第5話 襲撃

 カティス号は順調に砂漠の上を進んで行く。遠くに地平線が見えるのは相変わらずだが、進行方向に高低差が出てきたらしく、カティス号はゆったりと前後に角度をつけて、上下に揺れが大きくなった。


 揺れは大きくなったが、ラドルは相変わらず船の先端付近に腰掛け、時折周りを見回していた。

 船の周辺を警戒しているという訳ではないが、狭い船室に閉じこもっているより周りを見渡せるここが落ち着くという、ハンター特有の習性みたいなものだった。


 何気に操舵室の方を振り返ると、舵を握っているのはシュラクスではなく、小柄な女の子だった。出港前に操舵室で計器類をチェックしていた女の子だ。


 ……そういえば出港してからシュラクスが舵を取っているのを見ていないな。確か船長って呼ばれてたよな?


 そのラドルの視線に気付いた舵を握る女の子は、ラドルと目が合うとぷいっと目を逸らした。


 ……なんか嫌われてるのか、俺?


 ラドルが操舵室の方から下に視線を下げると、扉が開きシュラクスが甲板へ出てきた。

 少し揺れが激しくなった甲板をフラつきながらラドルの元に近付いてくる。


「おう!ラドル。大丈夫か?別に船周辺の警戒は弟子達がするから部屋で休んでても構わねえぞ?」

「いや、大丈夫だ。問題ない」

「そうか。ならいいんだが、まだ始まったばかりだからな。ほどほどに休んでおけよ」

「ああ。分かった」


 シュラクスはラドルのすぐ側に腰を下ろすと、船の縁に腕をかけて船の外に視線を向ける。


「この辺りは緩やかな砂丘が続く地帯だからな。揺れが大きいから振り落とされんなよ」

「ああ。気をつける」


 だったら甲板に上がってくるだけで足元がふらついているシュラクスの方がよっぽど危ないと思いながら、ラドルはシュラクスの忠告に素直に頷いた。


 不意に甲板の上に放送が聞こえる。


「先生〜。10時方向に大型発見〜。どうするにゃ?」


 操舵室にいる女の子の声だった。淡々とした口調の声が甲板に響いた。

 二人はすぐに船の左前方に視線を移す。


「まだハッキリ見えねえな。すまん、ラドル。ちょっと上に行ってくる」

「ああ」


 シュラクスは甲板を駆けて扉の中に消えて行った。ラドルは揺れに気をつけながら立ち上がり、更に遠くへ目を凝らす。

 まだ距離はあるが、太陽に照らされて黄金に輝く砂漠に薄い墨を落としたような薄灰色のモンスターが見えた。

 先ほどまで砂の中に潜っていたのか、そのモンスターはしっかりとした四肢で立ち上がると、ぶるぶると体を震わせて体に付いた砂をふるい落としていた。

 ラドルの目にはそのモンスターがしっかりとこちらを見据えているのが分かった。


 ……船が近付く音に気付いたか。まだ距離はあるが……。


 薄灰色のモンスターがゆっくりと移動を始める。丸太のような四肢を踏み出し歩き出す。視線をこちらに向けたまま……。


 再びシュラクスが甲板に降りてきて、すぐにラドルの横へとやって来る。


「ありゃあ、モザグリスだな。見た事はあるか?ラドル」

「ああ。討伐したこともある」

「そうか」

「どうする?迂回するのか?」


 大型モンスター、モザグリスは徐々にその移動速度を上げて来ている。その視線は完全にこのカティス号に向けられたまま。

 大型モンスターに分類されているが、体長五メートルほどと、大型の中では小さい部類に入るモザグリスだが、その獰猛な性格から砂漠の船乗りには嫌われているモンスターだ。


 熊と大きくしたような見た目だが、硬い体毛と厚い脂肪に包まれた体は、熱を帯びた砂漠の砂をものともせず、近付いてきた船や旅の馬車を見境なく襲う。

 体の半分以上を砂に埋もれさせていることも多いことから、砂漠との保護色効果で発見が遅れて、突如モザグリスが船の眼前から現れて襲われたという話もよく聞く話だ。

 こんな理由で船乗り達から嫌われ、ハンター達からも発見しにくい、耐久力が高い、苦労して討伐しても素材の買い取り価格が低いなどの理由から嫌われていた。


 主要航路に出現した時にはギルドが討伐依頼を出してハンターがその討伐に出ることはあるが、それ以外の理由で積極的にモザグリスを狩猟しようとするハンターは皆無だった。


 ラドルに問われたシュラクスはまだかなり離れた位置にいるモザグリスを見て、顎髭を触りながら思案すること数秒。そしてラドルの方に目を向けた。


「この地帯ではあまり進路も速度も変えたくない。出来るだけ離れた位置でヤツをどうにかしたい。出来るか?ラドル」

「ああ。分かった。対処しよう」


 モザグリスは耐久力が高いので、あまり距離を引き付け過ぎると、攻撃に耐えられて勢いで接近されてこちらが攻撃を喰らう危険がある。だからシュラクスは船から出来るだけ距離のある位置でこのモザグリスを撃退するか、退散させたいということだった。

 このカティス号があのモザグリス程度の大きさのモンスターに沈められることは無いと思うが、船体に多少でもダメージを負うことは避けたかったのだろう。

 ラドルが肩に掛けていた長方形のケースを下ろし、蓋を開けると中から同じ長方形の金属製の物体を取り出した。シュラクスが目を見張って驚きの声を上げる。


「それはバレルガン……なのか?」

「ああ。変形機構ギミックだ。持ち歩く時はこの形にしている」

「そうか。これも変形機構ギミックだったか」

?」

「ああ。気にすんな。準備を進めてくれ」


 ラドルはシュラクスから手元に目を向けて、その武器を触る。細かな刻印や継ぎ目が小さく光り、機械的な音を立ててその姿を変えていく。

 それは太い槍のような形に変わると小さく光っていた光が収まった。その長さはラドルの身長に迫るほどに長くなっていた。


「おい。ラドル。前に俺が見た時とだいぶ形が違うが?」

「前にサイプスを倒した時か。あの時はミドルバレル形態だった。これは長距離射撃用のロングバレルだ」

「なっ……。使い方で形が違うのか?」

「ああ。そうだ。ちなみにバレルガン以外の武器に形を変えることも出来るぞ」

「マジか……。それはどんな武器なんだ?」

「その詳しい話はまずをどうにかしてからだ」

「あ、ああ。そうだな。頼んだ」


 ラドルはバレルガンを両手で持ち上げ、甲板の縁を見回した。やがて槍のようなバレルガンを固定するのにちょうど良さそうな場所を見つけると、その縁にバレルガンと砲身を置いた。


 ラドルがバレルを縁に置いたのと同時に操舵室下の扉が勢い良く開き、レフィーリアが慌てた様子で甲板に下り立つ。ラドル達を見つけると、すぐ側に駆け寄ってきた。


「船長さん!さっきの放送……!大型って、大型モンスターのことですよね!?」

「ああ。そうだ」

「ど、どこに?モンスターはどこに現れたんですか?」


 シュラクスは右手でモザグリスのいる方を指差した。

 レフィーリアはラドルの隣に行き、両手を縁に手を掛けて目一杯背伸びをしてモザグリスの位置を確認する。

 モザグリスの位置を確認したレフィーリアがシュラクスの方に振り返ると、


「こっちに向かって来てますよねっ?」

「ああ。そうだな。この船目指して走って来てるな」

「私が討伐してきますっ!」


 レフィーリアが縁に身を乗り出し、片足を掛けたところでシュラクスが慌ててその腕を掴んだ。


「おいおいっ!何やってんだ!船は走ってんだぞ」

「で、でも、早くしないと船が沈められちゃいますよ!?」


 シュラクスがレフィーリアの腕を掴んだまま、嘆息してラドルに目を向けた。

 シュラクスと目が合ったラドルが同じように溜息をついてレフィーリアに目を向ける。


「あのな……新米ルーキー。そこで大人しくシュラクスと見てろ。気が散る」

「なっ……!?ルーキーって……」

「まあ、レフィーリア。ちょっと大人しくラドルの仕事ぶりを見せてもらおうや」


 シュラクスになだめられて、レフィーリアは渋々足を下ろすと、頬を膨らませながら数歩下がった。

 ラドルは小さく嘆息すると、バレルガンの上部にスコープを取り付けて、バレルガンの後部を右脇で抱え込むように構えた。

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