エミッションゼロ
私の計画は順調だ。今回のような不届きものが出たのは遺憾であるが、織り込み済みと言えば織り込み済みだ。その為にホスト狂いの女を連れ戻し、農園で教育までして、あの会社に潜り込ませたのだ。ほかの会社にもスパイは入れているが、あの会社の社長は我が強すぎるから特に危険視していた。まあ、この特区プロジェクト当初は、とにかく多くの企業を誘致させないといけなかったから、クズでも受け入れざるを得なかった。だが、今は、日本中が注目する特区となり、多くの企業が頭を下げて、自ら移転してくることを希望する。だが、特区条例でここで営業するには市の許可がいる。つまり私の一存で参入する企業を決めれるのだ。馬鹿な経営者は、直接的、間接的に賄賂を贈ろうとしたが、すべてリークしてやった。私が欲しいのは金ではない。市民の幸福だ。それが、先祖代々この土地を治めてきたものの勤めだ。そして、市民が幸福であるからこそ、圧倒的な支持率で当選し続けているのだ。市民の幸福とは、富ませることに尽きる。
私が市長になる前は、ここも過疎化で市としての体裁を保つことが出来ないような状態であった。このままでは周辺の市町村と合併され、先祖代々から守ってきた、この王国を失うことになる。その為、私は同級生であり、先祖代々からの盟友であり、親友でもある、同級生の二人に力を借りてこの市を盛り上げてきた。
初めは、地道な作業だった。何もないところから、名産品をでっちあげ、まずは、田舎のタウン誌をいくつも廻って記事にしてもらい、ある程度ネームバリューが出たら、コネを使って地方局の特集、そして最後は、金をばらばら撒いて、有名雑誌やテレビで発信した。さらに農業体験などのイベントで人を集ることも忘れなかった。人が集まると金が落ちる。金が落ちれば自然と人も集まってくる。この好循環のサイクルに乗せるまでが大変だ。
だが、所詮は出まかせの名産品、旬が過ぎればまたすぐ廃れてしまう。周りが飛ぶ鳥も落とす勢いだと思われているときは、衰退の始まりだ。だから、即座に次の手を打った。それがIT企業誘致の特区計画だ。人口が戻ったこの市でも、私の支持率は揺ぎ無いものであった。いや、市が活性化したことでより強固になったとも言える。そして、この市を含む衆議院選挙区の議員が与党の幹事長であることを利用し、市長として応援する代わりに、特区計画を通す密約を交わした。密約と言うより脅迫に近いかもしれない。この選挙区での我が市の有権者割合は20%以下に過ぎないが、全体で40%満たない投票率の中で、市長選挙では90%超える我が市の有権者がすべて反対に回ったとしたらどうなるか。ダブルスコアで何度も選挙を勝ってきた幹事長と言えど、落選は免れまい。比例代表で生き残れるかもしれないが、×のついた人間が幹事長などできるであろうか。さらに、身の程知らずの総理への野望も潰えてしまう。だが、私に従えば、圧倒的な組織票が手に入るのだ。条件は一つだけ。私の政策を支援しろ。それだけだ。
そして、このプロジェクトが始まったのだ。まだ根付いてないが、大きな障害はもうない。粛々と進めて行けば良いだけだ。これにより、王国はさらなる繫栄し、末永く存続していくのだ。
「市長、幹事長からお電話です」
いつの間にか、秘書がコードレスフォンを持って現れた。自分の世界に入っていて気が付かなかったようだ。電話を受け取ると時候の挨拶をして
「それで、何の御用でしょうか。幹事長」
「市長、前回話しした件、検討してくれたかな」
「その件に関してはお断りしたはずです」
「そうなんだが、簡単に断れないんだよ」
「幹事長、私の市政に口を出すと言うことは、私と道を違えると言うことでよろしいでしょうか」
馬鹿な奴だ。私を怒らせれば、自分の政治生命だけでなく、知事から県会議員、参議院議員、周辺の市長、市議から与党を締め出すことも可能だと言うことを理解していないか。王国は復活したのだ。我が市によって、県政も成り立っているのに。
「もちろん、市長の市政に口だす気は無いが、私も板挟みで厳しい立場なんだよ」
「将来、総理を目指すあなたほどのの人が、誰に気を遣う必要があるのですか」
そうだ、この馬鹿も与党の中ではかなり力を持っており、大臣すら頭が上がらないほどなのに。重鎮たちもいるが、私の力で絶対の議席を得ることが出来るこいつにとっては、気をかける必要すらない。となると、あとは総理大臣くらいか。そうなのか。
「しかしだね」
「幹事長、それならば、党の頭を挿げ替えれば如何ですか。もう下準備は進んでいるのでしょう。首相に何かしらスキャンダルがあれば、あなたが総理ですよ」
「いや、そういう訳ではないが、まあ、総理にはお伝えするから、穏便に頼むよ」
そういって、電話は切れた。
我が市に外資企業を誘致しようなどふざけた提案など二度としてこない様にお灸をすえるか。まずは馬鹿の息子を県会議員から落選させるか。そう、この市の企業は日本国籍を持ち、我が市を拠点とすることが絶対条件だ。本社を市に置くなら多少は考えるが、外資にとっては、この市の労働力を安く利用して海外の本社に利益を上げることが社是だろう。中には国内では破格の賃金を提示したところもあったが、あいつらが入ってくれば、最初は良くとも、最後はハゲタカの様に食い散らかして逃げていくだけだ。もし、継続出来たとしても、私の民が、外資の奴隷になるだけだ。そんなことは許されない。民族主義者ではないから、経営者が外国人であろうと問題ない。日本国籍を取り、ここを本拠地として、税を納め、地域にお金を落とし貢献するならだれも良い。不都合になれば王国から追い出せば良いだけだ。我が王国から。
それから数か月後。
「市長、これはどう言うことでしょう。誘致企業からのリベートを貰っていたと、しかもその額は数億にわたると」
「何を言っているのだ。全く身に覚えはない。いい加減なことを言っていると名誉棄損で訴えることになるぞ」
「でも、この写真は」
「私ではない。と言うか、必要も無い金に、犯罪してまで得る必要があると思うのか」
「国政に向けて、資金が必要だったと聞いてますが」
「私はこの市の市長だ。それ以上では無いし、それ以下では無い」
ハイエナのような記者たちを押し退け、市役所に入ると、やっと一息着けた。
まったく、なんの事であろうか。そこら辺のクズ政治家であるまいし、金の力で票を集める必要も無ければ、この王国の中で生活する金額は自己資産と市長の報酬で十分すぎるほど賄える。民は富めど、君主は質素たるべきというのが、私の政治理念だ。そして君主として他から施しを受けるなと言うのは家訓であり、私と言う政治家に付け入るスキは無い。それは我が市民が一番よく分かっている。市の職員も若干の不安はあるものの、いつもと同じ尊敬のまなざしを私に向けている。職員たちに
「安心してください。あなたたちがいつも見ている私が全てです。こんなデマなどすぐに払拭します」
職員たちは立ち上がり拍手をして、私に向かって忠誠の言葉を放った。そうだ、戦国の世なら、この職員は家臣であり、私の侍たちである。侍たちには、このことで、民を惑わせてはいけない、いつも通り、そして安心をさせなさいと伝え、広報、法務には、このデマの出所を探してしかるべき処置をすることと、各メディアを通して、我々が正義であることを示すように指示した。
ようやく落ち着いて、執務室に行くと、秘書が待っていた。職員たちが侍であれば、この秘書は忍びだ。IT誘致関しても、その知識が無ければ絵に描いた餅。ITがもてはやされる前から、それらの専門家を飼っていて、今は秘書として、秘書室はその実行部隊として動いている。合法、非合法含め、芸能人から政治家、さらに総理大臣などの首を飛ばすくらいのネタをいくつでもあり、我々が本気になれば日本はひっくり返せるのだ。その秘書が蒼い顔をしているのに気が付ついた。
「どうしたのだ、君ほどの男がこの程度の事で同様するなど」
「市長、このデマの発信元を探ったのですが」
さすが、私の懐刀。指示せずともよく分かっている。
「それで」
「例の外資だったようです」
外資か。なるほど、断られた嫌がらせか脅しか。まあ、外はごちゃつくが、我が王国はこの程度の事ではなんの揺るぎもない。
「仕方ないな。やられ損だが、復讐にかける時間が無駄だ。国内の世論誘導を頼むぞ」
「いえ、市長、そう言うことではないのです」
「何を言っている。どう言う事だ」
「彼らは某国政府の子飼い企業であり、グローバリストの手先企業だったんですよ」
そうか、それで、幹事長も執拗に要求していたのか。しかしこれは内政干渉だ。国はともかく、我が市、この王国には通用しない。
「馬鹿幹事長や与党、あほ総理が変なことしない様に押さえつけていないとな。どっちがあいつらの政治生命を握っているか理解させといてくれ」
「畏まりました。でも奴らは執拗で危険です。目的の為なら手段を選びません。一旦受け入れてから、労基の特例を見直して追い出したほうが良いのではありませんか」
そうだろう、目的の為なら、でっち上げで戦争を起こすような奴らだ。
「大丈夫だ、王国にはそのような異分子は必要ない。来るなら来いだ。我々が侍だと言うことをその身に分からせてやれ」
「畏まりました。差し出がましいようですが、大将が落とされれば戦は出来ません。何卒、ご自愛ください」
さすがだ。市内以外のイベントは出ない様にしよう。出張も無しだ。パーティーで何か盛られるかもしれないし、出張先で自殺に見せかけてやられるかも知れない。公共交通機関も危険だ。車も毎回変えて移動しよう。そこらへんは我が忍びどもがやってくれるだろう。
そう思っていると、ドアがノックされ、忍びでないほうの秘書がやって来た。
「市長、幹事長からお電話です」
「このタイミングでか。自白しているようなものだな。次回は落選だな」
「御意」
と忍びの秘書が言って出て行った。
「やあ、幹事長。お元気ですか」
「市長、いや、その、なんというか、大変だね」
「何のことでしょうか」
「ほら、今テレビでやっている汚職事件のさ」
「ああ、そんな与太話を聞いているのですか。私はまったく気にしてませんよ。記者どもが鬱陶しいだけですな」
「そうか、でだな、こんな時に何なんだが、例の外資の件、もう一度考え直してくれないか」
「その話はお断りしたはずです」
「そうなんだが、国益を考えると、断ることが出来ないんだよ」
「それはあなたたちの仕事であり、一介の市長には関係ない事です」
「そうか、それは残念だ」
「幹事長、長いお付き合いでしたが、もう引退されたほうがよろしいのでは。こんなことで外国に振り回されるようでは日本の政治家として如何なものでしょう」
「そうだね。我が国がこれほど弱いのは、我々政治家、与党の責任だ。君のような強い政治家が日本を引っ張ってくれればよかったのだが」
「私の国はこの市ですから」
「残念だ、もう会うことは無いだろう、それでは」
私に逆らったのだ、彼はもう終わりだ。自覚したのだろう。彼の後釜には我が市出身者を送り出そう。ほかにも、優秀な人間を各地に飛ばしているから、彼らが発起して、政権交代をさせるか。我が王国の外堀として・・・
「ドン!!」
なんだ、いつの間にか目の前が真っ暗になったようだ。何があった。考えろ。そうだ後ろから爆発音が鳴り、そのまま壁に飛ばされ頭を打ったようだ。考えることが出来るからまだ生きている。まさか爆弾を仕掛けるとは。ここまでやるとは考えてなかった。あの狸め、電話は爆発まで俺をここに留める為か。まあいい、俺はこれでドロップアウトかもしれないが、後継者はちゃんと作っている。我が一族の中でも優秀な人間を養子として引き取り、英才教育を施している。王国は永遠だ。山田、××、悪い先に行くよ。今まで付き合ってくれてありがとう。
「山田、市長がやられた」
「なぜだ、誰にやられたのか」
「分からん、秘書からは深入りすると危険ですと言ってだんまりだ」
「俺たちのプロジェクト、システムが」
「もう駄目かもしれないな」
「そうだな、もう潮時かも知れない。奴のバイタリティでこのなにも無い地域がこんなに発展したんだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しと言う事か」
「くやしいな」
「仕方がない、おれも手を引くよ。あとはこの町が発展するかどうかはなりゆきにまかせよう」
「そうだな、俺たち二人では無理だからな」
そう言って電話を切った。
敵を討つなどは武士の仕事だ。俺たちは俺たちの出来ることをする。恐らく、市長が押さえてきた魑魅魍魎たちが特区という蜜をたかりに来るのだろう。おれの田園調布山田もどうなるか分からない。過ぎたるは猶及ばざるが如しか。そうだな、何もなかった状態に戻そう。そう、それが俺のカーボンニュートラルだ。
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