第17話 赤い玉と金一封
とりあえず聖王が今どこにいるか誰かに聞かなければ、と廊下を見渡していると、アミリアに「待って!」と右手を掴まれた。
あたしは構わず、両足を突っ張って引き戻そうとしてくるアミリアごとズルズルと廊下を進む。
しかし、そうだった。アミリアは案外、力が強いのだ。二十歩も進むと、息が切れて来た。
「離して! やられる前にやるんだから正当防衛よ!」
「十ゼロでロゼさんが罪になります!」
首を大きく左右に振って叫んだアミリアは、手を放してさっとあたしの前に立つと、両手を広げて道を塞いできた。
「こんな事、リュークが絶対許しません! リュークがさせません! 私だって! だから早まっちゃ駄目です!」
「軍議に呼んでもらえないガキンチョに一体何が――」
できるというのか。
そう言い返そうとした。けれど、アミリアの真っ直ぐな眼差しを見て、あたしは唐突に悟った。
リュークが軍議に参加していないのは、彼が侮られているからではない。あの子の答えは、聞かずとも皆が分っているからだ。あそこにいる全員が、アミリアのようにリュークに対して一種、信頼のようなものを置いているのだ。
ならば、その上で、あたしを殺せと三人に命じた聖王の思惑は――
もしかして、あの明るい不良みたいな王子に、自分の良心を託したとか?
そう考えると、怒りが失せた。
「……なんか疲れた」
壁にもたれかかってうな垂れると、曲がり角の向こうから鐘を鳴らす音と、歓声のようなものが聞こえてきた。随分賑やかだ。
「なんの騒ぎかしら?」
アミリアが様子を見に行く。
しばらくして、アミリアが曲がり角から満面の笑みを出して手招きしてきた。
「ロゼさんもやりませんか? 金一封が手に入るチャンスですよ!」
何をしているのかは知らないが、金一封と聞いては、やらないわけにはいかない。
「是非!」
大きく頷いたあたしは、アミリアの元に急いだ。
角を曲がった先では、くじ引き大会のようなものが開かれていた。廊下に長机を設置して、ぽっちゃりした若いメイドが大きな壺のようなものを両手で支えている。
机の前には、騎士やメイド、侍女やボーイ、コックなど、城勤めのありとあらゆる職種の人間が集まっていた。
「さあさ、ユウリ隊長のペアはナイジェルに決定! 当たり玉はあと二つよ~っ!」
ぽっちゃり体型のメイドが、朗らかな笑顔で、手に持っているハンドベルのようなものを振り鳴らす。さっき聞こえてきた鐘の音は、これだったようだ。
盛り上げ上手なメイドにつられて、周りもわいのわいのと賑わう。
「ベルさん、この人もお願い」
あたしの背中を押したアミリアが、ぽっちゃりしたメイドの前に立った。
ベルと呼ばれたそのメイドは、「ロゼさんですね! はいどうぞ!」と明るい笑顔で壺を差し出してくる。
「中にボールが入ってます。一つだけ選んで下さいね」
ベルに言われた通り、あたしは壺の中から『これだ』と感じたボールを一つ掴み取った。
壺から出して掲げると、周囲から歓声が上がる。
「大当たり~!」
ベルがベルを大きく振り鳴らした。
「ロゼさん、すごい!」
あたしの後ろでアミリアがはしゃいで手を叩く。
え、金一封引き当てたの!? ホントに!?
あたしはドキドキする胸を押さえながら、アミリアに詰め寄る。
「それで、金一封はいつどこにもらいに行けばいいの?」
訊ねた途端、大輪の花が咲いたようなアミリアの笑顔が、普通レベルの微笑みに落ち着いた。
「貰いに行くというか、三日後、空中で捕獲するんですよ?」
「え?」
「金一封を、アダンさんやユウリさんと取り合うんです。クローエンさんと組んだロゼさんが」
「どういうこと?」
まるで状況が呑み込めていないあたしに、ベルが説明に参加してくれる。
「毎年やってる建国祭の目玉イベントなんですよ。聖騎士団三隊長の、飛行魚キャッチ。猛スピードで空を飛ぶ魚の魔道具を、城の職員とペアになった隊長達が、空中で取り合うんです。飛行魚を捕まえたペアが、その年の優勝者で、金一封を獲得できます。赤い玉を引いた人はクローエン様とペアになる決まりなんです」
返品は可能なのかと訊ねると、そんな事をしたら相手の顔に泥を塗る事になるからダメだと却下された。
「壺に手を入れた時点で、参加の意思ありと判断していますので」
責任を問う意味を込めてアミリアを振り返ると、さっと目を逸らされた。説明不足だったという自覚はあるようだ。
あたしは右手に掴んだ赤いボールをしばらく見つめた後、天井を仰いだ。
これはもしかしなくても――
「ハンコの呪い、いつになったら消えるのかしら……」
辛さのあまり、泣き声になる。
だって呪いが消えなきゃ、クローエンからも聖王からも逃げられないのだから。
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