第4話 新米ハンター
カティス号が砂の上を疾走する走行音に混じって、後方の扉が開く音がラドルに耳に聞こえた。シュラクスだった。
シュラクスは船の振動に少しふらつきながら、ラドルとミオナの元に近付いてくる。
「おーい、ミオナ」
「うん?何?先生?」
「中に入ってトリタ達を手伝ってやってくれ。揺れでちょっと積み荷が崩れたみたいだからよ」
「えーっ!?先生は?手伝わないの?」
「俺はちょっとラドルに話があるんだよ。終わったら行くから先に行っといてくれ」
「はーい。わっかりましたー」
ミオナはそう答えると、船の先端の一段上がった所からぴょんと飛び降りて、シュラクスと入れ違いで扉の方へ駈けて行く。
扉に手を掛けて中に入ろうとすると、何かを思い出したようにラドルの方へ振り返った。
「あっ、ラドルー」
「ん?」
「カティス号へようこそ〜。よい船旅を〜。にひひ〜」
ミオナはそう言って、手を振りながら船の中に消えていった。
シュラクスが少し苦笑いを浮かべながらラドルの方に振り返る。
「すまねえな。馴れ馴れしいだろ、アイツ」
「いや、別に構わない」
シュラクスが背中から瓶を取り出し、更にポケットからも小さなグラスを二つ取り出した。
「飲むだろ?ラドル?」
まだ朝だぞと、ツッコもうかと思ったが、グラスの一つを受け取る。
「そうだな。たまにはいいかもな」
「ああ。まだ始まったばかりだ。一杯ぐらいなら問題ねえよ」
シュラクスはそう言いながら、隣にドカッと腰を下ろしラドルが持つグラスに酒を注ぐ。シュラクスは自分のグラスにも酒を注ぎ、二人は小さなグラスの酒をぐいっと口に入れる。
強い刺激があるが、後味はほんのりと甘い。酒というより強壮剤のような味だった。
「どうだ美味いだろ?」
「ああ。美味いな。これは酒か?」
「一応、酒だがほとんど酔わねえよ。かえって頭が冴えてくる類いのヤツだ」
「なるほどな……」
ラドルは少し飲み残したグラスをかざしてみた。
「ラドルが酔っ払って仕事が出来なくなったら困るからな」
「たしかにな。で、話って?」
「ああー。それはミオナを先に行かせる為の言い訳だ」
「何だそりゃ」
「それはそうと、聞いたと思うがアイツもハンターだ。しかもあの歳で第四等級だ。アンタと一緒にこのカティス号を守ることになるからよろしく頼むな」
シュラクスが自分のグラスに酒を注ぎ、ラドルのグラスにも更に注ごうとしたが、ラドルが視線でそれを制した。
「ああ。アンタの弟子なんだってな」
「まあ、そうだな。何人かハンターとして面倒を見たが、ミオナが最後だな」
「最後の弟子ってヤツか」
「ははっ。まあ、そんなところだな」
シュラクスはカティス号の進行方向に顔を向ける。ラドルもそれにつられて同じようにそちらへ視線を向けた。シュラクスはラドルの方に視線を向けることなく、
「なあ、ラドル。あのサイプス……、巨像達は一体何なんだと思う?」
唐突な質問だなと思いながら、ラドルも視線をそのままに考える。
五年ほど前から大陸中に増えだした謎の巨像サイプス。巷では様々な憶測が飛び交っていた。
精霊が実体化した怪物だとか、どこぞの古代魔法を研究している人間が生み出した魔法生物だとか、果ては空の彼方から降ってきた全く未知の生き物だなど……。
そんな噂をラドルも聞いたことがあったが彼は深く考えたことはなかった。
ただ……。
この巨像が出現した時期と自分の師匠が失踪した時期はちょうど同じ頃だった。
ラドルには何故かこの二つの出来事が繋がっている気がしていた。確信はないが、ずっとそんな気がしながらハンターとして活動していた。
何故、師匠は命の次に大切だと言っていたこのバレルガンを自分に託して自分の前から姿を消したのか……。
そんなことを考えていると、ラドルの手は知らず肩から掛けているバレルガンのケースに触れていた。
「なあ?どう思うよ、ラドル?」
シュラクスの声でラドルの思考がカティス号の甲板の上に戻された。
「あー。俺には分からないな。まあ、素材の剥ぎ取りが要らない、後処理が楽な獲物としか考えたことなかったな」
「ははは。そうか、分かった分かった」
シュラクスが破顔しながらラドルの肩をぽんぽんと叩いた。
ラドルがふと船内へ続く扉に視線を向けると扉が開き、そこから一人の少女が姿を見せた。
ミオナと同じぐらいの歳の頃だが、ミオナとは違う少女だった。
金髪のミオナとは対象的な黒く長い髪を
先ほどのミオナの快活な雰囲気と違い、遠目に見ても整った美人顔だということが分かる、お嬢様という言葉がしっくりとくる少女だった。
その身なりは旅用の軽装ではあるが、色使いやデザインに高貴な雰囲気があった。更に印象的だったのが腰から下げた長剣だった。
宝石や装飾が付いた少し派手な作りの柄と鞘だったが、その少女の高貴な雰囲気にはとても合っていた。
少女は視界にラドルとシュラクスを捉えると、少し目を細めて二人の元に歩いてくる。その足取りは船の揺れを感じさせない軽やかでしっかりとした足取りだった。
やがて二人のすぐ側まで近づくと、
「船長さん。朝からそのような物を召し上がって、この船は大丈夫なんですの?」
少女はシュラクスを睨みつけるように声をかけた。
シュラクスは失笑とも苦笑いとも取れる表情を浮かべて、
「ああ。ご忠告どうも。なあに、レフィーリアちゃん。俺の弟子達とこの船は俺と違って優秀でね。俺が居なくてもきっちりロンザリドまで連れて行ってくれるよ」
レフィーリアと呼ばれた少女がふんっと、鼻を鳴らすと視線をラドルに向けた。
「アナタも船長さんに雇われたハンターなの?」
「ん?ああ。あなた
ラドルはレフィーリアが近付いて来た時に、彼女の首にハンタータグが揺れていたのに気付いていたが、一応確認した。そのタグには第十等級の刻印が刻まれていた。つまりハンターのランクでいうと一番下、
レフィーリアはラドルもキッと睨みつけると、
「ええ。そんなトコよ。別に飲んだくれていても私には関係ないけど、モンスターが出たらちゃんと仕事はしなさいよ」
「ああ。もちろんだ。肝に命じておくよ」
ラドルにぶっきらぼうに返答されたレフィーリアは何も言わずにくるっと踵を返すと、すたすたと船内の扉の中に消えていった。ラドルが何だいあれは?と言いたそうな顔でシュラクスに目を向ける。
シュラクスは肩をすくめながら、
「気合いの入ったお嬢ちゃんだよな」
「いや、アレもアンタが雇ったのか?新米だろ?」
「まあ、そうだな……。ちょっと知り合いに面倒を見てやってくれと頼まれてな」
「大丈夫なのか?」
シュラクスがラドルをチラリと見て、含んだ笑顔を見せる。
「ま、どうなんだろうな……」
シュラクスがそう答えると、再び扉が勢い良く開き、そこからミオナが顔を覗かせた。
「あーー!先生、まだ飲んでるっ!」
「おっと、すまねえ。ミオナに怒られるからラドル、ちょっと行ってくるわ」
そう言いながら重い腰を上げたシュラクスが少しフラつきながら、ミオナの所に歩いて行った。
もーっと頬を膨らませたミオナがシュラクスの手を取って、扉の中に引きずりこむ。シュラクスはミオナに腕を引っ張られながらラドルの方に振り返ると、
「じゃあ、ラドル。また後でな!船旅楽しんでくれよ!」
ラドルに愛想をまくミオナに連れられて、シュラクスはミオナと共に船内へと消えて行った。
ラドルは地平線以外何も見えない遠くを見つめながら、グラスに少し残っていた酒を一気に飲み干した。
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