リサイクル
まさか、繁華街、しかも刺されている状態で、田園調布山田の社員と会うなんて。顔だけしか能の無い、スケコマシのレジ係に続いてこいつもうちで使ってやるか。こんな事件に合うぐらいだから、まともなところでは働けないだろうからな。
おれは、この町の外れで農園をやっている。田園調布山田には山田の依頼でイベントの時だけ卸しているが、通常は付き合いは無い。個人的には社長の山田とはこの町の同級生で、同じく同級生の市長と組んで、IT企業誘致をした。この町の特区計画は俺たち3人で作ったと言っても良い。
市長が企業を誘致して、山田がインフラを用意して、俺が病んだ人間を回収して再生する。特区では一見分からないが、労働規制が緩和されており、通常より労働者を酷使しやすい。いろいろな支援をしているが、この規制緩和が経営者にとって最もメリットがある。もちろん公になれば問題になるので、これは国も含めた公然の秘密である。市長はここで得た地盤を武器に国会に入る。山田はこのスーパーを全国展開するという夢がある。
俺と言えば、過酷な労働で傷ついた人たちを助ける、なんてことは無い。規制緩和により、企業はより少ない人間で仕事を回せる。残業代を正規に出したとしても、同じ仕事量であれば、3人雇うより、2人に1.5倍以上の給与を払ったとしても得だ。まあここでは、1.5倍の給料で2倍近く働かされるが。ただ、このシステムの問題はワーカーを使いつぶしてしまうという点だ。しかも、潰れなくとも、進化の激しいIT業界のスキルについて行けなくなり使えなくなると言うこともある。意識高い人間は、自分の時間を費やしてでも新しいスキルを身に着けるが、ここではそんな隙を与えない。それは自主的にスキルを付けるか否かは分からないから。それならまずは効率的に人材を使い尽くす。そして使い尽くされた人材を俺が回収する。
俺がやっているのは、超高級な果物や野菜だ。親父の代から、極上のモノを作って特定のお得意様、それは高級料亭や有名レストランになるが、にのみ卸していた。そして、俺が引き継いだのだが、やっていることは特別なことは無く、とにかく手をかける、それだけだ。無農薬でやればすぐに虫がつくから、年がら年中、虫を取り暑ければ日よけを作り、寒ければ保温したりとそしてできる青果の中で売り物になる一部だけ卸してゆく。そんだけ手間暇かければ値段は跳ね上がる。それでも顧客は多かった。正直、それほど手をかける野菜より農薬や化学肥料使った野菜のほうがおいしいが、天然、無農薬と言う情報と見た目で野菜を喰っている奴らには価値があるそうだ。俺には二人の様な夢は無い。ただ目先の金と快楽があれば良い。だから、まずは、この商売で儲けないといけない。土地はある、樹木ある、畑もある。ただそのままだと、ろくな野菜は育たない。だから、単純な手間暇を行う、使い勝手のよい安い労働力が必要だ。
誘致を進める前に土地を整備して、誘致後に大きめのアパートを隣接させた。畑やるより、土地売ったほうが儲かるんじゃないと笑われたが、俺はこの土地から金を生むと決めた。元々自分の土地だし、アパートも安普請だから安く済んだ。そして、ITの専門学校の様なものを近所に作った。これは既存の企業を買い取って移転させたから、かなり金がかかったが。そう、俺がやりたい計画は、こうだ。
まずは、規制緩和を餌にIT企業を誘致する。そして、ワーカーを酷使して潰していく。潰れたワーカーを回収して、農園で働かせる。合わせて専門学校に行かせてリスキリングさせる。これは国の補助事業にあたり、赤字になっても補填で損はしない仕組みだ。そして、心身ともに健康で、最新のスキルを覚えたワーカーを企業に売る。本人たちは気が付かないが、このようにサイクルを回すことでワーカーから労働力も金も時間も奪うことが出来る。
ワーカーにしてみれば、仕事について行けなくなったダメ人間である自分を拾ってくれて、衣食住を与えた上に、勉強もさせてくれて、社会復帰させてくれた恩人になるだろう。いまでも奴らは俺を神か仏のほうに崇めている。宗教開いても良いが、欲を出すと良くないから、このシステムを回すことに集中する。
だが、ワーカーはよく気が付かないな。すべて、俺たちの収益の為に動かされているのに。本当に使えなくなったときには、僅かな金も残らない。まあ、こいつらが老人になったときにも、また、資源になるようにリサイクルしないとな。だから、バカな息子を金で医大に行かせるのだが。
そう、労働者を無限にリサイクルするこれが俺の仕事だ。
今日は、気分転換もかねて、農園に行ってみた。ここの主人は仕事の悩みを聞いてくれるらしい。
「ようこそ、いらっしゃい、私の農園に」
そこでは、光り輝く果物や新鮮な野菜があり、一通り農園をみると事務所に連れて行ってもらった。そこでは新鮮な果物を頂いた。さすがに天然無農薬だけあって非常に美味しい。
「さて、何か私に相談したいことでも」
「はい、私は〇〇で働いていますが、日々の仕事に忙殺されて、プライベートでも目標を見失い、仕事へのモチベーションが無くなってしまい」
「よくあることです。目の前の仕事だけをこなしていると、迷子になってしまいますよね。でも、先々の目標だと、はっきり見えないし。そうですね、お役に立てるか分かりませんが、一つの例を話しましょう」
そう主人は言うと、ある人の話をしてくれた。その人も私と同じような状況に陥ったが、まずは、目の前の仕事を1出来るなら、明日は1.1、明後日は1.2と少しずつ増やして、昨日より今日、今日より明日が出来る自分になると頑張った人がいて、その人は最後には某有名なIT企業の社長になったと。さらに、
「それでもだめでしたら、ここで働けば良いでしょう。お金は多く出せませんが、衣食住と時間は与えられますよ。そんな逃げ道があるだけでも気が楽になる。そうですね、プライベートは分かりませんが、この町ではいろいろなスポーツを推奨してますから、例えばボルタリングなどやってみたらいかがですか。〇〇さんの近くにもありますから」
最後に、お土産で野菜と卸しているレストランのパンフレットを貰った。彼が田園調布山田のレジからいなくなって、やりがいを無くしていたが、まずはご主人が言うように、一日一日を成長の為頑張ってみよう。ストレスがたまったらスポーツも良いし、そして、いやになれば本当にここで働かせてもらおうと。
「お前さんのところの従業員が今日うちに来たよ」
「そうですか、で彼女はどうですか」
「まだまだ働けるよ、もう少し使いつぶしたら回収するから」
「ありがとうございます。そうですね、ちょっと仕事の効率が悪くなっていたから破棄するか、継続して使いつぶすか悩んでいたんですよ」
「やる気が出るかどうかは分からんが、単純そうだから、明日からしばらくは頑張るんじゃないかな。その後はノルマ増やして潰せばよいよ。いいタイミングで回収するから、状況報告だけは忘れない様に」
「ありがとうございます。本当にこの町に移転してよかったです。企業の為のまちですよね」
「そうかい、お役に立ててうれしいよ。企業が設けることがこの国のためにもなるしね」
そう言うと農園の主人は電話を切った。この町はよく分かっている。企業が儲からないと、この国が潰れることも。そう、私は労働者を自己利益のために酷使しているように思われているが、すべて国益、いやもっと大きく社会貢献のためにやっているのだ。私の会社が儲かることが、労働者の利益より社会的に意義がある。私の行っているのは正にインパクトインベストメントだ。
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