第7話 アミリア
それからあたしは、街じゅうの人間から虐げられ、追い立てられた。魔女だとバレたからだ。加えて、おまじないスタンプの呪いでクローエンと手をつないだまま市街を走り回ったものだから、街娘達からどえらい反感を買ってしまった。
やはり銀行には相手にしてもらえず、一銭も下ろせなかった。
パン屋で食パンの端をねだれば、蹴りだされた。
ならばせめて薄情者のクローエンを呪ってやろうと、呪具を求めて道具屋に入ったが、『魔物に売る魔道具はねえ』と罵声を浴びせられた。
ダメもとで宿屋にも行ってみたが、予想通り『魔物に貸せるベッドは置いてねえ』と宿泊を断られた。
そして極め付けだといわんばかりに、街娘から石や生卵を投げつけられたのである。
そんなこんなで、汚い路地裏を寝床にすること、丸二日。一人の乙女が、ネズミがちょろついているゴミ捨て場の横で丸まっているあたしに「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたのは、三日目の夕方のことだった。
生ゴミと汚物の匂いが染みついたレンガ壁を背景に、あたしに可愛らしいお顔を寄せて来た清楚なその少女。
彼女には、聖王エイドリアスの奥方である聖女エラを彷彿とさせる後光がさしていた。――いや、聖女エラの姿なんて、一度も見たこと無いのだけど。
とにかく、その心優しい少女は、アミリアといった。
★
夜明け前の、薄ぼんやりと暗い時間帯。チリン、と来客を知らせる鈴の音がした。
あたしは『
休業中の札がかかっている扉をそっと閉めたのは、黄色い布鞄を肩にかけた、栗色の髪を顎のラインで二つ結びにした十五歳くらいの美少女、アミリアである。
アミリアは、あたしを見るなり、煤で汚れた顔に明るい笑顔を浮かべた。
「ロゼさん、ありましたよ。水晶玉」
「本当に!?」
清らかな笑みで「ええ!」と頷いたアミリアは、胸に抱えていた赤ん坊の頭のような白い布包みを、あたしに見せた。手近なショーケースの上に置いて、結び目を解いてゆく。
煤で汚れた布が滑り落ち、その中から出てきたのは、傷一つ付いていない、透明な水晶玉だった。
あたしは感動のあまり「ああ」と感嘆をもらすと、五日ぶりに帰って来た相棒を、両手で包みこむ。
「ね、ちゃんと無事だったでしょ。水晶は火事くらいじゃ傷つかないから。絶対に燃え残ってると思ってたんです」
人のいない時間帯を狙って、火事現場からあたしの水晶玉を掘りだしてきてくれたアミリアは、成長途中の胸を『えへん』と誇らしげに張ってみせた。
あたしはアミリアに心から感謝の言葉を伝えると、無料で占ってやろうかと特別サービスをもちかけた。
「好きな男の弱点を見つけたい? それとも、嫌いな奴の弱点を見つけたい!?」
大張り切りで聞いたあたしに、アミリアは笑顔を引きつらせると「遠慮しときます」とあたしから一歩離れた。
そして思い出したように、「あ、これ、私の服でよかったら、着替えを。下着も新しいのを持ってきましたから、どうぞ」
と黄色い肩掛けカバンから、衣類一式を取り出してあたしに手渡す。
「悪いわね、何から何まで」
広げてみると、白い襟と袖飾りがついた、紺色のワンピースだった。丈は膝下くらいだろうか。清楚でありながら活動的な、アミリアらしい一着だと思った。
オーナーの言いつけで、デコルテと背中が大きく開いたワイン色のぞろ長いドレスばかりを着ていたあたしには新鮮なデザインだ。この清楚な服をあたしが着たとして、似合うかどうかは、甚だ疑問ではあったが。
とはいえ、どぶ臭い服をずっと身につけているのも嫌だったので、さっそく着替えさせてもらおうと、店の奥に戻る。
後ろをついてきたアミリアが、着替える前に風呂に入るか? と訊いてきた。あたしは、昨晩入らせてもらったからまだいいと返事をした。するとアミリアは、なら着替えを手伝ってやろうか、と申し出てきた。
あたしはまるで侍女のように振る舞うアミリアに、苦笑いで振り返る。
「いいわよ、貴族のお姫様じゃないんだから」
断ると、アミリアは長い睫毛で縁取られた茶色の目をパチクリさせてから、「あ、ごめんなさい」と口を手で隠した。
「職業病で、つい」
やっぱりどこかのお屋敷で侍女でもやってるのだろうかと考えながら、あたしは五日間着続けたワイン色のドレスを脱いでソファに置いた。
店主はこの部屋の続きにある寝室で、ガーガーとイビキをかいて寝ているので、着替えを見られる心配はない。
まあ見られた所で、見物料を請求してやるだけなのだが。
まだ後ろにアミリアの気配を感じたので、下着を替えながら「あの二人には会わなかった?」と訊ねた。
残念な事に、自分は十五歳の女の子と同じバストサイズなのだと判明する。
何日も食事抜きだったし、昨日は丸一日飲まず食わずでソファで爆睡してしまったから、痩せたのかもしれない。
……そういう事にしておこう。
「二人って、リエッタとルーラのこと? あの
あたしと同じ大きさのオッパイをした心優しい乙女は、意外とクールな一面もあるらしい。
そういえば、あの娘たちは秘書養成学校に通っている、と言っていたような気がする。あたしは、彼女達が初めて店に来た時の会話を思い出した。
『赤碧のクローエン様との相性を占ってほしいんです!』
『今クローエン様に恋人がいるかどうか、占ってほしいんです!』
これが二人からの、最初の依頼である。視線が実に暑苦しかった。
そうだった。最初からあの自称魔ガールどもは、クローエン、クローエンと煩かったのだ。
あの時はクローエンがあたしの客になる前だったから、付き合いの長さでいうと、魔ガール達の方が二カ月ほど親しいという事になるが。
――いや。親しい、というのは大変な語弊がある。前言撤回だ。
なにしろこの度、魔女だの悪女だの裏切り者だの叫びながら、率先してあたしを糾弾したのは、あの娘たちなのだから。
四日前、二人が生卵を投げつけてきた瞬間を、あたしは確かに見た。あれが、生卵攻撃が始まったきっかけだったと記憶している。
まったくほんとに、あの……あの、
「あんのコムスメどもぉ~っ!」
すっかり着替え終わったあたしは、汚れた自分の服をまとめたものを、憤怒のパワーで雑巾のようにねじり絞ってから、力任せに正面の壁に向かって投げつけた。
バシン! という思いの他大きな音がして、壁の向こうで寝ている店主の叫び声が聞こえる。
「うひゃあ! なんだっちゃ!? 朝っぱらから!」
起こしてしまったようだが、どうでもいい。
あたしが窮地に陥った原因の半分は、『夜辻堂』が売り出したフザケたハンコだ。
一時避難所として数日居座り、数日間の閉店を余儀なくし、暴れて安眠を妨害するくらい、当然の権利だろう。
あたしはソファの前のテーブルに、両の拳を思い切り叩きつけると、憤懣やるかたない思いで泣き喚いた。
「友達だって言ってたのに! 友達だって言ってたのにぃぃっ……!」
「なんであの子達が友達やめたのか、分る気はするけど」
「お陰でこっちは大迷惑だっぴゃあ」
若干呆れ気味のアミリアと、寝室の扉を開けた『夜辻堂』店主の寝ぼけ声が、前と後ろの両側から聞こえた。
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