第8話 大鷹の騎士、リュークに運搬される
机に突っ伏して己の不幸を嘆き悲しんでいると、アミリアが遠慮がちに話しかけてきた。
「あの、ロゼさん。勝手なことして悪いかなとは思ったんだけど。ひとまず、身柄を保護してもらわなきゃと考えて、私の知り合いに連絡したんです」
「知り合い、って?」
顔を上げて訊ねると、アミリアはふい、と目を逸らせた。
親切誠実なアミリアらしくない振る舞いだ。
なに。あたしもしかして、奴隷商か何かに売られるワケ?
あたしは内心、慄いた。
この五日間、散々虐げられ、その上アミリアにまで裏切られたら、あたしは極度の人間不信に陥るかもしれない、と。
出来る事ならもうしばらくこの『夜辻堂』に居座って、心と体の健康を取り戻したい。そうして元気になったらこの王都を出て、小さな町で心機一転、占い屋を再開したい。そう考えていたのだが……。
お願い売り飛ばさないで、とあたしはすがるようにアミリアを見つめる。
アミリアは、あたしと目を合わさないようにしながら、実に言いにくそうにあたしの引き取り先を明かした。
「知り合いっていうのは、その……聖騎士なんです。だから、ロゼさんは騎士団に引き取られると、いうわけで」
「せいきし……」
あたしはぼんやりと復唱しながら考えた。
せいきし、というのはもしかして、聖王エイドリアス直属のあの武装集団か。
二年前にエイドリアスを大将に魔界へ乗り込み、たった一晩で魔王ラグラスの城を落とした、魔物よりも化け物じみた集団か。
天馬と飛竜と飛蟲の三部隊で構成されている、魔界では『空飛ぶ災厄』とさえ言わしめた。そして、ナルシストでケチで薄情なあいつが竜騎士部隊の隊長をしている、あの――
現実を直視できないあまり、あたしの思考には安全装置が働いていた。身元引き取り先である『せいきしだん』を徐々に
しかしそこに、夜辻堂の店主が余計な
「ああ、クローエンさんがいる聖騎士団きゃあ。そりゃあええ考えだなや」
絶対いや!!
今世話になりたくない人物ナンバーワンの名前を出されたせいで、抑えていた拒否反応が爆発してしまったあたしは、テーブルに置いてあった水晶玉を抱えると、脱兎のごとく店内へ飛びだした。
しかし、遁走は未遂に終わった。アミリアがあたしの腰に抱きついたのだ。
あたしの口からクローエンに対する恨みつらみを散々聞かされていただけに、引取先を告げた後のあたしの行動を、ある程度、予想していたのだろう。
アミリアに捕まった事で、あたしの右手は店のドアノブに届く寸前でピタリと止まり、そこからどんどん遠ざかる。
「ちょっと! 離して! は、な、し、てー!」
「だ、め、で、すー!」
アミリアはあたしと渾身の力比べをしながらも、あたしを説得するという、パワフルな一面を披露する。
「どこに行ったって魔女だってバレたら、また酷い目に遭わされますよ! だったらきちんとした所で保護してもらった方が絶対いいんです!」
「いやよー!! あんな奴の世話になるくらいなら、舌噛んで死ぬー!」
あたしはゴチャゴチャした狭い店内で子供じみた叫びを上げながら、水晶玉を抱えていない方の腕を振り回して暴れた。
「夜辻堂さん、押さえてるからロープで縛って! 舌噛まないようにさるぐつわも!」
アミリアは、あたしを逃がすまいと必死である。
たかだか数日前に拾った魔女なんかの為にどうしてそこまで頑張ってくれるの? っていう疑問は、クローエンに対する拒否反応で吹っ飛んでいた。
「嫌だっぴゃ後が怖すぎるっちゃあ!」
夜辻堂の店主は首を横に振って泣きながらも、アミリアに協力する。
「魔女のどこが悪いのよ! あたしは人なんか喰わないわよ! 教会の神父を誘惑した覚えだってないわよ! 本性が梅干しババアなんて誰が言ったのよ!? ええっ!?」
あたしは二人に押さえ付けられながら、数日分の鬱憤を晴らすが如く吠えまくった。
★
太陽がすっかり昇った頃に、迎えは来た。
背もたれつきの椅子にロープで縛られ、タオルを口に噛まされていたあたしは、リュークと名乗った大鷹乗りの少年騎士に、椅子ごと城まで連行される運びとなった。水晶玉は、落としたら大変だと言う事で、アミリアが自分の鞄に入れた。
ちなみに、リュークは聖王エイドリアスの実子、つまり王子だった。金髪金目のヤンチャそうな王子様は、アミリアの幼馴染だそうだ。
アミリアとリュークは、大鷹の足に椅子ごと掴まれて王都の上空を飛んでいるあたしの上、つまり大鷹の背中で、「遅いわよ! どうせ朝寝坊してたんでしょ」だの「うるせえ、休みの日くらい自由にさせろよ。説教ババア」だのと、キャンキャン言い合っていた。
痴話喧嘩かよ。
★
大鷹は、門塔の上を通過し、生垣を見事に刈りこんだ前庭の上空を通り抜け、城の裏手にある練兵場のような広場に向かって滑空をはじめた。
練兵場の中央には、濃紺の騎士服に身を包んだクローエンが、あたし達を待っていた。
牛を横一列に並べると十頭分はありそうな大鷹の翼が巻き起こす風に煽られ、左肩にかけられた暗灰色のマントと、奴のトレードマークとも言える鮮やかな赤毛のポニーテールが、大きくはためいている。
更にあと二人。同じ服装をした人物が、クローエンの右隣に立っていた。
黒髪ショートボブの小柄な騎士と、白髪をモヒカンカットにした褐色肌の大柄な騎士。
あたしを値踏みするような視線が、気に入らなかった。
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