第18話 建国祭

 そして、『建国祭』当日。


「あー、ほんとに空飛んでるわ」


 あたしは、練兵場のど真ん中に設置されたステージの上で、澄み渡った午後の青空を茫然と眺めた。あたしの視線の先には、時折急ブレーキをかけるようにぴたりと空中で静止してホバリングをしては、再び超高速で青空を飛び回る、魚型の飛行魔道具がある。


 通称、飛行魚フライングフィッシュ。飛行動物を操りながら戦う騎士団の訓練用にと開発されたものを祭り用にいじったらしいが、正直、目で追うのがやっとである。


 張り巡らされたロープの向こう側で、ステージを囲むようにギュウギュウ詰めに集まっている市民達も、空を見上げて飛行魚を探しているが、実際目で追えていそうな者は一人もいない。

 聖王聖女用のやぐら席にいる二人は見えているのだろうかと思って振り返って見てみると、彼らはもはや目で追う気すらないようだった。仲睦まじく談笑をしている。


「無理でしょ、あんなの捕まえるなんて」


 早くも戦意を喪失しかけているあたしの横で、腕のストレッチをしながらクローエンが答える。


「無理じゃありませんよ。毎年、俺達三人の誰かはあれを捕まえてます。去年はアダンのペアだったかな」


 そう言ったクローエンは、視線だけ右側に動かして、アダンと若いボーイのペアを見やった。


 アダンの飛蟲は、赤い頭と脚、黒光りする胴体を持ち、馬車を五台ほど連ねた長さを誇る巨大ムカデだった。翼は無く、気を操って飛行するタイプだ。

 飛行ムカデは飛蟲の中でも、最も大型で気性が荒く扱いづらいというが……


信玄しんげん~。今年も頑張ろうな~。今日はエサ奮発してやるからな~」


 大柄のモヒカン男に頬ずりされた飛行ムカデ『信玄しんげん』は、可愛がられて嬉しいのか、はたまた勝負を前にやる気満々なのか、もしくは腹が減っているのか、顎を威勢よく鳴らしている。


 その絵面がどうにも見るに堪えず、反対側に顔を向けると、今度は純白の天馬を連れた、ユウリと新米騎士のペアが目に入った。確か抽選会の場で、ナイジェルとか呼ばれていた青年だ。


「おい新人。僕と白銀しろがねの足を引っ張ったら容赦しないからな」


「イエッサー!」

 

 ガチガチに緊張したナイジェルは、もはや本日何度目か分らない『イエッサー』をバカの一つ覚えの如く叫びながら、オークみたいな威圧顔で凄んでくる上官に敬礼をしている。


 こちらもこちらで、見るに堪えなかった。

 クローエンに視線を戻すと、彼はあたしに爽やかな笑顔を向けて来た。


「同乗者が君なら気を使う必要はないな。今年は思いきり飛ばせてもうとしましょう。――それは?」


 言葉の最後で、肩に斜めがけしている布鞄を指さしてくる。

 「秘密兵器よ」と、あたしはニヤリと不敵に笑って返した。

 

 あたしだって、この競技への参加が決まってから、のんびりしていた訳じゃない。色々と策を講じて来たのだ。クローエンとこれ以上縁を深めるのは御免こうむりたいが、金一封獲得についてはやぶさかではない。


「反則技は、ほどほどにどうぞ」


 言いながらクローエンは、ベルトを二つ鎖で繋げたものの片方を、あたしの腰に巻いて止めた。そして鎖で繋がっているもう一つの方を、自分の腰に巻いて止める。

 これは何かと訊ねると、落下防止用のベルトだという答えが返ってきた。


「死なばもろとも、ってこと?」


「死にたくないので落ちないでくださいね」


「それはあんたの竜に頼みなさいよ」


 あたしは、競技会場で顔を合わせてからずっと、『隙あらば落としてやる』という殺意を漂わせて睨みつけてくる風雅ふうがを指さす。


 クローエン一筋の灰色飛竜は、あたしに指をさされたとたん、眼光を鋭くして『ケッ!!』と最短のののしり文句を吐くと、ペッ! と唾を飛ばした。

 バケツ一杯分くらいの唾液が、ユウリの天馬、白銀しろがねの前をベチャリと汚す。白銀は『不愉快だ』と言わんばかりに足ふみをした。

 ユウリも「何すんだバカ竜!」と怒鳴る。


「風雅が何て言ったか通訳してあげましょうか?」


 意地悪のつもりで申し出ると、クローエンは「今のは大体分ります」と申し訳なさそうに顔をしかめた。


 リューク王子がやぐらの下に設置された台の上で、スピーチを始める。

 襟元につけているブローチに、拡声魔石が使われているのだろう。リュークの声は、だだっ広い練兵場に大きく響きわたる。


『隊長が揃う前は騎士から立候補者を募ってやってたこの競技も、隊長を迎えて三年目――か? え、二年? そうだっけ? まあそんなワケで、俺もずっと参加希望は出してるんだが、王子はダメだっつーんで、今年も下から見守りだ。死なねえ程度に楽しんでくれや。観客はくれぐれも飛来物に気をつけてくれよ。怪我したって責任取れねーからな。以上!』


 なんという、ざっくばらんな挨拶か。

 兵舎で雑談しているんじゃないんだぞと呆れたが、周りは『よくできました』とばかりに拍手をしている。

 唯一、リュークが立っている台の後ろの方で控えているアミリアだけが、渋面を作ってコメカミを指で揉んでいた。


『よっしゃ、じゃあ、準備は良いかー? 位置につけよ』


 リュークの命令で、三隊長とその相棒が、お互いを鎖付きのベルトで繋いだ状態でそれぞれの飛行獣にまたがる。

 あたしもクローエンに手を引かれて、風雅の背中に乗った。今更だが、ズボンをはいてくるべきだったと後悔する。


「しっかり掴まっていて下さい。飛び上がってすぐ、強い重力がかかります」


 半分だけ振り向いたクローエンが、注意を促す。


 捕まるって、どこに? トレードマーク(ポニーテール)を握ればいいのだろうかと迷っていると、おもむろに手首を掴まれ、「ここ」と腹に持って来られた。


 言われた通り腹に両腕を回すために、前ににじり寄って身を寄せると、赤毛のポニーテールがあたしの頬に触れた。柔らかく、ほんのり冷たい。石鹸の爽やかな香りも漂ってきた。女性とは違うしっかりとした背中が温かい。

 初めて感じる心地よさにぼんやりしていると、リュークの『よーい』という声が聞こえた。クローエンの背中が、前のめりになる。

 左右を見ると、アダンとユウリも相棒に後ろから腰を抱えさせた状態で、手綱を握り前傾姿勢をとっていた。二人とも、真剣な顔つきで空を飛び回る飛行魚を目視している。あれを目で追えるとは、流石隊長と言うべきか。


 飛行ムカデの腹の下から、熱風が生まれた。気を操るタイプの飛蟲の風は熱いと聞いていたが、大したエネルギーだと感服する。風雅と白銀も、大きく広げた翼をはためかせ、少し体を宙に浮かせた。


 風雅の体が上下するたびに、お尻が浮いては鞍にぶつかる。

 

 クローエンはちゃんと飛行魚が見えているのだろうか。ふと不安になり、クローエンの目線を確認するため覗きこもうとすると、『どーん!』というリュークの合図が聞こえ、体が一気に後ろへ引っぱられた。


 いきなり体が置いて行かれそうになり、あたしはクローエンの腰にしがみついた。

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