第16話 聖王の命令

『シマツしましょう! 今すぐ。でなければ、拘束して幽閉すべきです! あんな怪物、野放しにしておくのは危険ですよ!』


 椅子から立ち上がったユウリが、正義感いっぱいの顔で物騒な事を叫ぶ。

 

「こ、こんの、童顔ちんちくりん! 黙って聞いてりゃあ……!」


あたしは憤懣やるかたない思いで、水晶玉が映し出している天馬騎士隊隊長に向かって暴言を吐いた。

 怒りのあまりティーカップを持っている手が小刻みに震え、カップの縁から紅茶が零れる。


「ロゼさん、どうどう」


 アミリアがあたしの背中を擦って、落ち着かせようとしてきた。牛や馬じゃあるまいし、と文句を言いかけた所で、『ロゼを連れて来た君はどう思う』とクローエンに意見を聞く聖王の声が流れる。


 あたしの心臓が跳ねあがった。


 友人とは呼べないまでも、占い師と客としての絆は存在するあの男が、あたしを生かそうとするのか、それとも殺そうとするのか。興味がわいた。


 ティーカップをテーブルに戻したあたしは、水晶玉に映るクローエンの静かな横顔を凝視しながら、解答を待つ。


『結論から言うと、殺す必要も幽閉する必要も無いだろうと考えている』


 いつもと変わらない淡然たる口調で出された答えを聞いて、あたしはホッとする。


 すかさずユウリが『なぜ』と聞いた。

 クローエンは淡々と理由を語る。


『確かに、『創造』の技も『遠見』の精度の高さも、あれは敵方にあると厄介だ。敵方が手出しできないよう何重にも結界を張った地下牢に閉じ込め、必要な時に必要なだけ利用するのが理想的。できなければ殺した方が安全だろう』


「むごい」


 隣で水晶玉を見つめているアミリアが、嫌悪感あらわに顔をしかめた。


 確かにむごい。むごいが、あたしも閉じ込める側だったら、同じ事を考えたと思う。


『しかしその理想は、魔王軍も同じだったはずだ』


 クローエンは続けた。


『そして理想が叶っていたら、首をはねられていたのは魔王でなく貴方だったかもしれない』


 貴方。つまり聖王が、クスリと笑う。


『たしかにその通りだ。つまり、魔王軍はロゼを上手く使えていなかったという事だな』


 聖王の分析に、ユウリが不思議そうに眉を寄せる。


『なぜです? 拷問でも何でもして無理やりやらせりゃいいじゃないですか』


 ユウリという人間は気にくわないが、あたしがこいつの立場なら同じ意見を言うだろうと思ってしまうのが辛い所だ。


『無理だったんじゃないかぁ?』


 強情そうだもんなあ。と頭の後ろに手を回したアダンが、椅子の背もたれに体を預けてのんびりと言った。


『あの女なら拷問役に頭突きの一つでもやりそうだぜ』


 と、余計なひと言までつけてくれる。


「ひどい……」


 アミリアが今度は眉をハの字に下げてあたしを憐れむ。


「頭突きをかましたのは事実よ」


 正直に明かすと、「え!?」と驚かれてしまった。


 正確には、拷問人ではなく苛めてきた次女に頭突きをかましたのだ。一応、拷問はされていない。拷問に匹敵するくらい酷い苛めではあったけれど。


『ロゼは魔王軍に戻る事も、我々に与する事も望んでいないよ。彼女はあれでも平和主義だ』


 一貫して落ち着いた様子のクローエンが、穏やかに言った。


 まさかクローエンが、こんな風に庇ってくれるとは思っていなかったあたしは、不覚にもちょっと感動する。

 平和主義者の自覚は無いのだが。


『じゃあ、このままが一番ってことか? クローエン』


『今のところはね』


『そうか。まあ、目の届くところに居てくれる方が、都合がいいしな』


 アダンは納得したようである。しかし、ユウリの表情はなおも険しかった。


『もし万が一、ロゼが魔王軍に戻りそうになったらどうするんですか』


 ユウリが聖王に訊ねる。

 聖王はゆっくりと頷いた。


『そうだな。その時の為に、君たちに命令を与えておく事は必要だ』


「「え?」」

 

 あたしはアミリアと顔を見合わせた。

 聖王はあの化け物トリオに、何を命じようというのか。何だか嫌な予感がする。


『もしロゼが敵方に渡るような事があれば――』


 あたしはごくりと唾を飲み込んだ。アミリアが、テーブルに乗せているあたしの手の上に彼女の手を重ねてぎゅっと握ってくる。


『殺せ』


 最低最悪の命令とともに聖王の静かな顔が映し出されたその時、あたしの頭の中で何かがプツンと音をたてた。


 ゆっくり祭りを楽しめだの、報酬ははずむだの、あたしには耳触りのいい事ばかり口にしておいて結局これか。少なくともラグラスは裏も表も無く、どこに居ても誰を前にしても残忍で自己中心的だった。その点については、エイドリアスよりまだ好感が持てる。


「あの偽善者! 息の根とめて目ん玉掴み出してやる!」 


 あたしは椅子を蹴って立ち上がると、聖王の元へ行くため部屋を出た。

 

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