第3話 ミオナ

 二日後の早朝、ラドルはキビウにある停船場へ向かった。数隻の砂漠船が並ぶ中、目的の船をすぐに見つけることが出来た。


「これか……。カティス号」


 一隻の砂漠船を見上げながらラドルが呟いた。その視線の先には周りの船より真新しい印象の砂漠船があった。その船体には『カティス号』の文字。

 輸送船よりも一回り大きく、立派な船体の甲板から一人の男がラドルの方を見下ろす。


「おー!ラドル。来たか。ちょっと待ってろ」


 ラドルに声をかけたシュラクスが甲板を回り込み、船体横に繋げられた橋からラドルのいる桟橋へと降りてきた。


「ようこそ、カティス号へ。ラドル」

「ああ。世話になる」

「お前の船室も用意してある。案内するから来いよ」


 ラドルがシュラクスに促されるまま、カティス号の中へと入って行く。中は非常に綺麗で、この船が進水してまだ間もないことが分かった。砂の上なので、正確には進かもしれないが……。


「シュラクス。この船は最近造られたのか?」

「ああ。完成したのはニヶ月前だ」

「なるほど……」


 新しいが狭い廊下を抜けて、船室エリアへと入って来た。シュラクスがその内の一部屋の扉を押し開けた。


「ここがラドルの船室だ。ちょっと狭いが、自由に使ってもらって構わない」

「うむ。分かった」


 ラドルは肩から下げた鞄を船室の中に下ろし、丸い小さな窓から外の景色を確かめる。


 ―思ったよりも高い位置にあるんだな……。

 ラドルがそんな事を考えていると、


「出港まではまだちょっと時間がある。良かったら船の中を見て回るといい。おっと、ここから船尾の方はまだ立入禁止だ。それと上のフロアの船室は女性専用だからな。覗くなよ」

「ああ。分かった」


 ラドルは甲板への道順を教えてもらい、船の甲板に出ることにした。

 甲板へ出ると、真っ白な甲板が陽射しを反射し、綺麗な船体の全体像が見渡せた。ラドルはゆっくりと船首の方へと歩いていく。

 後ろを振り返ると、自分が出てきた扉の十メートルほど上に見晴らしの良さそうな操舵室が見えた。

 操舵室はガラス張りになっていて、ラドルの位置から操舵室で誰かが作業している姿が見えた。


 ―女か?シュラクスじゃないな。


 操舵室の中では小柄な女の子が色々な計器類を確かめながら作業しているようだった。どうやらラドルの視線には気付いていないのか、黙々と作業をしている。

 ラドルは甲板の縁に向かい、その手すりを確かめる。


 ―ふむ。立派な船だ。


 ラドルは甲板をぐるりと回るように一周してカティス号から見える景色を確かめる。極力余計な物を排除して全周に視界が取れるように配慮しているのがよく分かる構造だ。


 

 ラドルは甲板の縁の近くに腰を下ろしてぼんやりと砂漠の方を眺めていると、どこからかシュラクスの声が聞こえる。


『じゃあ、そろそろ出港するぞ。少し揺れるから気をつけろよ』


 どうやら空気管を使用した放送マイクから聞こえてきているようだ。ラドルに言ったのか、船員クルーに言ったのか分からないが、ラドルは揺れに備えて甲板の縁を掴む。


 船内に入る扉が開いて、そこから一人の女の子が出てきた。歳は十代後半ぐらいだろうか。ニコニコと人懐っこそうな笑顔を浮かべている。

 肩ほどの長さの金髪をなびかせて、甲板の方へ小走りで走りだした。するとすぐにラドルの姿に気付き、


「こっちこっち!そこじゃ気持ち良くないよ!」


 その女の子はラドルの所にやって来て、ラドルの手を掴むと船の先端の方へ連れて行く。先端近くに座らされたラドルが女の子の顔を見ると、その娘が人差し指を立てて、


「ここが一番、風を感じて気持ちいいんだよ。お分かり?」


 その娘は船の先端に仁王立ちすると、また放送からシュラクスの声が聞こえる。


『おーい。ミオナ!落ちるなよ。落ちても拾わねーぞ』

「はーい!分かってますよー!」


 ミオナと呼ばれた女の子が操舵室の方に振り返って大声で答えた。ラドルもそちらに目を向けると、ガラス張りの操舵室からシュラクスがマイクを片手にこちらを覗き込んでいるのが見えた。

 やがてカティス号は動き出し、キビウの停船場の出入り口へと向かう。出入り口を抜けるとゆっくりと進路を右に傾かせながら、徐々にその速度を上げていった。

 カティス号はキビウの街を右手に見ながら、速度を上げ、やがて街の景色はカティス号の後方へと流れていく。

 ラドルはその風景を見送ると、ミオナの方に視線を移す。ミオナは目を瞑って気持ち良さそうに両手を広げて風を感じていた。

 ガタガタと揺れる船の上にもかかわらず、全く体を振らさずに風を堪能しているミオナの体幹にラドルが感心していると、ミオナが目を開いてラドルの方を向いた。


「お兄さんが先生がスカウトしてきたハンターだね?」

「ああ。そうだ。シュラクスは先生なのか?」

「そう。私の師匠だから先生って呼んでる」

「なるほど……」

「初めまして。私はミオナ。一応、この船のクルー?お手伝い?みたいなことしてる」

「ラドルだ。よろしくな」


 ミオナが右手を差し出し、ラドルがその手を握り返した。


「ラドルは砂漠の航海は初めて?」

「いや、船は経験あるが二週間は過去最長だな」


 どう見てもラドルよりも歳下なのに、いきなりタメ口を使うミオナに戸惑いながらラドルが答えた。


「そっか。ロンザリドは初めて行くんだよね?」

「ああ。君はあるのか?」

「うん。何度も行ったことあるよ」


 ミオナは一度顔をカティス号の進行方向に向けると、すぐにラドルの方に向き直る。


「その肩から下げているのがラドルの武器なんだよね?」

「ああ。そうだ」

「でもバレルガンにしては珍しいケースに入れてるんだね」

「まあ、色々事情があってな……」


 ラドルは自身の武器は肌身離さず持ち歩くようにしている。この肩に下げている専用のケースに入ったバレルガンと腰に差した短刀と呼ぶには少し大ぶりな片刃の短刀。この二つは常に持ち歩くように心掛けていた。

 ミオナはラドルのバレルガンに目を向けながら、


「もし航海中にモンスターが出て来たら私も戦うから、その時はよろしくね」

「!?君が?」


 ミオナが首元からハンタータグを取り出した。


「ほら、私もハンターだから」


 そのハンタータグにはラドルより一つ下の階級、第四等級の刻印が刻まれていた。

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