

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