第10話 もう一生、お金しか信じない

 あたしは唖然とした。

 返答に困っていると、クローエンが横から助け船を出してくる。


「ユウリ、彼女の仕事は占いだ。心配ない」

 

 ユウリはクローエンを一瞥すると、ぷっと頬を膨らませて「ふん!」とそっぽを向いた。踵を返し、城の方へとスタスタ歩いて行ってしまう。

 どうやら騎士団のスイートポイントがここに来た目的は、牽制と忠告だったようだ。


 リュークがケラケラと笑う。


「あいつは自称『騎士団のマスコット』、天馬騎士隊隊長のユウリだ」


「隊長だぁ!?」


 驚きのあまり思わず叫んだあたしの肩を、アダンがポンとたたく。


「あんたがいたら、自分へのが減ると思ったんだろ。性格は悪いが、隊長としては有能だ。大目に見てやってくれや」

 

「ちやほや、って……」


 二の句が継げなかった。


 悪ガキ王子。酒びたり。承認欲求の塊。最後にケチな薄情者。

 こんな奴らが『空飛ぶ災厄』を統率していたのか。

 こんな奴らに魔王軍は大敗を喫したのか。


「呆れた……」


 ぼそりと洩らしたあたしの呟きに対し、誤った解釈をしたらしいクローエンが、どことなく楽しげな笑みを浮かべて言う。


「ユウリに認められたければ、勝負に勝てばいい。伝授しましょうか?」


「あんたが何を伝授しようってのよ。色気?」

 

「まさか。拳の使い方ですよ」


 クローエンはあたしに、黒い革手袋をはめた右手で拳を作って見せた。

 つまりあたしに、天馬騎士の隊長と、一対一のゲンコツ勝負をしろってか。

 

 ……寝言は寝てから言ってくれ。


「やっぱり帰る」


 あたしはくるりと向きを変えると、城の正門に向かって歩きだす。

 しかしすぐに、クローエンに襟首を掴んで止められた。


「帰るところなんてないでしょうが」


 無慈悲に言いながらあたしの右腕を抱え、左腕をアダンに拘束させたクローエンは、あたしを後ろ向きにずるずると城へ引きずってゆく。

 アミリアが水晶玉が入った鞄を胸に抱いて、ついてきた。

 リュークは疾風はやてという名の大鷹を鷹舎に帰すため、鷹の背中に乗って飛び去ってしまう。


 あたしは足をバタバタさせて抵抗した。


「嫌よ離して! 夜辻堂に戻るんだから!」


 『夜辻堂』と聞いたクローエンが、描いたような眉をひそめてあたしを顧みる。


「店主から聞いてないんですか? あの爆発は、ハンコの呪いによるものなんですよ。劣化した火魔石の上に劣化した雷魔石がぶつかり、更にその上で空間調整魔石が誤発動したなんて冗談みたいな検証結果が出たんですから」


「なにそれ! 初耳なんだけど!」


「じゃあ、君の仕返しが怖くて黙っていたんでしょうね」


 何にせよ、どこへ行こうと結局は、城に引っぱって来られる羽目になるだろう。とクローエンは絶望的な予測を伝えてきた。

 クローエンはこの五日間、呪いの程度を知るために、あえてあたしと距離を取っていたらしい。その状況下で、リュークの幼馴染で城の侍女をしているアミリアに拾われるという奇跡的なをあたしが発揮した事で、もはや呪いから逃げる術は無いと確信したのだそうだ。


「あ、あんの、トカゲ野郎……!」 

 

 あたしは怒りに打ち震えた。

 

「次に会ったら、慰謝料として店の売り上げふんだくってやるー!」と吠える。


「魔女ってのは逞しいなぁ」


 あたしの左腕を抱えるアダンが感心する。


「この性格が、彼女が身を落とした原因の一つだよ」


 と、クローエン。


「あたしっ……あたし、もう一生、お金しか信じないっ!」


「最初っから金しか信用してないでしょう、君は」


 涙を散らして嘆き悲しむあたしに、クローエンの冷たい一言が刺さる。


「アミリア。この人まだドブ臭いので、謁見前に沐浴と着替えの準備をお願いします」


 クローエンからの指示に、アミリアが表情を引き締めて「分りました!」と頷いた。

 どうやらあたしはこれから、聖王に謁見しなければいけないらしい。


 聖王になんて会いたくない。

 聖騎士の世話になんかなりたくない。

 魔王ラグラスの命の欠片を体内に抱えている者を手当たり次に第葬っている殺戮野郎クローエンの傍になんかいるわけにはいかない。


 だってあたしの心臓には、ラグラスの命の欠片が一つ刺さってるんだから!


 あたしは、魔王の三バカ娘が参謀をしている現在の魔王軍から身を隠したくて、地上界まで来た。魔王軍が、ラグラスの命の欠片を集めて魔王復活を目論んでいるからだ。

 占い師をしているのは、魔王軍の手が届かない場所への移住費を貯めるため。

 全ては生き延びる事が目的だ。そして出来ることなら、自由で平穏な暮らしを手に入れたい。


 なのに、殺戮野郎クローエンとのご縁を深めてどうすんの!


「こんちくしょ~……」


 あたしは奥歯を噛みしめた。


 あの、疫病神同然の魔ガールどもめ、覚えてろ!

 それから――


「それから夜辻堂! お前も同罪だ! おぼえてろーっ!」


 あたしは怨恨えんこんの雄叫びを上げた。リュークを乗せて滑るよう旋回飛行をしていた疾風はやてが、大きくよろめいた。



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