砂漠の狩猟者 〜巨像狩猟戦記〜
十目イチヒサ
第1話 プロローグ
うっそうと茂る森林地帯に乾いた銃声が数発響いた。その直後にメキメキと大木が倒れるような大きな音が地面を揺らした。
その音が収まったのを待って、木の陰から大柄で体格のいい男が慎重な足取りで姿を現す。
短髪の頭には濃灰色の布が巻かれ、迷彩柄に塗られた胸当て、両腕には手の甲から肘までを覆う同じ柄の手甲。
その両手にはバレルガンと呼ばれる銃が握られ、男は周りを見回し警戒しながら歩みを進めて行く。
男が数十メートルほど進むと、先ほど大きな音を立てた辺りに木くずや土が積み上がった塚があった。
そこまで来ると男はその塚を登り、手に持ったバレルガンと足で木くずと土を掘り分けていく。
ある程度掘り返すと、足元の土から赤く発光している何かが見えた。
男は膝を付くと、右腕を足元の土に突っ込み、何かを引っ張り出した。
その手には両手に収まる大きさの赤く光る水晶のように、向こう側が透けている物が握られていた。
魔晶核。
男が手に持っている物はそう呼ばれている。
それは丸い形ではなく、球を上下を引っ張られたような少し細長い形をしていた。
サイプス。
人の形をした動く巨像。この男が先ほど撃ち倒し、その体が崩れて出来た塚の上に男はいた。
その巨像は見境なく生き物を襲う。その体高は三〜五メートルほど。体は木や土、砂な岩で出来ている。
生息している場所によってその体を構成している素材は異なっている。この正体不明の巨像達は五年前から大陸に突如増えだしていた。
それに反比例するようにモンスターの数が大陸から減っていった。噂ではサイプスがモンスターを襲っているせいだと言われている。
そのサイプス達は倒すとその形を維持出来ずに元の素材に還り、そしてその跡には必ずこの魔晶核がドロップされる。
男はその魔晶核についた木くずと土を軽く払うと、腰に下げたポーチに無造作に放り込んだ。
周りを少し見回した後、サイプスの残骸で出来た塚を下りた男が小さく呟いた。
「二週間、森に入ってこれだけじゃ割りに合わねえな……」
その男……、ラドルは昼の日差しが差し込む森の中へと歩き出した。
ベイアンド王国にある小さな街キビウ。
その街のハンターギルドにラドルは朝から訪れていた。レストランも併設されているハンターギルドには、狩猟の準備をしているハンター達の姿もチラホラと見受けられた。
ラドルはそれらを横目に入口から真っ直ぐに受付カウンターへと向かった。すぐに顔を見知った女性職員を見つけると、その前へ立った。
「お早うございます、ラドルさん」
「ああ。お早う。やっと一つ見つけた。買い取りを頼む」
「かしこまりました」
女性は笑顔でラドルから魔晶核を受け取ると、両手に大事そうに抱えてカウンターの後ろに下がって行った。そしてしばらくすると両手で皮袋を持って、ラドルの前に戻って来た。
「お待たせしました、ラドルさん。こちらが今回の買い取り報酬となります」
「ああ。ありがとう」
サイプスが出現してしばらくしてから、ハンターギルドがギルドで魔晶核を買い取るということになっていた。それによってハンター達はモンスターだけでなく、サイプスもその狩猟対象に含まれることになった。
モンスターと違い、牙や骨、皮などの素材の剥ぎ取りをせずに小さな魔晶核を持ち込むだけで金になるので、ハンター達はこぞってサイプスを狩猟していった。
ラドルもその内の一人であった。
ラドルは女性から金の入った皮袋を受け取ると、その袋ごと腰のポーチへ入れる。
「ところで……。どうだ?モンスターやサイプスの目撃情報は来ているか?」
ラドルから聞かれた女性職員が少し困った顔をしてラドルの顔を見返す。
「うーん。数自体は少なくないですけど、場所が少し離れた所ばかりなんですよね……。片道で二日以上かかる所ばかりなんです」
「やはりか。この辺りはだいぶ数は減ってきてるみたいだな」
「数が減る事はいい事なんですけどね……」
「そうだな」
相槌を打ちながらボンヤリと上に視線を逸らしたラドルに対して、女性職員も何となく申し訳無さそうにギルドの入口に視線を向ける。
ちょうどそこにギルドの入口から入って来た男が、その女性職員の姿に気付き、軽く手を振った後にレストランスペースの長テーブルの端の椅子に腰かけた。
女性職員はその男にニコリと笑顔を返すと、パンっと手を叩いた。眼の前にいるラドルが思わず職員に視線を戻す。
「ラドルさん。そういえばラドルさんが狩猟に出てる間にお客さんが来てたんです」
「お客?」
「ええ。一週間ほど前なんですけど」
「それはまた……。タイミングが悪かったな。で、その客は俺に何の用事があったんだ?」
職員はラドルにニッコリ微笑むと、
「それは直接聞いてみてください」
職員の視線がレストランの方に向いたので、ラドルは体を軽く振り返らせて同じ方向に目を向ける。
そこには先ほどギルドに入って来た男が手をひらひらとラドル達に向けて振っている。
ラドルはその男から視線は外さずに職員に聞く。
「あれか?知らない男なんだが……」
「とりあえず話だけでも聞いてみてください。ラドルさんみたいな凄腕のハンターを探してるそうですよ」
何故か職員は嬉しそうな声でラドルに答えた。ラドルは軽く頷きながら女性職員に礼を伝えると、その男の方へと歩き出した。
男までの距離は十数メートル。それまでの間にラドルはその男をつぶさに観察する。
……歳は四十代半ば。髭あり。体つきはしっかりしているな。商人という感じではなさそうだが……。俺と同じハンターか?
ラドルがその男の前まで来ると、男はにこやかな顔でラドルに向かい側の席に座るように促した。
ラドルがそれに従って向かい側の椅子に座ると、
「初めまして。俺はシュラクスだ。アンタがあの受付のねーちゃんが言ってた
「まあ、そうだな。基本は一人で動いている」
「そうか。まず名前を教えてくれねえか?」
「……ラドルだ。受付から俺を探してると聞いたが?」
「ラドルさんだな。ああ。正確にはラドルさんを探してるんじゃなくて、腕の立つハンターを探してるんだ。それも出来ればガンナーのな」
ガンナー。
ハンターは大きく分けると二種類いる。
直接攻撃つまり近距離武器を使うハンターと、離れた遠距離から攻撃するハンター。
近距離武器は主に剣や斧、槍などを使用するのに対して、遠距離攻撃をするハンターは弓矢やバレルガンを使用する。
バレルガンを使用するハンターはガンナーとも呼ばれていた。
シュラクスはニコニコとしながら、近くにいるレストランの店員を呼んだ。
「ラドルさんも何か飲むか?奢るぜ」
「ああ。いただこうか」
シュラクスは満足そうに頷くと、店員に麦酒を二杯注文する。
……朝から酒飲むのかよ!と言いそうになるのを飲み込んで、ラドルはシュラクスに視線を向ける。
「で、ハンターを探してるって事はパーティーへの勧誘か?残念だが、俺はパーティーに入るつもりは……」
「いやいや。普通のパーティーっていうのとはちょっと違うんだな」
「普通と違う?」
シュラクスから注文を受けた店員があっという間に二杯の麦酒を持って戻って来た。その一つを持ったシュラクスがラドルに杯を持つように促した。
「まあ、まずは乾杯しようや、ラドルさん。ほら」
「ラドルで構わない」
「そうか。じゃあ、ラドル。まずは俺達の出会いに」
シュラクスがラドルの持つ杯に自分の杯を軽くぶつけた。そして麦酒をガブっと飲んでテーブルに杯を置くと、
「俺の船に乗って、モンスターや巨像……サイプスから俺の船を護衛してくれる奴を探してるんだ」
「船?」
「ああ。砂漠船だ」
「砂漠船……」
「まさか乗った事ないとか言うなよ?」
「あまり乗った事はないな」
この大陸の半分は砂漠地帯が広がっている。以前まで砂漠を渡る為の移動手段は馬車しかなかったのだが、この十年ほどで砂漠の上を走る砂漠船が急激に数を増やし、今や交通手段の主力となっていた。
シュラクスが更に一口麦酒に口をつける。
「そうか。まあそれはいいとして、どうだ?やってみないか?」
問われたラドルが麦酒を一口飲むと、
「報酬次第だな。もう少し詳しく聞いてもいいか?」
「ああ。構わねえよ」
シュラクスがニヤリと笑い、また麦酒を手に取った。
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