第9話 『空飛ぶ災厄』の三隊長

 着陸と同時に、あたしが地面に横倒しに下ろされると、クローエンがゆっくりと歩み寄って来た。あたしの前にしゃがみ込み、「いわんこっちゃない」と開口一番、ため息と共に嫌味をくれる。


 椅子とセットで横倒しになったままのあたしを助け起こす前に、あたしの上半身を椅子に縛りつけてある縄を解く前に、さるぐつわを取る前に、これである。しかも、この嫌味から察するに、あたしが街で散々な目に遭った事を知っているようだ。

 

 大鷹から降りたアミリアが、あたしのさるぐつわを取った。

 あたしは早速、「クロ~エン~っ!」と怨念を込めて性悪男を睨みつけると、力いっぱい叫ぶ。


「今すぐ生年月日を教えなさい! 今すぐ呪い殺してやる!」


 脅しでなく本気だったが、クローエンは「元気そうでなによりです」と、とりあわない。クローエンは次に、アミリアの横に立ったリュークに「面倒をかけてしまってすまない」と、あたしの運搬を労った。


 ズボンのポケットに両手を突っ込み、腰を折ったリュークは、人懐っこい笑みであたしを見下ろす。


「大したタマだぜ、この姉ちゃん。疾風はやてに掴まれて飛んでる間、悲鳴一つ上げねえんだから」


 リュークは口調も振る舞いも、ざっくばらんだった。巷の悪ガキと何ら変わらない。

 あたしは明るい不良少年のような王子様に、「荷物扱いありがとう」と嫌みたっぷりに儀礼的なお礼を言った。

 

 リュークは気を悪くした様子も無く、むしろ楽しむように「にひひ」と笑いかけてくる。嫌味に対して悪意の無い笑顔で返されたのは初めてで、ちょっと調子が狂った。

 

 それにしても、地面にめり込んでいる石に側頭部が当たっているのが、いい加減、痛い。


「そろそろ起こしてほしいんだけど」


 誰に言うともなく要求すると、「あ、ごめんなさい」とアミリアが後ろから椅子を、クローエンが前からあたしを支え、縦にしてくれた。

 すぐにアミリアが、縄の結び目に手をかける。


「縄を解きますけど、暴れないでくださいね」

 

 自由にしてくれるのは有難かったが、猛獣扱いされるのは心外だ。


 縄が解かれると、クローエンと一緒にあたし達を待ち構えていた騎士らしき凸凹コンビが、あたしに近寄って来た。


「俺はアダン。飛蟲部隊の隊長だ。よろしくな」


 大柄褐色肌の男が、モヒカンヘアの白に負けないほどの白い歯を見せて、伊達男風に笑いながら握手を求めてきた。

 グレーの瞳が美しく、笑顔にも好感は持てる――が、この男、いかんせん酒臭い。朝から一杯と言わず、大ジョッキに十杯はチャンポンでひっかけてきたような匂いだ。いやむしろ、夜通し飲んできたような。

 なのに、素面のような顔をしている。体臭だけが酒まみれだ。

 あたしは息を止めて、酒豪の握手に応じた。


「ホラ、ユウリ。お前も」


 酒豪のアダンが、後ろにいる小さい仲間を手招きする。

 その騎士の身長は、アダンの腹のあたりまでしかなかった。アダンが大きすぎるのだが、大人と子供くらいの差がある。

 いやもしかしたら、本当に子供なのかもしれない。なにせ、不機嫌そうに口をへの字に曲げて、腕を組んでいるその騎士は、アミリアやリュークよりも年下に見える幼顔なのだ。

 加えて、相貌だけでは男か女か判断に困るときた。ユウリという名前も中性的だ。ショートボブの隙間から見え隠れしている丸い耳の形からして人間なのは間違いないが、子供なのか大人なのか、女なのか男なのか、正体不明の人物だった。

 もし成人男性だとしたら、クローエンに勝るとも劣らない女顔ということになるが――


 思案していると、正体不明のおちびちゃんユウリが、腕を組んだまま、あたしの前にずいと進み出てきた。


「一つ、忠告しておく」


 焦げ茶色の大きな目であたしを睨みあげ、小動物のような顔を怒りに歪ませながら口をきく。

 声が低い。男だった。

 しかもちゃんと声変り済み。そして信じられない事に、クローエンよりも男声だ。

 

 色々と予想を裏切られたあたしは、少々面食らいながら「お、おう」と応じる。

 

 するとユウリは組んでいる腕を解き、今度は人差し指をあたしに向けてこう言い放った。


「騎士団に女は要らない。スイートポイントは僕一人で十分だ。もし騎士団に入ろうなんて気を起こしてみろ。全力で潰すからな!」


 ……なんですと?

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