第2話 勧誘

「アンタが狩猟に出ている間、悪いがアンタのことを少し調べさせてもらったぜ」


 ラドルが笑顔のまま語るシュラクスに視線を向けてから、ギルドのカウンターに視線を移す。ギルドの女性職員がラドルのその視線に気付き、顔を傾かせて笑顔で返した。


「まあ、そうだな。あのねーちゃんにも色々アンタのことを教えてもらったよ」

「なるほど……。で、俺を選んだ根拠は?」

「ま、腕が立つ……ってことだな。それもガンナーとしてな」


 シュラクスの顔が真顔になった。ラドルがその顔を窺うが、どうやらこの男は本気で言っているようだと判断したラドルが再びシュラクスに問い掛ける。


「そうか。分かった。それでその仕事の報酬を聞いてもいいか?」

「もちろんだ。だがまず、仕事内容の話をさせてくれ」

「ああ。分かった」


 シュラクスは目の前に置いた麦酒を横へ動かすと、懐から一枚の紙を取り出し、自分とラドルの前に広げた。それは丈夫な紙に描かれた大陸の地図だった。


「まず、ここがキビウだ」


 シュラクスはそう言って、地図上の黒い点を指差した。今自分達がいるキビウを示している点だ。そしてその指をゆっくりと横にスライドさせながら、


「俺達の目的地はここ……。ロンザリドだ」


 シュラクスの指が別の黒い点の所で止まった。大陸の約三分の一を横断する距離に当たる。ロンザリドとは、大陸でも一、二を争う大きな商業都市である。商業の他にも貿易などが栄んで有名な街だ。


「この航程を二週間で走破する予定だ」

「ふむ。馬なら一月ひとつき以上はかかると思うが、シュラクスさんの船なら二週間で行けるのか?」

「ああ。問題ない。アンタにはその航程の間、俺の船を護衛してもらいたい」


 ラドルは地図を見つめたまま、更にシュラクスに問い掛ける。


「護衛ね……。他に護衛……いや、ガンナーは船に乗っているのか?」

「バレルガンを扱える奴はいるが、アンタより腕は落ちる」

「俺の腕を知ったような口ぶりだな」

「ああ。実際に見て確かめさせてもらったからな」


 シュラクスがニヤリと笑った。


「覗き見とはな……」

「いやいや、観察と言ってくれよ。それなりに遠くから望遠鏡で見てただけだからな。俺が見てたことには気付かなかっただろ?」

「まあいい。それで報酬は?」


 シュラクスが手を伸ばし、麦酒の杯を手に取りそれを口にする。


「この航程の後、ロンザリドでも仕事がある。今はその内容は言えないが、とりあえずロンザリドに着くまでの護衛報酬として五十万払う。渡航中にモンスターやサイプスを倒せば、その買い取り報酬の一割を渡す。ロンザリドに着いた後の仕事についてはおいおい説明するが、強制じゃない。別にロンザリドまでの護衛だけでも構わねえ」


 ラドルの眉が思わず上がった。思いもよらぬ好条件に口笛を吹きそうになるのを抑えた。

 今の自分で二週間で五十万稼ぐなど、よほどの幸運でもない限り不可能だったからだ。ちなみにさっき買い取ってもらった魔晶核は一つだけで、十万ちょっとだった。

 二週間、森の中をモンスターやサイプスを求めて探しまくって十万ちょっとだったことを考えれば、シュラクスが示した報酬は破格の額だ。


 破格の条件を提示されたラドルが疑り深くシュラクスに視線を向ける。


「船の護衛だけで本当にそんな額出せるのか?」

「ぶっっ!」


 シュラクスが飲みかけた麦酒を少し吹き出した。


「ゴホ……。まあ、たしかに上手い話には何とやらと言うからな。大丈夫だ。何なら半分は前金で渡しても構わない」

「金が貰えるなら別に構わないんだが……」

「他に何か気になるのか?」

「それだけの金を出して護衛を雇って、ちゃんとロンザリドに向かうのか?」


 シュラクスが少し目を細めて、カウンターの方へ視線を向けた。ちょうどさっきの女性職員の手が空いたみたいで、シュラクスがその女性を手招きする。

 女性職員は一瞬驚いたような表情を見せたが、グルっとカウンターの出入り口に回り込むと、少し小走りでシュラクスの元に寄ってきた。


「どうかされましたか?シュラクスさん?」

「いやね。どうもこのラドルは俺が胡散臭くて信用出来ないって言うんだよね」

「いや、そういう訳ではないが……」


 女性職員はシュラクスとラドルを交互に見やると、クスッと笑う。


「えっと……、すいません。でもシュラクスさんは信用しても大丈夫だと思いますよ、ラドルさん」

「そうなのか?」

「ええ。シュラクスさん。ハンタータグ、見せてください」


 女性に言われてシュラクスがおーっと、気付いたように首から下げたハンタータグを服から出した。

 ハンター登録した者なら全員持っている物だ。これによりハンターのランクが分かるようになっている。

 ランクの昇格には狩猟で得た報酬の総額の他にギルド職員の面接による人格審査も含まれる。つまりただ強いだけでは昇格出来ないようになっている。そもそもハンターはモンスターから人や街を守る為に作られた職業だ。その力の行使の仕方が分からない人間には高位のランクが与えられる事はない。


 ラドルのランクは十段階中の上から三番目、第三等級である。シュラクスのタグにはそれより更に上、第二等級の刻印が刻まれていた。


「ご覧のようにシュラクスさんは第二等級の高位ハンターなんです。カンパニーの設立資格も持っている、信用に十分足る人ですので安心してください、ラドルさん」


 何故か自慢げに話す女性職員に、ドヤ顔のシュラクス。まだ怪訝そうな顔をしているラドル。


「ふふん。人を持ち上げるのが上手いね、ねーちゃん。良かったら一緒に一杯飲むか?」

「今は仕事中ですので、また今度ぜひ〜」


 女性は満面の営業スマイルを二人に向けた後、するっとカウンターの方へと戻って行った。その後ろ姿を見送ったシュラクスがラドルの方に向き直る。


「という訳だが、どうだ?この仕事、受けてくれるか?」

「分かった。シュラクスさん。アンタの事は信用しよう」

「シュラクスで構わねえよ。決まりだな」


 シュラクスがぐいっと麦酒を飲み干した。


「で、出発はいつだ?」

「二日後だ。街の東側の停船場に俺の船が停めてある。二日後のこの時間に来てくれ」

「ああ。だが、どの船か俺は分からないぞ?」


 シュラクスが椅子から立ち上がった。


「カティス号。それが俺の船の名前だ。船体の横に刻んである」


 そう言ってシュラクスは右手を差し出した。ラドルも立ち上がり、その差し出された右手を握り返す。


「分かった。カティス号だな」

「おう。じゃあ二日後、カティス号で待ってるぞ」

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