第6話 クローエンは薄情者
「職員にも客にも怪我人が出なくてよかったですね」
ぺしゃんこになった占い館の前で、クローエンがのんびりと言った。
「よかぁないわよ」
あたしは、クローエンの隣で地面にへたりこんでいた。
魔道士団の水魔法による消火活動が終わっても、なおプスプスと煙を上げ続けている、古い木造三階建てだった職場兼自宅。この惨状に、涙を流す。
火災現場の前には、あたしたちの他にも数名の占い師が茫然と立ちつくしていた。
命からがら逃げたのだろう。体中に
命があっただけでもラッキーと喜ぶべきなのかもしれない。けれど、この絶望的状況を喜べるほど、あたしの脳みそはポジティブじゃなかった。
あたしの水晶玉。最高級のやつを買ったのに。値切りはしたけど。
あたしの日用品。服も下着も、今着ている一着になってしまった。
それから、それから、あたしの貯金。全財産の、半分。残りのもう半分は、王都銀行に預けてあるけど、燃えてしまった分だけでも半年は余裕で暮らせるくらいの額があった。
ていうか、今、あたしの身分を証明できるものが何も無いから、銀行もお金を下ろさせてくれないだろう。下ろせない金なんて、無いも同然だ。
実質、一文なしになってしまった。
どうしよう。何とかして、損害分を取り戻さないと。
「今日から占い料金倍にしなきゃ。リコッタとラーラからは、迷惑料ふんだくって……」
あたしがブツブツ言っていると
「そのあくどい性格、どうにかしないと友達を失いますよ」
と右隣から苦言を呈された。
「友達云々言ってる場合!? 全部消し炭になって、生きるか死ぬかの瀬戸際なのよ!」
「君ならどんな手を使ってでも生き抜くと信じていますよ俺は」
一息で冷たく言い放ったクローエンは、空に向かって指笛を吹いた。
その指笛が何を意味するか知っているあたしは、慌ててクローエンのロングピーコートを掴む。
「ちょっと! 占いに来たんでしょ! 占ってやるから帰らないで!」
「水晶玉もないのにどうやって占うんですか」
その気になったらそこら辺に咲いている花でも占えると言うと、「恋占いんじゃないんだから」とキレイな顔をしかめられた。
「そもそも、その花占いに信頼性は?」
「あたしに対する信用は!?」
畳み掛けるように詰問する。
あたしが信用を問うなり、クローエンが目を丸くしてぱかりと口をあけた。『呆れた』と言わんばかりの表情だ。いつものすまし顔に比べると、いくらか取っつきやすく見える。
そりゃあ、クローエンがターゲットとの戦いで圧され気味だった時も、あたしは逃げる体勢万全の状態をキープしたまま後ろで野次るか待機してるだけだった。けど、
半泣き顔と呆れ顔がしばらく見つめ合っていると、上空から渦巻くような突風が吹いた。
見上げると、馬車一台分はありそうな飛竜の腹が、あたしたちの真上に広がっていた。その巨体が太陽光を遮る。
胸部と腹部は真っ白な蛇腹。その他の体表面には
その硬質で冷たそうな姿は、間違いなくクローエンの灰色飛竜、
野次馬や通行人が、潰されてはたまらないと慌てて後ろに下がる。
主の指笛を聞きつけ城の竜舎から飛んできた風雅は、自分の為に空けられたスペースに、風を巻き上げながら着陸した。
その竜は不躾にも、着陸するなりあたしを睨んで牙をむく。
『俺の視界から消えろアバズレ!』
さっそく喧嘩を売って来たので、あたしも受けて立ってやる。
「シャーッ!」
相手と同じように瞳孔を細くして、髪を逆立て威嚇してやったところで、後ろから頭を小突かれた。
「本性でてますよ、ロゼ」
横をすり抜けざま。魔性丸出しのあたしの姿を見た野次馬連中がビビっているぞ、とクローエンは耳打ちしてきた。そして風雅の翼に手をかけた彼は、差し出された前足を踏み台にして、優雅な所作で鞍にまたがる。
途端、『赤碧のクローエン』たる悠然とした竜騎士姿にやられた街娘達が、「はあ~っ」と熱いため息をもらしながらぱたぱたと倒れた。
なんてアホらしい光景だ。
「営業再開の見通しが立ったら連絡を下さい。その時、次の占い師が決まっていなければまたお願いします」
竜の背からあたしを見下ろした聖騎士は、実に事務的に、実に淡々と、実に無慈悲にいとまを告げる。
まさか本当にこのまま行ってしまうとは思っていなかったあたしは、慌てふためいた。
「お願い待って! ちょっとでいいから、お金をかして!」
しかし、体面もプライドもかなぐり捨てた甲斐もなく。手綱を握ったクローエンは「はっ!」と勇ましく声をかけると、飛竜を飛び立たせる。
「じゃ、頑張って下さい」
有難みが皆無の激励を置き土産にして、極めつけに飛竜の翼が生んだ暴風で砂塵まで巻き上げてあたしの目を傷めつけたバカ野郎は、あっという間に空の人となってしまう。
城へ向かって、どんどん小さくなってゆく鈍色の飛行体。もう、戻ってくるとは思えない。
「営業再開できても、連絡なんかよこすかバカヤロー! こんの、冷血ロン毛ナルシストがーっ!」
あたしは、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
ここまで薄情だとは思わなかった。本当に、マジであいつ―― 呪ってやろうかしら。
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