フェアトレード

 


 騒がしい店内からバックヤードに戻ると、不足している商品の補充を指示してから、明日の仕入れの準備を始めた。

 私は、このスーパーの青果担当のバイヤー。大手スーパーで青果専門の仕入れ主任であったが、フェアな取引で仕入れ先の信頼も高いという実績を買われて、このスーパーに青果の総責任者としてヘッドハンティングされた。オープニングの慌ただしさもあったが、私の社員やパートさんへのフェアーな対応で信頼関係を築くことが出来、青果部門は大きな問題も無くやってこれた。家族には転居と言う負担をかけたが、サラリーの増加と言う利益で相殺している。

 私のモットーは「フェア」、仕事も、私生活も、恋愛もフェアーでないと。

 

 今日すべき仕事を終えると自宅のある住宅街とは反対方向の高速のインターへ向かった。インターの周りには点々とけばけばしいネオンが光っている。その内の一つに吸い込まれるように車を進めた。そこは各部屋ごとに駐車場が別れておりプライバシーは保たれ、しかも出入り口がわかり難いことから、このホテルに入ったことは誰にも知られない。スマホから数字だけのメッセージを送り、一服すると彼女の自動車がやってきた。車のドアを開け、二人とも一言もしゃべらずホテルに入った。


 情事が終わると、疲れてうたた寝をしてしまったようだ。彼女も隣で寝息をついている。彼女は鮮魚のパートさん。夫の仕事の関係でこの町に移り住んできた。この町のIT企業誘致に乗って本社移転したのだと。都会ではブティックの店員として働いていたが、この田舎にはそんな店も少なく、彼女の自尊心を保てる限界が田園調布山田だった。オープニング前の懇親会で親しくなり、自然とこんな関係になった。もちろん、私はフェアな男だ。妻子がいることも、離婚する気も無いし、関係は割り切ったものであることを伝えており、彼女も夫と別れるつもりもなく私とは遊びだと理解している。今日はいつもより激しかったのは、夫と上手く行ってないからだろう。そのストレス発散が行為に出たのだろう。前の女もそんな感じだった。いい女だったが、旦那とうまく行かないので離婚して結婚したいとか言い出して困ったが、幸い、ここに移ることになり、連絡先もすべて消して、関係を終わらせた。割り切った関係ルールでありルール違反はフェアでは無い。フェアでない人間には容赦はない。しかし、ゆっくりしすぎるといろいろと問題がでるので、帰るために眠っている彼女を起こした。目を覚ますと、突然激しい口づけをされ、そのまま体を重ねてしまった。続けての情事はイレギュラーだがルール違反ではない。情事が終わると素早くシャワーを浴びて互いの残り香を洗い流し、身だしなみを整え崩し、出て行った。体だけのフェアな関係。金や物のやり取りはしない。金銭的な負担はこのホテル代くらいだ。たまに出張と合わせ一泊の旅行等することもあるが、家族には金銭的は負担はかけていない。割り切った付き合いには割り切ったお金を用意する。それが私のフェアなルールだ。

 家に帰ると、妻が料理を温めてくれた。子供たちはリビングでテレビを見ている。こんな幸せな生活を送れるのも、私がフェアであるからだ。妻や子供たちを愛しているし、妻も私を愛し、子供たちからも愛されていると分かっている。だが、子供が生まれてからは夜の生活は少なくなり、今はほとんど無い。女は男と違って性欲が少ないから良いのだろうが、私はそういうわけにはいかない。かと言って、プロのお店で散財のは無駄であり、アンフェアに結婚を餌に付き合ったりしない。まれにいる、彼女の様な性欲の強く、性生活に不満のある女性と、お互い体の関係と割り切って付き合うのがwin-winnな関係だ。家族も裏切らず、相手を騙さず、お互い対等な関係で取引を行う。まさにフェアトレード。


 翌日、私は仕入れ先の一つである仲卸に行ってきた。以前のスーパーでは仲卸を遣わず、農家から直接仕入れる商品が増えてしまい、バイヤーとして取り扱えるのは特殊な商品のみと限られてきた。しかし、農家から直接仕入れると品質が安定せず、また、契約を結ぶことにより農家も売る努力、買ってもらえる品質の維持が滞ってしまう。だからこそ、仲卸が必要だと主張してきた。残念ながら前のスーパーでは受け入れられなかったが。だが、ここでは私の主張を理解してもらえ、商品は私が厳正に選んだ、いくつかの仲卸から購入することになっている。もちろん業者は固定することなく、フェアに審査してより良い業者を選択していく。今日の業者はそれが分かっているので非常にやりやすい。

 私が行くと、社長自ら出迎えてくれた。仕入れの状況と契約の更新など話をして昼食はちょっとした老舗のうなぎ屋での会食となった。夜でも良かったが食事なら昼のほうがおいしく食べれる。うなぎ屋では上座をすすめられ、社長自ら酌をした。前回の仕入れで明らかに品質が劣る商品を入れたお詫びだからだ。素人には分からないが、プロの私が見れば明らかにいつもより1割程度安い価格で仕入れた商品と見て取れた。その時は天候不良や不作の話は無かったが、ちょっと劣る商品が大量に出ており、その中で良いものを選んでこちらにまわしたようだ。バイヤーは舐められたら負け。すぐさま人気のないところに行き、社長に電話した。取引の中止を伝えると電話越しでも社長が青ざめていくのが見えるようだ。詫びや泣き言を無視して電話を切ろうとすると、社長からフェアな取引の提案が出てきた。

「今回の差額をお渡ししますので、何とか取引を続けさせてください」

と、私はフェアな男だ。差額の半分を頂き、残りは仲卸の利益とすることにした。何故かというと、利益をすべて奪うと、仲卸としてこのような商品を卸すメリットがない。だが、半分でも利益になれば、私には分かるが、他の店員やお客さまには分からないレベルの商品を今後も用意するだろう。私も潤うし、社長も潤う。お客様は気づくことは無い。まさにフェアトレード。今回が第一回目になるが、彼らと今後の取引のルールを決めて、帰り際に薄くはない封筒を渡された。このお金が彼女との割り切った付き合いの費用だ。


 昼間からの酒は回るようだ。このまま直帰でも良いが、車も残しているので、喫茶店で酔いを醒ましてスーパーに戻った。酒で気持ちが高ぶったのか昨日の今日でもあるが、彼女に誘いのメッセージを入れた。スーパーではパートさんたちが問題なくまわしてくれており、翌日の仕入れも準備万端だった。少しの事務作業をして、定時には車でいつものところに行った。時間をおかずに彼女も来て、瞬く間に体を重ねた。情事が終わり帰ろうとすると珍しく彼女が口を開いた。

「旦那にバレたみたい」

突然の告白に唖然とした。だが、私たちの関係は割り切ったフェアなものだ。問題ない。

「そう、じゃ、しばらくは会えないね」

「そうね。あなたの事までは分かってないから、こっちで何とかするわ」

「そうだね。それがルールだから」

嫌な予感がするが、フェアーな私には問題ない。

 車を走らせて家に帰ると部屋が暗い。妻も子供もいない。習い事か何かで遅くなっているのだろうか。電気を付けると妻と子供たちの荷物がない。家具も大部分消えている。残っているのは私の私物くらいだ。

 リビングのテーブルがあった場所には封筒があり、彼女との旅行を隠し撮りした写真、前の女とホテルに入っていく写真などがあった。そして手紙。そこには、以前から私の不倫を知っていたこと、転職をきっかけにその悪癖が収まると思っていたが、変わらなかった事への落胆と私への愛が無くなった事。子供たちは自分が育てることと、離婚と不倫相手への慰謝料を請求することが書かれていた。何を言っているのだろうか。これは不倫ではない、割り切った関係だ。何も問題ない。妻は誤解しているだけだ。しかし電話もつながらず、メッセージも既読にならない。まあ、時間が解決するだろう。今までフェアにやってきたのだから。

 翌日、出社すると、仕入れの統括部長に呼ばれた。来月のフェアの件だろう。フェアな私にピッタリだ。会議室に入ると電気も付いておらず、スイッチを入れようとすると、しぐさで止められて、窓際に手招きされた。いったいなんだろう。

「ある業者から連絡があってね」

といって、何枚かの写真を見せられた。昨日の仲卸との昼食だ。

「〇〇さんとの会食ですが、何か問題でも」

「うん、癒着じゃないかと言われている」

「たかが会食ですよ。この業界では当たり前です。これで潤滑な取引が出来るのですから」

「そうだね。でもこの封筒は何だい」

これはじゃべれない。だが、誤魔化しようはあるし、事前に打ち合わせ済みだ。

「私の息子が、阪神ファンで、来月の試合のチケットが手に入ったから譲っていただいたのですよ。社長は巨人ファンで阪神のアンチですから」

「そうかい、でも、先月の果物の仕入れで品質が悪い日があったよね」

「そうですか」

「君が気が付かないはずはないよね。でもそのまま受け入れたよね」

ヤバいかもしれない。

「あくまでも状況証拠だけど、これから調査部門が調べることになるから、できれば君の口から先に聞きたい。そして事実であれば、解雇になる前に自主退社の形で大事にしない形で幕を閉じたいのだが」

「私としては身に覚えのない事です。品質に関しては一度目なので大目に見ただけです」

「そうか、潔白であれば調査も問題ないな、では業務に戻ってくれ」

 バックヤードに戻っても仕事が手につかない。問題ない、問題ない。

 定時を終えて、妻に電話するもつながらない。彼女にも合うことが出来ない。家に帰ると玄関にハガキが。内容証明書類の不在連絡票だ。彼女の旦那からのようだ。もう駄目だ。何故だ、フェアに、フェアにやってきたのに。気を紛らすために繁華街に行って強かに酔った。その帰りに良く知った顔が。

「久しぶりね」

「なぜ、ここに」

「調べたのよ。あなたのせいで旦那に捨てられて慰謝料まで取られ、実家からは絶縁。夜の仕事をして借金を返しながら、あなたへの恨みを募らせたのよ。そして探偵を雇ってあなたを見つけて貰ったの」

「何だ、恨み言か、私たちの関係は割り切ったものだろう。君が旦那と別れたことに私は関係ない」

「そうね、そういうと思った。でもあなたはフェアじゃない。私の苦しみと同じだけ苦しまないと」

そういうと私のほうに駆け寄って、ドンとぶつかった。

「じゃあね」

やけに荒んだ女の後ろ姿を見ながら、腹部に焼きごての様な熱を感じて意識が遠くなった。


「馬鹿な男だな」

「馬鹿な女でもあるでしょ」

「そうだな。もう捨てようと思っていたが、慰謝料も必要無くなったしお前の旦那から慰謝料ももらえるからな」

「私もそうよ。でも自分の子供と思って、今まで子供たちを育ててくれたから、ちょっとは感謝しているのよ」

「そうだな。まさかお前の旦那がうちの奴と不倫しているなんてな」

「お互い様だったのよ。あなたは好きだけど結婚には向かないから、今までと変わらないわ」

「新しくほかの男と結婚してもか」

「そうよ、あなたが他の女と結婚してもよ」

「そうだな、我々の関係が本当のフェアトレードだな」


月の下、男は何が間違った分からないまま、路上に横わたっていた。 


 「おい、大丈夫か。すぐに救急車呼ぶから」

 道端で倒れている男がいたので近寄ってみると血を流している。俺は困っている人間を放っておくことが出来ないのだ。今日は、スーパーでやらかした若者をリクルートするために夜の街にいたが、まさか、同じスーパーの従業員を拾うことになるとは。刺されるとは訳アリだろうから、こいつもスカウトしよう。

 そう、俺はリサイクルな男。使えない、やらかし、ダメな人間をリサイクルして使いこなす。それが俺だ。






 


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