第6話 挨拶

 ラドルはバレルガンに取り付けたスコープと肉眼でモザグリスの位置と距離を測る。


 ……まだ1000以上あるな。もう少し引き付けないと流石にダメージは与えられないな。


 ラドルのその行動をレフィーリアは不思議そうに見ながらシュラクスに尋ねる。


「あ、あの、彼はあの大型モンスターを狙ってるんですよね?」

「ああ。ラドルはガンナーだからな」

「で、でもまだかなり距離ありますよね?」

「確かにな。もう少し……いや、まだかなり引き付けないとな」


 再び操舵室下の扉が開き、ミオナが甲板へ入って来る。


「お、おおー、先生。ラドルが狙うの?」

「ああ。そうだ」

「おおっ!初仕事だね!って、そのバレルガン……デカくないっ!?」


 ラドルは顔を上げてミオナを加えた三人の方に目を向ける。


「シュラクス。船の揺れが大きい。少し揺れを抑えるのに船のスピードを落としてくれないか?それと……」


 ラドルが口に人差し指を当てた。静かにしろという仕草だ。

 

「ああ。分かった」

「ちょっとちょっと!スピード落としたら追い付かれちゃうよ!?まだ全然届かない距離でしょ?」


 ミオナにそう言われたラドルがまたモザグリスの方に目を向ける。


「そうだな。だからもう少しだけ引き付ける」

「もう少しって……。まだ1000ぐらいあるでしょ?そのバレルガンはかなり大っきいから射程が長いかもしんないけど、普通のロングバレルでも射程って200ぐらいでしょ?」

「よく知ってるな」

「そりゃあ、私もバレルガン使うから射程距離ぐらいは知ってるけど……」

「コイツの最大射程は1000だ。だからコイツならそんなに引き付けなくても届く」


 ラドルがバレルガンに手を添えてそう答えた。


「「1000ん〜っ!」」


 シュラクスとミオナの声が揃って、隣でレフィーリアがぽかんとしている。

 ミオナが目を見開きながら、


「そ、そんな超長距離のバレルガンって……ホント?でも届いても、モザグリスの皮膚硬いよ?通らないんじゃないの?」

「ああ。だからコイツを使う」


 ラドルは腰のポーチから一発の弾丸を取り出した。


「炸裂弾だ。コレは着弾すると小さい爆発を起こす。これをヤツの足に打ち込んで皮膚にめり込みさえすれば、足を止めるぐらいは出来るはずだ。それに確実に皮膚を通す為に500ぐらいまで引き寄せるつもりだ」


 ミオナとシュラクスがラドルが手に持つ炸裂弾に顔を寄せる。シュラクスは何度か頷きながら、


「よし、ラドルに任せよう。スピードを落とせばいいんだな?」

「ああ。少しで構わない」


 シュラクスは操舵室の方に振り返ると、舵を握る女の子にハンドサインを送ると、女の子がシュラクスに親指を立てた。

 するとゆるやかにカティス号のスピードが落ちていった。


「助かる。これぐらいなら充分狙えそうだ」

「ああ。頼んだぞ」


 ラドルは再びスコープを覗く。先ほどより明らかに近付いて来ているモザグリスがその目に映った。ラドルはスコープを覗いたまま、炸裂弾をバレルガンの装填口に入れ、側面に出ているレバーをガチャンと引き、炸裂弾がバレルガン本体の中に装弾された。


 モザグリスは牙を見せながら、足の回転を早める。その双眼はカティス号に固定されたまま、全くブレていない。


 ……まだ距離があるのにこんなに必死に追いかけてくるとは、よほど周りに獲物が少ないのか、勤勉なのか……、ご苦労なことだ。


 ラドルは心の中でモザグリスに嫌味を言いながら、その狙いを定める。距離は徐々に詰まり、カティス号とモザグリスとの距離は600ほどになっていた。

 左舷側から近付くモザグリスに対して甲板の縁に銃身を乗せて、バレルガンの砲身を安定させている。


 ラドルが引き金に指を掛けた。


 ドゴォォンっ!!!


 唐突な大爆音が響く。バレルガンの銃身から凄まじい速さで弾丸が撃ち出された。

 こちらに向かって全力で走るモザグリスに、糸を引いた弾丸が突き刺さる。弾丸は走るモザグリスの左前足の付け根辺りに着弾し、モザグリスの足の回転が鈍る。


「うわっ!!当たったぁー」


 ミオナが飛び上がりながら絶叫したのとほぼ同時に、


 ボンっ!


 着弾した箇所から弾け飛ぶような爆発が起きる。モザグリスは完全に態勢を崩し、走っていた勢いそのままに前のめりに砂漠の表面を滑るように倒れ込んだ。激しい砂埃が舞い上がった。


 バレルガンのスコープから目を離したラドルがシュラクスの方に振り返る。


「よし。上手くいった。スピードを上げても大丈夫だ」


 ラドルの狙撃に見とれていたシュラクスとミオナがその声にハッと反応し、シュラクスが慌てて操舵室を見上げると、その様子を見ていた舵を握る女の子がシュラクスに向かって親指を上げ、カティス号はゆっくりとスピードを上げていった。


 地面に滑り込んだモザグリスは体を砂にめり込ませながら、もぞもぞと動いているようだが立って走り出すことは叶わない。やがてカティス号からどんどんと距離が離れていき、ついに砂丘の陰に隠れて船からは完全にその姿は見えなくなった。


 ラドルはモザグリスが完全に見えなくなったのを確認すると、バレルガンを操作して長方形の箱型に戻した。決められた操作をするだけで自動でその形を変える変形機構ギミックと呼ばれる技術である。


 シュラクスがラドルの首に腕を回す。


「すげえな!ラドル!まさかこの距離の狙撃を一発で当てるなんてよっ!」

「私も初めて見たっ!アレでまだ最大射程の半分くらいなんでしょ?」

「ああ。まあ、そうだな。最大射程目一杯の狙撃は実戦ではほとんどしたことはないがな」


 シュラクスに肩を組まれながらラドルが答えた。ミオナの横ではレフィーリアが信じられない物を見たというような顔で、見えなくなったモザグリスの方にまだ顔を向けていた。


「いや、サイコーだよ。ラドル。お前に護衛を依頼して間違いなかったな。やっぱ俺の目に狂いはなかった」

「また先生、調子いいこと言っちゃって〜」


 ラドルは盛り上がる二人から少し離れた場所にいるレフィーリアに声を掛ける。


「どうだ?新米ルーキー。ちゃんと仕事しただろ?」


 レフィーリアは長い髪を風に吹かれながら振り返り、ラドルを見ると、


「ル、ルーキーだけど……レフィーリアよ」


 ラドルの前に歩み出て、顔を赤らめながら自分の名前を口にした。ラドルは少し肩を竦めると、


「レフィーリアか。俺はラドルだ」


 ラドルも名乗ると、レフィーリアは顔を伏せたまま、ラドルに向かって右手を差し出した。


「あ、朝はちゃんと挨拶出来なかったから……

 。これから、よ、よろしく」

「ああ。よろしくな」


 ラドルがその右手を握り返した。

 シュラクスはフッと笑うと、


「よしっ!挨拶も済んだ事だし、もう昼だな。昼飯にするか!ミオナ。トリタとエザリエにも声掛けといてくれ」

「はいはーい!レフィーリア……。レフィも行こっ」

「あ、は、はい。レフィ?」

「あー。私はミオナね。ミオナでいいよ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします…」

「よーし、じゃあ、行くよー」


 いきなりあだ名呼びされて戸惑うレフィーリアはミオナに手を取られ、船の中に入って行った。


「ラドル。飯の前に俺の部屋に来てくれるか?ちょっと話したいことがある」

「?ああ、分かった」


 ラドルはバレルガンをケースに仕舞うと、再び肩に掛けて立ち上がった。

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