SDGsな恋
「エコバックが無い」
彼女は地味なビジネスバックの中を覗き込み、隅々まで漁り、そして、大きなため息をついた。
「今日は何とか間に合いそうだわ」
残業を押し付けられそうな雰囲気だったけど、何とか振り切っての定時ダッシュっが出来た。息を弾ませながら店の前に現れたのは、さとみ。彼女はA市に誘致されたテック企業に勤務。大学では情報工学を学び、専門職として就職したが、現実は専門技術を必要としない、俗に言うマックジョブ。
高度な仕事はベテランが行い、私の仕事はその雑用のみ。2年目になるが仕事の内容は変わらず、ベテランの人たちが後輩を育てるつもりは全くない。離職率の高いこの業界では、プロジェクトの途中で逃げだす人も多いので、残った数少ないベテランがいくつもの仕事を回しており、その他の人間は小間使いくらいしか思われてない。当然新人はそれ以下である。そして、それは給料にも反映しており、職種柄、客先での作業の多いが、客先の作業は出張扱いである。どんなに遅くまで働こうとも残業はでない。交通費以外の出張手当も出ない。顧客には時間1万円の人件費で請求しているらしいが、私の時給はいくらなんだろう。確実に10分の1以下だろう。経営やマネージャーの経営幹部と言われる人たちは、意識は高いのだろうけど、文系のITオンチ。仕事には何の役にも立たない会議で、中身の無い横文字を持ち出して悦に入っている。元々この会社に入社した理由の一つは、この会社のスキルアップ教育システムであり、数年で上流SEになれるという謳い文句であった。だが、そんな教育システムを使う時間なんて無いし、そのシステムを使った人などいない。と言うかシステム自体有ると言えるのだろうか。自腹を切ってお金を出せば、提携した業者の研修が受けれると言うだけなのに自社のシステムの様に語っている。この業界は自己研鑽が必要と言われるが、慢性的な長時間労働(サービス労働)でそんな暇も無く、土日すら週末に処理できなかった仕事を持ち帰って処理しているような状態だ。当然スキルは上がらず、山の様な雑用の日々。
そんなある日、あまりにも疲れすぎて、上司の小言も無視して定時で退社したのは水曜日だった。食事を作る気力も無く、ふと立ち寄ったのが田園調布山田。そこは色あせた職場や客先とは異なり、まるで華やかなパーティー会場のようだった。お腹を満たすだけの食事しかしてこなかった私には眩しかったが、まるで宝物のような商品を次々とかごの中に入れていった。
レジでは商品が打たれる度に金額が跳ね上がり普段では考えられない金額になったが、疲れ切った頭では、もうどうでもいい事であった。レジが打ち終わり、支払いをしようとすると
「エコバックはお持ちでしょうか」
見上げると、真っ白な歯の爽やかな青年と目が合った。それは衝撃的だった。頭がぽーっとなって、見つめ返すと、青年もにこやかに笑いかけてくれた。急に恥ずかしくなり
「すいません、もってないんですが」
「そうですか、ビニール袋もありますが、当店専用のエコバックもありますので如何でしょうか」
「え、あの」
「CO2削減の為にもなりますし、よろしければ、是非当店のエコバックを購入頂けませんか」
爽やかな笑顔で言われると断ることも出来ず
「ぜひ、お願いします」
「それでは、商品もお詰めしますね」
心臓がどくどくして、しどろもどろにになりながら、支払いをして店を出た。多分これは恋。そう思ったけど、異性との交遊が(職場のおじさんを除けば)殆ど無い私にはどうすれば良いか分からなかった。でも田園調布山田に行けば彼に会える。それだけで、私の色あせた世界が輝きを取り戻した。
それからと言うもの、時間を作っては田園調布山田に通い詰めた。仕事が深夜に終わることも多かったので、毎日は行けなかったし、彼に会えない日のほうがおおかった。だが、数か月もするとお店のシフトが分かるようになり、彼の出勤シフトもわかるようになった。通い詰めると言っても、別段、彼に話しかける訳でもなく、ただ買い物するだけだけど、一言二言の会話が私の幸せ。
水曜日のこの時間は、人も少ないし、確実に彼はレジに入っている。だから、急いでここに来たのに。
エコバックを忘れ、愕然としていた彼女であるが、気持ちを切り替えたようだ。
折角来たのにエコバックを忘れるなんて。でも、いいわ、エコバック無しで買い物をしたら、彼に意識低い女と思われちゃうかも。そう、私の恋は、ゆっくりと持続可能な開発的な恋。少しずつ彼に意識してもらえるようになるまで何度も通い詰めて、少しづづ話せるようになれば良い。一歩一歩進めて行ければよいわ。二人の関係を持続可能なように、開発していけば。
そして、彼女は、ビジネスバックを閉じ踵を返して自宅に帰って行った。
それから二時間後・・・田園調布山田のレジにて
店は遅めの夕飯の材料を買う客で混雑していた。彼も忙しくレジを打っている。そんな中。
「一体どう言うことなの」
大きな声で叫ぶ女。
「ちょっと、仕事中なんで、後でいくから、ちょっとまってて」
彼は焦りながら小声て女に話した。
「ふざけないでよ。結婚しているなんて聞いてないわよ。子供もいるって」
「ちょっと、大声出さないで、ちょっと話そう」
彼はレジをほったらかして、女を連れ出そうとした。
「触らないで、あなたが本気って言うから、旦那とも別れる準備してきたのに、どうしてくれるの」
「ここで話すことじゃないだろう」
彼も怒りで大声になっている。
「ここじゃなくてどこで話すって言うのよ」
周りはざわざわとして、他の店員も集まってきた。そこに後ろからいかにもセレブな女性がやってきて。
「あなた、こんな小娘にも手を出していたのね」
「いや、そんなわけでは、ちょっと魔が差して」
「魔が差してってどういうことなの」
「馬鹿ね、こんな若い子があなたなんかに本気になる訳ないじゃない。割り切って遊べないなら、余計なところに手を出さずに不細工な旦那と仲良くしときなさい」
「何なのあなたは」
「あなたこそ、なんで、わたしのラマン(愛人)に手を出しているのかしら」
男の方を向いて
「お小遣いが足りなかったのかしら。言ってくれれば良いのに、こんな女まで手を出して」
女も男の方を向いて
「一体どうゆうことなの、このババアは何者」
「ババアって誰の事なの」
「あなた以外に誰がいるの、このババア」
「なによ、このアホ女」
後は罵詈雑言の浴びせ合い。
そのすきに彼は逃げて行った。
暫くして店長と思われる男が、二人を説得して何とかその場を収めた。
バックヤードでは仕入れ担当の男が
「馬鹿な奴だ。アンフェアなことをするからこんなに揉めるんだ。俺はいつもフェアトレードだからな」
その頃、さとみは、彼との幸せな生活を夢見てゆっくりと眠っていた。
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